Episode 5
ごめんなさい。だいぶ遅くなりました。
大変申し訳ないのですが、調子が悪いです。急に書くペースが落ちてしまいました。どうしてでしょう。
でも、もう少しすればまた戻る気がします。
待たせてしまうのは心苦しいですが、気長にいてくれると嬉しいです。
「ですが、ワタクシは・・・。」
リタスを出よう。そんなボクの提案に、ヒナは答えかねていた。
「どうして、そんなに苦しい思いをしてまでここにいる必要があるのさ。」
ヒナは何かを答えるも、それは文になっていない。
「それに、この戦争を止めたいんでしょう?まだ、どうすればいいかわからないけど、仲間がいるなら心強いと思うんだ。」
ここで、迫り来る足音が止まった。気が付けばボクたちは囲まれてしまっていた。
「ふん、やはり面倒ごとを起こしたか。」
そう呟きながら、隊長が前に出る。
「これでお前を殺したとて、タンナは何も言えまい。・・・とりあえず、大人しくヒナ様を渡せ。そうすれば、命は助かるかもしれんぞ?」
そう言いつつ、隊長は腰の剣を抜き取り、今にもこちらに突撃してきそうな姿勢をとった。
ふと、腕の中で震えているものがあることに気がつく。
それはヒナだった。呼吸が乱れている。その苦しさを逃そうとするかのように、ボクの服をグシャリと握っている。
「よそ見とは、舐められたものだな。」
背後からそんな声が聞こえたのは、横を高速で何かが通ったと理解したのとほとんど同時だった。
咄嗟に、ヒナに覆い被さる形で身をかがめた。首の後ろの方で、剣が空を切る音。
「ちょ、ちょっと待ってよ!そんなふうにしたら、ヒナがケガしちゃうんじゃないの?」
振り返ってみても、その言葉の受け取りてはいなかった。
それと同時に、また何かが高速で背後に回る。
反応できない。そのまま後ろから首を一突きにされてしまった。
身体がヒナの上に落ちていく。しかし、その前に蹴り飛ばされてしまった。
「自分の心配をするべきだったな。・・・と言っても、もう聞こえてないかもしれんがな。」
隊長はそう言い捨て、剣の血を払って収めた。そして、ヒナを衛兵の集まりの中へ取り込んでいってしまう。
ヒナの息遣いが一層激しくなる。衛兵の一人が背中をさするも、よくなるはずがない。それを止めることすらままならないのだろう。ヒナは膝から崩れ落ちてしまった。
隊長は、先ほどボクが倒した衛兵を起こそうと、肩を叩いている。
ヒナが胸を押さえながら、声を詰まらせている。
空はすっかり曇っていて、夜のほのかな明るさを微塵も感じない。
・・・空。なんで、それがわかったんだろう?
すると、自分の場所から地上までの道が、頭の中へ流れ込んできた。
ここよりさらに近深く、大地の恵みが溢れるその源は、吸い込まれそうなほどに真っ黒な石だった。
うつ伏せである自分の姿が見えた。
これら全てが、一目で見えている。・・・「一目」?
頭が割れそうだ。
ボクはボクを、見えない壁の向こうから眺めている。そうとしか表現できない。
衛兵たちの真ん中で、ヒナが倒れた。突然の出来事で誰もが慌てふためく中、ボクを見張っていた隊長が、ため息混じりにヒナの方へと向かった。
「そうは・・・、させない。」
ボクは残る力を振り絞り、ヒナの元へ最短距離で向かった。
ヒナはリタスを出るんだ。その方がいいと思うんだ。
もう、ここでの移動手段は見つけてある。身体が保つかは心配だけれど、人混みを書き分けなくてはならない隊長よりはずっと早く着くはずだ。ボクは動かない身体を引きずりながら、ひたすらに目の前の魔法粒子を消し続けた。
「隊長!脱走者の姿が消えました!」
衛兵の一人がようやく気がついたようだ。
「慌てるな!ヒナ様をお守りしろ!」
隊長が続けて何かを叫ぶ。内容はわからないけれど、きっと陣形の指示なのだろう。ヒナを中心に、ぐるりと周囲を警戒する編成になった。何人か石の高台を床から生やしてヒナの下に注意を向け、何人かはそこに屋根を作り出して上を警戒している。
しかし、ボクが近づく方向は誰も見ていない。
ボクはそっとヒナの近くに穴をあけた。そして魔法粒子の空洞を作り、ヒナをこちらへ引っ張り込んだ。
まだ誰も気が付かない。
来ることのない外からの襲撃ばかりを見ていて、ヒナ自身を見る者はいなかった。
もちろん、こんな移動手段があることを知らないのだから仕方のないことなのかもしれない。それでも・・・。
魔力しか感じ取れないこの世界に、ヒナの呼吸が加わった。さっきよりも、安らいでいるようだ。
しかし、それはボクが意識をどうにか保つ気力を消してしまった。
身体の重さのないこの世界。もしかしたら、ボクは既に死んでいるのかも?
