Episode 4
ヒナが去ってからウトウトとしていると、眠りに落ちる前にまた誰かがやってくるのに気がついた。
まだ小さいながらも響く声に耳をすませる。
「隊長。どうして尋問するどころか、ご丁寧に食事など用意しなくてはならないのでしょうか。わざわざ敵を優遇してやるような余裕はこの国にはないはずです。」
それは、ボクをこの牢屋に入れたあの衛兵の声だった。
もう一つの声が、それに答える。
「まあ、気持ちはわかる。しかし、戦争がまだ始まっていない以上、ヤツを直ちに敵と見なすわけにはいかない。それにもしも、お偉いさんだったらどうする?粗末に扱えば、タンナがこちらを滅ぼす口実ができてしまう。」
「しかし、戦争が始まることは決まっているようなものではないですか!どうせ、あのタンナです。知らないわけがありません。それに、なんだかんだ言って、上はヤツを恐れて、こんな地下深くに閉じ込めているではありませんか。」
「まあ、落ち着け。いずれにせよ、それを決めるのはオレたちではない。お前も牢屋にブチ込まれたくなければ、黙って従うのが賢明だろう。」
それきり会話は止まってしまった。
しばらく足音は大きくなったり、小さくなったりを繰り返す。
そして、隅の方からうっすらと灯りが広がってきた。
こちらに近づいてくるのは二人。
一人は例の衛兵で、大きな樽を抱き抱えていた。その樽の上でランプがカタカタと揺れていた。もう一人は二回りほど小さい樽を運んでいて、空いた手ではカギがジャラジャラと踊っていた。
「水と食料を持ってきた。今から牢の鍵を開けるが、お前が逃げ出そうというものなら、こちらも手荒なことをせざるを得なくなる。大人しくしてろよ。いいな?」
声で判断するに、おそらく隊長の方だろう。しかし、長を名乗る割にはあまり強い魔力を感じない。隣の衛兵よりは強くはあるが、マーチャやソークの方がずっと強そうだ。なんならヒナの魔力にも劣っている気さえする。
隊長はもう一人に手元を照らしてもらいながら開錠し、持ってきたものを中に運び込んだ。
「こっちのでかいのが水、もうひとつが食料が入っている。これで数日は持つだろう。」
「そっか、ありがとう。」
お礼を言うと、隊長はひどく驚いた顔になった。
怯えている衛兵に引っ張られながら、隊長は牢屋を出て鍵を閉めた。
「それにしても、本当におとなしくしてくれるとは思わなかったな。街で暴れ回ったと聞いたものだから、なんだか拍子抜けだ。」
そう残して、隊長は返事を待つことなく、つまらなさそうに立ち去っていった。
一つしかないランプを持っていかれたからか、「ちょ、待ってください」と、衛兵が慌てて追いかけていった。
辺りがまた薄暗くなる。
さっそく食料の樽を開いてみる。暗くてよく分からないので、とりあえず口に放り込んでみる。
「うぅん、なんだろうコレ。変に塩辛いなぁ。魚・・・なのかなぁ?」
こうして少しお腹を満たすと、身体が疲れ切っていることを思い出す。
「でも、何かしないと・・・。いや、やっぱり・・・。」
葛藤の末、勝利を収めたのは睡眠欲だった。
「・・・ま、ノア様。また来ましたよ。」
鉄格子をコツコツと叩く音で目が覚めた。
「やぁ、ヒナ。本当に来たんだね。」
ボクは灯りの方へ近づいて、ヒナの近くに腰を下ろした。
「まぁ、ワタクシは小さい頃からここに通っていましてよ?そんなふうに言われるのは、変な感じですね。」
「ハハハ、そっか。」
昨日、泣いていたのが嘘みたいに、ヒナは楽しそうだった。
「ねぇ、ヒナ。どうすれば戦争は止まるのかな?」
そう尋ねてみると、その朗らかな表情は一気に曇ってしまった。
「・・・わかりません。ここのところ、ずっと、ずぅっと、考えておりますのに、何一つ浮かびやしないのです。」
「やっぱりそうだよねぇ・・・。」
「ワタクシは無力です・・・。日々、戦の準備で疲弊する皆さんを、城の中から眺めていることしかできません。」
