Episode 3
「・・・で、なんで今度は別のオリの中にいるんや?なんかボロボロやし。」
薄暗い牢屋の中でも、ミトコンのゲッソリとした顔がはっきりと見える。
「ハハ。話せば長くなるんだけどさ・・・。」
ボクはまず、この辺りで戦争が起こりそうなこと、それを止めようとしていることを話した。
「相変わらず、アホというか、考えなしというか・・・。で、そこからどうしてまたオリに入るん?」
「まずは、リタスへ行くことになったんだ。それで、さっそく向かおうとしたんだけど、ローズが止めてきてさ。コヌーを貸してくれたんだ。あ、タンナまで僕たちを運んでくれたあの動物ね。」
「まさか、あの雪の中を歩いて行こうとしたん?正気の沙汰じゃないで・・・。」
「ローズにも言われたよ。『この距離を走っていくなんて正気か?』って。」
ミトコンは頭を抱えてしまった。そのまま何も言わないので、ボクは説明を続ける。
「コヌーはすごく速かったよ。振り落とされないように、捕まっているので精一杯なくらいだった。」
「え、最初に見た時は、そんなに速くなかったやろ。乗り方とか教えてもらわなかったんか?」
「いやぁ。教えてもらうも何も、乗った途端に走り出してさ。アハハハハ。」
「笑ってる場合か!・・・まぁ、えぇ。それで、なんで牢屋にいるんや。早よ、結論をいわんかい!」
「いやぁ、どうにかリタスには着いたんだけどさ。コヌーがそのまま街中を走り回るもんだから、もう大騒ぎ!そのうちボクは振り下ろされて、街の人に捕まっちゃった。でも、悪いことはしてないと思うんだけどなぁ。」
「ホンマ、お前ってやつは・・・。ウン、そうやな。災難やったな。」
ミトコンは何か言いたそうにしていたが、乾いた笑いと共にそう吐き捨てた。
「それにしても、どうしようかなぁ。戦争って、どうやったら止められるんだろう。」
「薄々そんな気はしてたけど、やっぱりノープランやったか・・・。まぁ、まずはここから出ようや。お前の魔法なら余裕やろ。」
「でも、今日はもう疲れちゃったよ。窓もなくてわからないけど、きっと夜なんじゃないかな。」
身体の奥底からあくびが登ってくる。ボクは地面にそのまま寝転がった。
「んなこと言ってる場合じゃないやろ!オイ、オイ。起きんかい!」
だんだんとミトコンの声が形を保たなくなってきた。
夢を見た。
場所はアフーラの魔法小屋。前でレッジ先生が何かを話しているが、その音を言葉として聞き取れない。
それをボンヤリと眺めていると、どこを見ても真っ暗な世界が現れる。
こっちにくる途中に通った、あの空間。
世界が切り替わったわけでなく、その二つの世界が同時に見える。
どちらの世界も同じ場所に押し込められているようだった。
でも、そんなはずはない。同じ場所にあるというには、あまりにも世界が違いすぎる。
目が回りそうだった。
ただ困惑していると、風が吹いてきた。
風は強く、ボクは吹き飛ばされそうになる。しかし、何かがボクを押さえつけている。
風はさらに強くなる。風と何かに挟まれて、身体が押し潰されそうだった。
でも、それは気のせいかもしれない。そもそも、風はどこから来ているのだろう。どこへ向かうのだろう。
やがて、世界はひび割れ、ボクはその隙間に落ちていった。
落ち続けるのに合わせて、風景はその色を目まぐるしく変えていく。
あの二つの世界は、気づけば随分と小さくなった。
二つの世界は、離れていた。それでも、無数の世界で結ばれている。
ふと、啜り泣きが聞こえてくる。きっと、あの世界からだ。
ボクはそちらへ手を伸ばしてみた。
目が覚めた。一体どれくらいの時間が経ったのだろう。
ボクは変わらず、空なんて見上げることのできない、薄暗いオリの中にいる。
意識がハッキリとしてきたところで、夢で聞こえた啜り泣きが現実だったことを知った。
どこから聞こえてくるのだろうと、音を頼りにそちらへ近づいてみる。
「イッタい!」
真正面から何かがゴツンとぶつかってきた。よく見てみると、それは鉄格子だった。
「キャッ!そ、そこにどなたかいらっしゃるのですか?」
鉄格子の向こうから、そんな声が聞こえてきた。
不意に、ここに放り込まれた時のことを思い出す。確かこんなことを言われたはずだ。
「お前がどんなに強かろうとなぁ、ここは城の一番地下深くの牢屋だ!地上へ上がろうとしても、大量の罠や頑丈な扉がお前を阻むだろうよ。わかるか?お前はもうオ・シ・マ・イだ!せいぜい一人で指でもしゃぶってるんだなぁ!ハハハハハ。」