トクン、トクンと耳元で波打つ音で目が覚める。目を開いたはずだけど、最初から目なんてないみたいに何も見えない。
途端に、身体中に激痛が走る。ボクが気を失っている間も、身体がこの魔力粒子に満ち満ちた世界に蝕まれていたことを怒っているように。
「も、申し訳ありません!まだ痛むところがありますのでしょうか?」
もがくボクの身体を押さえ込むように、その声の主は抱きしめてきた。
この魔力と声はヒナだ。ヒナの体内で急速に魔力が巡っている。
こうして密着していると、その量がはるかに常人離れしていることがわかる。なんと、周囲の魔法粒子の密度とほとんど変わらない。今は全力で魔法を使っているからか、急速にその体内へ魔法粒子が流れ込んでいるけれど、ヒナは息を全く乱していない。
局所的に魔法粒子が薄い空間ができた。
「だ、大丈夫だよ。もう、ケガは治ってると思う。」
ボクはようやく声を出すことができた。
「そうですか・・・。本当に良かったです。」
ヒナの腕の力がゆったりと緩んだ。でも、また強くなる。
「本当に、本当に、良かった・・・。」
そう絞り出しながら、再びヒナは泣き出した。
「と、とりあえず、ここを出ようか。」
ヒナの魔法はもう止まっている。だから、ボクはまた魔法粒子が苦しくて仕方がなかった。
「出るといっても、どこへ行くつもりですか?リタスに戻っては、もうどこにいようとノア様の命を保証できません・・・。」
ヒナの言葉はもどかしそうに行き場を探している。
ボクはダメ元で辺りを見渡してみた。
すると不思議なことに、衛兵たちが地下牢の隅々まで探し物をしている様子が頭に流れ込んできた。
地上では、リタスの住人たちが、必死に食糧を、服を、武器を作っている。
そこから北上すれば、雪降り積もる山中でコヌーが走り回っている。
さらに北の方、タンナの出入り口の一つで、ローズがぼんやりとどこかを眺めている。
ボクはがむしゃらに移動し出した。
それでも、移動は決して速くない。そのおかげで、ヒナは振り落とされる心配は無さそうだ。それでも懸命にボクにしがみついているのは、きっとここが光すらない、右も左もわからないところだからだろう。
身体がもうはちきれそうといった具合で、ようやく目指していた場所まであと一歩。本来の距離よりもかなり短くなってはいるものの、この空間の移動はつらい。
最後の一押しに、すっかり慣れた手つきで見えない壁を消し去った。
ここでついに限界を迎えてしまった。あるいは到着した安堵か。ボクはまたまた消えゆく意識の中で、ボクたちを本来の世界へと放り投げた。
また牢屋だった。
でも、鉄格子の隙間から差し込む外の光が心地いい。寒いけれども。
身体を起こすと、ボクを覆っていた毛皮がパサリと落ちた。
「む、ようやく目を覚ましたか。」
声の方を見ると、牢屋の外にローズが座っていた。腕を組み、足を組み、ものすごく目つきが悪い。
と、思ったところであくびを噛み殺し出した。
「まったく、お前はとんでもないやつだよ。まさか、王族を連れてくるとは・・・。突然の出来事に、タンナは大慌てだ!まあ、リタスほどではないだろうがな。」
ローズはボクの太ももの辺りを指差した。
それに従うように目線を移すと、スヤスヤと眠るヒナの頭があった。ボクはベッドの中にいるのに、ヒナはすぐそばの椅子に座っていたらしい。
「王族?ヒナが?」
「まさか、知らずに連れて来たというのか・・・?なんのために?」
「・・・なんとなく?」
ローズの手足が崩れ、急にうなだれてしまった。
「意味がわからない。・・・まあ、いい。おかげで、リタスはワタシたちを攻めるのを止めると言っている。貴重な回復手段も無くなったわけだし、残りの国々への対処に重きを置けるだろう。」
「えぇと、要するに、戦争が止められそうってこと?」
