Episode 2
前話でノアの名前をノゾムと間違えていました。
ややこしいことをして申し訳ありません。
タンナに到着してすぐ、ボクは街に入って少し歩いたところで階段を降り、言われるままに牢屋へ入った。
「外と違って、ここは暖かいんだね。」
「それはワタシの魔法のおかげだ。なに、利用する前に風邪でも引かれたら困るからな。」
ローズは鉄格子の反対側で、椅子に腰を下ろした。
「あれ?それじゃぁ、ローズの魔法って一体なんなの?氷を出したかと思えば水も出すし、今は瞳が赤く光ってるし、気になるなぁ。」
ローズはちょっと嬉しそうな表情を垣間見せるも、すぐに咳払いで誤魔化してしまった。
「それはお前の知る必要のないことだ。」
「そっか・・。ところで、ボクを『使えそう』だの、『利用する』だの言っていたけど、一体何をやらせるつもりなの?」
「あぁ、まだ伝えていなかったか。お前にはまず、国を一つ落としてもらおうか。」
「え?そんなのできるわけないじゃん!」
ローズは不敵な笑みを浮かべた。
「あぁ、そうだろうな。ワタシたちは今、余所者を簡単に信用すべきでない立場にある。それくらいのことをして初めて、お前を認めてやってもいいくらいにな。ま、事が済むまでそこで大人しくしてるんだな。」
「そんなの嫌だよ!」
「それなら、牢屋から抜け出して、ワタシを戦闘不能にしてみるか?ワタシに勝てるのなら、この国の誰もお前を止められないだろうからな。晴れて自由の身だ」
そう言うローズは自信に満ち溢れていた。
「さぁ、ノアよ。どうする?ここで燻っているのか。国を落とすか。ワタシを倒すか。好きなのを選ぶがいい。」
ローズは鉄格子を蹴り、高らかに笑った。
「ねぇ、ミトコン。どうすればいいと思う?」
ボクは牢屋の隅でうなだれるミトコンの方を見た。
「知らんがな・・・。ミトコン様はお前の能天気に振り回されて疲れちまったで。ちょっと休ませてもらうわ。どうせどのルートでも似たようなもんやろて。好きにするとえぇわ・・・。」
そう言って、ミトコンは跡形もなく消えてしまった。
「ちょっと、ミトコン!それはないよぉ。」
ローズがまた鉄格子を足蹴にして、大袈裟に音を響かせる。
「さぁ、早く選べ。ワタシは待つのが好きではない。」
「待ってよ!そもそも、どうして国を落とす必要があるのさ。おかしいよ!」
「・・・そうか。お前が本当にアフーラから来たならば、知る由もないのか。」
ローズは口元を手で覆って、少し考え込む。
「そうだな。どの場合であれ、この地にいる以上は知っておくべきことだろう。スパイであっても、どうせ知っていることだし、教えてやろう。ただし、一度しか言わんから、よく聞くことだな。」
そう言って、ローズは床に雪を作り出し、その上に氷の塊を置いた。真ん中の雪が高く積もっているところに一つ、それを囲うように三つ置かれた。
「まず、ワタシたちがいるのが中央のこの部分、タンナだ。その南にあるこれがリタス。そして、北東がドニス、北西がサニアだ。」
ローズはそれぞれの氷の塊の近くに、国の名前を書いていく。ボクから見やすいような字の向きで書いてくれているけど、いくつかの文字の左右が反転してしまっている。
「結論から言うと、タンナは周囲の3カ国から戦争を仕掛けられそうになっている。」
「そんな、どうして?」
「事の発端はサニアだ。あそこはどうしてか、タンナの民を汚れた民族だと考えている。居住区はそれなりに離れているものの、隣にそんな奴らがいるのが気に食わないようだ。」
ローズはサニアの氷の塊を指で叩いた。
「サニアは頭数でこちらを上回るだろうが、質はタンナが圧勝だ。だから少なくとも、サニアが単独でこちらに攻めてくることはない。」