だから、ここには誰も来ないと思っていた。だから、「そこにどなたかいらっしゃるのですか?」はボクが聞きたかった。
呆然としていると、目の前が急に明るくなった。どうやら、泣き声の主がランプに火を灯したようだ。
「ここなら一人になれると思っていたのですが・・・。まさか、こんなところに収容されるお方がいらっしゃるとは思いもよりませんでした。」
そう言いながら、涙の跡をゴシゴシと擦りながらはにかんでいた。
「ボクもいきなりオリに入れられるなんて思ってなかったよ。」
「フフ、そうですか。それにしても、あなたはものすごく静かな方なのですね。全く気がつきませんでしたわ。」
「静か?まぁ、寝てたんだし、別に普通じゃない?」
「そういう意味ではないんです。誰しも、起きていようと、寝ていようと、内に揺らめくものがあるでしょう。感情とか、熱意とか、愛とか。ワタクシはどうしてか、近くのお方のそれらを漠然と感じてしまうんです。」
鉄格子の向こうで、ランプにほんのり照らされた口元が、お行儀よく口角を上げた。
「えぇと、つまり、心を読めるってこと?」
「そのようなものではありません。ただ、揺れているのが分かるのです。」
「・・・どっちにしろ、なんか疲れそうだね。」
「まあ!わかってくださいますか。それで、ワタクシは一人になりたく、よくここに来ているのです。」
「それにしても、ボクってそんなに静かなのかなぁ?」
「えぇ、ものすごく。まるで、心の中が空っぽであるみたいに。」
「・・・ハハ。そうかもしれないね。」
なんとなく、視線が床へと落ちていく。
「あ、えっと、申し訳ありません。ちょっと気に障るような言い方でしたね・・・。しかしですね、あなたがそばにいても、他の方と違って、全く息苦しくならないのです。その、要するに、傷つけるつもりはなかったと言いますか・・・。」
チラリと灯りの方を見ると、モジモジと指をいじる様がハッキリと映し出されていた。
炎が揺れた。こんな場所でも、どこかから風が流れているらしい。
「あっ!そういえばお名前をまだ聞いていませんでしたね。えっと、なんとお呼びすればいいですか?」
「・・・ノア。」
「ノア様ですか。素敵な名前ですね。ワタクシはヒナと申します。お見知り置きくださいませ。」
ヒナは小さく会釈をした。
少しの間、炎の音だけがこだまする。それに耐えられなくなったのはヒナの方だった。
「ところで、ノア様はどうして収容されてしまったのですか?やはり、戦争の準備に反対したのでしょうか。」
「いや、リタスに来てからすぐに捕まったんだ。何もしてないはずなんだけどね・・・。」
「あら。昼過ぎにタンナの方から奇襲があったと耳にしましたが、あなたのことでしたか。」
「別に奇襲をしにきたわけじゃないよ!ただ、コヌーが止まってくれなかっただけなんだよ。」
すると、ヒナは無邪気にクスクスと笑った。
「おかしな御方ですね。コヌーに乗って暴れ回るなんて、タンナの方々にしかできない芸当でしてよ?まさか、タンナからはるばるお買い物でもしにきたとでも仰るのですか?」
「確かにボクはタンナの方から来たよ。でも、本当に戦うつもりはないんだ。」
「でしたら、何をするおつもりでしたの?」
答えようとしたところで、ローズの言葉が引っかかる。「無謀だと思うがな」と。それでも・・・。ボクはその続きを声に出す。
「・・・戦争を止める。」
ヒナは悲しそうに微笑んだ。
「できっこありません。ワタクシが何度、お父様に申し上げたことか・・・。それとも、何か計画があるのですか?」
縋るようにこちらを見てくる。
「残念だけど、まだ無い。でも、きっと何か方法があるはずだよ!」
「あなたは先ほどからずっと、揺るがないのですね。それは強い意志を持っているから、なのかもしれませんね・・・。」
「よく分からないけど、とにかくボクは、戦争を起こしてほしく無いんだ。」
「フフ、もしそれを衛兵にでも聞かれれば、食事を抜かれてしまいますよ。どうかお気をつけてください。」
そう言って、ヒナは静かに立ち上がり、ボクの方へ近づいてきた。
「ノア様。ワタクシはあなたのことが気に入りました。戦争を止めたいという言葉、久々に聞いた気がします。そろそろ、城の者が起きてしまうでしょうから、もう行かねばなりません。また来ますね。」
そう言って、ヒナは去ってしまった。
ランプの灯りは見えなくなり、足音もいつの間にか聞こえなくなった。