「しかしだ」と、ローズは鋭い視線を突き刺して来た。思わず口を紡いでしまった。
「しかし、あまりにも話ができすぎている。たったの2、3日で誘拐?この土地の情勢など微塵も知らないアフーラの子どもが?残念ながら、そう疑う者は少なくない。」
「そ、そんな!ボクはずっと地下奥深くに閉じ込められてたんだよ?ヒナとはそこでたまたま会っただけなんだ。」
ボクの訴えに、ローズは小さくため息をつきながら、両目を手で隠した。
「・・・正直に言えば、ワタシはお前のことをもうほとんど疑っていない。」
ローズはそのまま独り言のように呟き続ける。
「昨夜、お前たちが唐突に目の前に現れたのを見て仕舞えば、お前の言っていたとが真実味を帯びてくる。そもそも、あんなことができる者がいれば、ワタシの耳に届かないはずがないしな。」
「じゃ、じゃあ、どうして?」
「残念ながら、それを見たのはワタシだけだ。国の皆を納得させる証拠がない。さっきも言ったが、あまりにも話がうますぎるんだ。」
外から冷たい風が流れ込んできた。
「それに、片ツノのコヌーは相手にするな、なんて言葉もある。こんな状況になったからこそリタスをより警戒すべきだ、という者もいる。」
ローズはいくらか自嘲気味に笑った。そして、表情に姿勢を正させて、ボクに向き合う。
「とにかく、だ。タンナはお前をまだまだ信用できないと結論づけた。」
「そ、そんな・・・。」
すごくショックだ。あんなに死にかけたのに。
落ちた視線がヒナを捉えた。とても安らかな寝顔。ボクはその頬をそっと触れた。
ここでローズの咳払い。慌ててローズの方に意識を向ける。
「一方で、本当にお前が嘘を言っていないなら、かなり使えるのではないか、との意見がある。」
「使える?」
ローズの表情が緩む。
「あぁ。実はお前が相当の実力者で、残りの国でもなんか上手くやってくれるんじゃないか、とな。」
「そんなこと言われても・・・。本当にたまたまというか。ヒナがいなければ多分、3回は死んでただろうし。」
「ハハハ、謙遜はいい。というわけで、お前には今から、ドニスへ向かってもらう。」
いつの間にか、ローズはワッルい顔になっていた。
「い、今から?!」
「拒否は認めない。さあ、ドニス側の出口へ案内しよう。ウチについて来い。」
そう言いながら、ローズは鉄格子を足蹴にして、鍵を開けた。
その音で目を覚ましたヒナが「ヒッ」と漏らして、びくつきながら周囲をキョロキョロと見回している。
「・・・ん?『ウチ』?」
ついさっきの違和感をそのまま口に出し、扉を開くローズを見た。
扉を半分ほど開いたところで、ローズはぴたりと止まり、次第にその顔が赤くなっていく。
「・・・忘れろ。」
残り半分をわざとらしく乱暴に開き、ローズは口元を隠しながら、こちらに背を向けてしまった。
いつの間にかヒナはボクの後ろに隠れていたようで、その手がボクの背中で震えているのを感じた。
「そんなに気にすることじゃないと思うけどな。」
ボクは軽く笑った。すると、壁から氷のツタが生えて来て、ボクを縛ってしまった。口元もガッチリと塞がれてしまい、まともに喋ることができない。
氷のツタはゆったりと動き出し、ボクをローズの目の前に運んだ。横目に、牢屋の中でオロオロするヒナが見えた。
ローズは顔を真っ赤にしたまま、少し泣きそうになりながら顔を近づけて来た。
「・・・アンタに何がわかるっていうんや。ウチはこの国のリーダーとして、皆んなを引っ張るためにも、ちゃんとしなきゃいけないんや。」
氷のツタがボクを解放すると同時に、地面に叩きつける。
ローズは舌打ち混じりに爪をかじり、ズカズカと出口の方へ進んで行った。
「おい、早くするんだ!こんなところでチンタラすることを、誰が許可した?」
早足のまま、こちらを振り向くことなく、ローズが叫ぶ。
ボクは流されるままにその背中を追った。