ヒナは涙をボロボロとこぼしながら言った。涙は止まる気配がなく、またヒナの独白も続く。
「皆さんのお仕事を手伝える技術も力もありません。魔法だって役立たずです。絞って出てくるほどに知恵は蓄えられておりません。ワタクシは、なんのためにこの国にいるのでしょうか・・・。」
「ちなみにさ、ヒナの魔法ってなんなの?役に立たない魔法なんて、そうそうないと思うけれど・・・。」
ヒナは目の周りを手で拭いながら、ボソリと答える。
「・・・回復魔法です。」
「回復魔法?!そんなの、超大活躍だよ。それとも、こっちの方じゃ珍しいものでもないのかな?」
「いえ、リタスで使えるのはワタクシだけだったはずです。そのおかげか、確かにたくさんの人がワタクシを大事にしてくれています。ですが、ワタクシはこの力が好きになれません。」
「どうして?」
ヒナは身を乗り出して、悔しそうな目をこちらに向けてきた。
「考えてもみてください・・・。回復とはすなわち、壊れてしまった身体を治すこと。誰かが傷ついて、初めてワタクシの力が発揮されるのです。こんなことなら、最初から皆さんを傷つけるものから守れるような力が欲しかったです・・・。」
ヒナの号泣が暗闇にこだまする。なんと声をかければいいか分からず、ボクはそれを見ていることしかできなかった。
しばらくして、ヒナが落ち着いた頃、涙をいまさら隠すように、笑顔を作って話し出した。
「フフ、こんなに泣いたのはいつぶりでしょうか。少し恥ずかしいですね。」
ボクはまた、何も返すことができなかった。
「えっと・・・、そうですわ。せっかくですから、ノア様の魔法も教えてくださらないかしら?」
「あぁ、うん、そうだね。ボクの魔法は・・・。」
しかし、その先の言葉は遮られてしまう。
「オイ、そこにいるのは誰だ!まさか、おとなしくしてると聞いたが、脱走でも企てたか。」
そう言いながら、誰かがこちらに近づいてくる。
ヒナは慌てて立ち上がるも、ただ周囲をキョロキョロと見るばかりで、動く気配がない。
そうしている間に、目の前に衛兵が現れてしまった。
「って、よく見ればヒナ様ではありませんか!どうしてこんなところにいらっしゃるのですか。さ、お父上も心配されます。早くお部屋に戻りましょう。」
「い、嫌です!ここにいさせてください!どうか、ワタクシをそっとしておいてくださいませ!」
「そういうわけにもいきません。さ、行きますよ。」
衛兵はヒナの手を取り、半ば無理やり去っていく。ついでにボクを睨みつけるのを忘れずに。
「嫌、いや、イヤ!」
そう泣きじゃくるヒナと目があった。
気づけば身体は動いていた。
ボクは鉄格子を消し去り、ヒナの元へ走り出した。
衛兵はすぐさまそれに気がつき、ヒナを背後に隠して剣を抜いた。
一直線に衛兵へ向かおうとするも、突如、目の前に現れた石の壁が阻む。
迷うことなく壁を消し去るも、そこには衛兵もヒナも姿が見えない。
代わりにあるのは、ちょうど一人が隠れられそうな石の壁がたくさん。
一瞬、頭が真っ白になる。あの衛兵はコレで全てを出し切ったのか、魔力を一切感じなくなっていたから。
どの壁の影から飛び出てくるのだろう。身体の向きを変えながら、衛兵を探す。
刹那、斜め前の壁の方から音が聞こえた気がした。
一目散にその壁を消す、フリをして回り込んでみた。
誰もいない。ただ、壁の一部が崩れただけだ。
ふと、そう遠くないところに大きな魔力を感じることに気がつく。きっと、ヒナだ。すぐそこの角を曲がったところにいる。
ボクはその方向へ走り出した。
同時に、後ろから何かが駆け寄る足音がした。
気がついた時にはもう遅く、何かがボクの背中を貫いた。お腹の方から見えるのは、衛兵が持っていた剣。
全身が痛みで引き裂かれそうになる。
痛くて動けない。痛みが思考を遮る。
身体の中で痛みを広げながら、剣がぎこちなく抜けていく。