「つまり、残りの国が協力して攻めてくるってこと?その国も、ここのことをよく思っていないの?」
「いや、これまで調べた限りでは、そんなことはないはずだ。もっとも、タンナの戦闘力の高さは恐ろしく思っているらしいが・・・。」
「じゃあ、どうして?」
「主な理由は三つ。一つは今言ったように、タンナが恐ろしいから。もう一つが周囲の3カ国間での貿易で、タンナが地理的に邪魔な位置にあるから。そして最後が、リタスとドニスがサニアに資源を依存していて、簡単に逆らえないからだ。」
「タンナが邪魔って・・・。わざわざこんな高いところを通過していくの?」
ボクはタンナのある雪山を指差した。この地図が正確なものならば、タンナの標高はかなり高い。
「ふむ、いい質問だ。その答えはドニスにある。」
ドニスの氷の塊の隣に、それと同じくらいの大きさの氷像が現れた。その像は四足歩行で、背中に翼のようなものがあることはわかるのだが、全体的にアンバランスで、あたかも幼児が描いた絵をそのまま立体にしたようだった。
「・・・何これ?」
「見ればわかるだろう。アフーラを毎年襲撃する、インクレムの親玉みたいなものだ。似たようなヤツが襲撃したと、向こうに記録が残されているはずだが。」
アフーラの広場から遠目に見たインクレムを思い出す。この氷像の姿はそのどれよりも弱々しく、とても親玉には見えない。
「オイ!なぜそんな怪訝な顔をするんだ。」
ローズは不満を隠すことなく、ボクを指差して叫んだ。
しばらく苦笑いで返していると、ローズは面白くなさそうに続きを話し出した。
「・・・まあ、いい。こいつの名はドニス。ドニスと言う国名はこいつに由来していて、国を守ってくれている感謝を表すためにそう名付けたようだ。」
「そっか、これが本当にインクレムの親玉だって言うなら、こんな山は簡単に吹き飛ばしてもおかしくはないね。」
「フン!ようやく理解したか。とりあえず、説明はこんなものでいいだろう。」
目の前の雪の地図は部屋の温度を思い出したように、慌てて溶け出した。
ローズは椅子に踏ん反りかえり、楽しそうにこちらを見た。
「で、どうする?」
「ねぇ、本当に国を落とさなきゃダメなのかな?」
「・・・何が言いたい?」
ローズの表情が曇り出した。
「えっと、みんな仲良くできないのかな?本当は、どこの国も、戦いたくなんてないはずじゃないの?」
「ハッ!隣国などない、アフーラらしい考えだ。それが可能であるならば、もうすでに誰かがやっているさ!それとも、お前ならできるとでも言いたいのか?」
ローズの強い語気とは相反して、部屋の温度が急激に下がる。
「できるかは、わからないけど・・・。でも、国を落とそうとするくらいなら、そっちのほうがいいよ!」
ボクをしばらく睨んでから、ローズは大きくため息をついた。
「そんなことを言うウツケは根性を叩き直してやるところだが・・・。まあ、余所者のお前がその甘さで死のうとどうでも良いし、成功すれば、それよりいいことはない、か。」
そう言うと、ローズは牢屋の鍵を開けてくれた。
「ま、好きにやってみるがいいさ。あまり期待はしないがな。」
こうして、ボクはローズに連れられて、タンナの出口へと向かった。
その道中も、誰もがローズが近くを通るだけで、いい姿勢で礼をしていた。
出口に着くと、遠くに街が見えた。雪はなく、少なくともここよりは快適そうに見える。
「あそこに見えるのが、リタスだ。化け物のいるドニスや、タンナを忌み嫌うサニアよりは、まだ平和だろう。それでも、無謀だと思うがな。」
「そっか。色々ありがとうね。」
ボクはリタスへ向かって駆け出した。