何度かどこかに引っかかるたびに、衛兵は背中に足を添えて、力ずくで抜こうとした。
「ハァ、ハァ。やはり、お前はこの国に害をなす存在だったんだ!ザマァみやがれ。」
衛兵が必死に剣を抜きながら叫んだ。
喉の奥から溢れてくるものを、ボクは抵抗することもできず吐き出した。
やがて、剣はすっかり抜け、ボクはもう起き上がることができなかった。
「まさかこんなにあっさり勝てるとは思わなかったなぁ。」
高笑いと共に衛兵が顔を近づけてきた。
「よぉ、犯罪者さん。言い残したいことがあるなら聞いてやってもいいぜ。」
頭の中で、これまでの生きた軌跡がパラパラと流れ出す。違う、ボクが見たいのはそれじゃない。
「オイオイ、いくら死にかけだからって、そんなにボソボソ言われちゃわからないねぇ。」
ヘラヘラしながら、衛兵はさらに近づいてくる。その耳は口に触れそうだった。
「痛かったよ。」
ボクはどうにか口を動かしながら、残りの力を振り絞り、衛兵の頭を抱え込んだ。
「クッ、往生際の・・・。」
衛兵が言い切る前に、ボクはその意識を消してやった。
衛兵の身体がちょうど傷口に落ちる。それに押し出され、また喉元から口へ何かが噴き出てきた。
「ウッ、ウグェェ・・・。ゲボッ、ウグッ・・・。」
ソークたちとの修行で、魔法粒子をたくさん詰め込めるようにはなった。それでも、意識は大きすぎた。徐々に身体中を、内から食い破るような痛みがおそう。
痛い。痛い。
身体が丈夫になったのか、慣れか。これくらいでは意識が保ててしまう。
痛みは終わらない。時間が止まったかのように感じるほどに。
時が動き出したきっかけは、誰かがボクの身体をギュッと押さえつけたことだった。その時、身体がガクガクと悶えていたことを知った。
そして、痛みが急激に引いていった。それでも、魔力粒子は身体を刺激し続ける。
意識は正常に戻り、ボクは頭を起こして身体の上に乗るものを見た。それは泣きじゃくるヒナだった。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい・・・。ワタクシのせいで・・・。こんな、こんな・・・。」
ヒナのせいじゃない。身体を起こしながら、そう伝えようとした。けれど、身体の中にまだ溜まってしまったものがあったようで、そのまま吐き出してしまった。
「ゲホッ、ゲホッ。うぁ・・・、ごめん。」
「ワタクシのことは良いのです!そんなことよりも・・・。ワタクシはまた誰かが傷つくのを待つことしかできませんでした。ノア様をあんなにも苦しい思いをさせてしまいました。」
涙ながらに顔を上げたヒナは、色々なものでグシャグシャだった。涙くらいしか綺麗なものはない。
「ヒナは悪くないよ。ヒナのおかげで、ボクはまだ生きているんだから。」
「ですが、ですが・・・。そもそもワタクシがノア様に会いに来なければ・・・。うわぁぁぁぁ!」
ヒナの叫びが、またあたりに響き渡る。その隙間に、たくさんの足音が紛れている気がした。
「・・・ノア様。また誰かが、それもたくさん迫ってきています。ですがもう、こんなに疲れ切っていて、戦えるはずがありません。そもそも、戦ってほしくありません!」
ヒナがボクの膝の上で震えている。どうにかする方法はないだろうか。ボクは必死に頭をはたらかせる。
「ですから、ノア様。ワタクシが皆さんを説得します。できるかは分かりませんが・・・。とにかく、後はワタクシに任せてください。」
ヒナはいつの間にか、覚悟を決めた目をしていた。でも、ほのかに不安を隠せていない。考えろ。考えろ。
「どのような結果になっても、もうお会いできなくなるかもしれません。ですから、その・・・。」
ボクはヒナの口を塞いで、その続きを言わせなかった。
ヒナは目を点にしてボクを見つめてきた。
「ヒナ、もうここを、リタスを出ちゃおう!」




