表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空っぽ二人は箱庭で踊る  作者: ボチノ・ギウセッペ
Chapter 2 -Tantalus Side-

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/45

Episode 9

 「・・ム、ノゾム。起きてください。」

 ザードの声で目が覚めた。

 ここはおそらく、ミルの家だ。ふやけた頭から昨日の記憶を探る。

 「ほら、ミルも。もう朝ですよ。」

 大きなあくびと共に、ミルは身体を伸ばした。

 枯れた枝のようにゴツゴツとした手が目に入る。

 途端に、昨日の出来事がオレの全身を駆け巡った。

 「ふぁぁ。おはよ。・・・ってなに、朝からシケた顔してんのよ。」

 ミルがオレをこづいてきた。その感触は、とても手だとは思えない硬さだった。

 「イタッ」と、ミルが小さく言うのを、オレは聞き逃さなかった。

 心が押しつぶされそうだ。その圧力で心が口から出てきそうに思えてくる。実際、喉の辺りで何かが引っ掛かるような感触もある。

 オレは慌てて、外を流れる川の方へと走っていった。

 残念ながら、心は身体に留まり続けた。

 「もう、どうしたのよ。ケガはちゃんと治してあげたでしょう?」

 後からミルがやってきて、オレの背中をさすってくれた。

 硬い。

 心臓がうるさい。身体は空気さえも吐き出さんと、えずきを止めてくれなかった。

 頭が痛い。身体中を空気が乱暴にまわる。

 「オレは・・・。オレは・・・!」

 ミルの方を向いて、必死に言葉を探した。

 顔を覆う手を、ミルが剃って剥がして、優しく包み込んでくれた。

 「大丈夫だから。これはアタイが勝手にやったことだから。」

 「・・・でもよ!オレのせいで・・・。」

 すると、ミルの目からポロポロと涙が溢れてきた。

 「アタイがみんなを治して大活躍!それでいいじゃない。お願いだから、そんな苦しそうな顔しないでよ・・・。悲しそうな目でアタイを見ないでよ・・・。お願いだから、こうまでして治して良かったって、思わせて。そうじゃないと、アタイ・・・。」

 ミルはむせびながら額をオレの手に乗せて続ける。

 「もう、オカシくなりそうなの。」

 ミルの嗚咽が全身に響く。

 「ノゾム。怖いよ。あれからみんなは、もっと変に優しくなった・・・。誰もアタイの側にちゃんといてくれない。寂しいよ。」

 徐々にミルがオレの胸の中へと潜り込んでくる。

 「ねぇ、ノゾム。ノゾム・・・。昨日までみたいに笑ってよ。今すぐじゃなくてもいいから。」


 それからしばらくして、ザードがオレたちを呼びにきた。朝食を用意してくれたらしい。

 テーブルの上にはパンが山盛り。それ以外のものはお茶くらいだった。

 「用意してくれたのはありがたいけど、これじゃあ、あんたたちが途中で倒れないか心配だわ。卵やら野菜やら残ってなかったかしら。」

 ミルが苦笑いしながら席に着く。

 「野菜や卵なんて食べなくても大丈夫ですよ。美味しくないですし。」

 ザードはにこやかに答える。

 「・・・昼はアタイが用意した方がよさそうね。」

 そう言って、ミルはカップを持ち上げた。

 しかし、カップはその手から滑り落ちる。

 床でカップの破片が散った。

 「あ、えっと。ごめんね。すぐ片付ける・・・。」

 ミルは動揺を隠せていない。

 「いや、ミルは座っててくれ。今降りれば、破片を踏んづけるかもしれない。」

 オレの声は、心の奥底の揺らぎを隠せているだろうか。

 床に広がるお茶に、水滴が何度か落ちた。


 朝食が済んでから、オレたちは畑の手入れに向かった。

 「今日やるのは草むしりね。根っこが残らないように、こうやってしっかりと掴んで引っ張ってね。」

 しかし、説明とは裏腹に、草は途中でちぎれてしまった。

 「ア、アハハ。ちょっと畑仕事から離れてたから、感が鈍ってるのかな。」

 ミルのうつむいた笑顔の向こうに、はっきりと憂いが現れる。

 何回繰り返そうとも、ミルの手の中で雑草はちぎれていった。

 オレとザードは、そこまで苦労することはなかった。できてしまった。

 「あ、あんたたち・・・。なかなかセンスあるじゃない。ハハ・・・。」

 その後も何度も挑戦するも、ミルは手を震わせるばかりだった。


 昼過ぎ、ミルは食事を摂ることなく部屋にこもってしまった。

 「ちょっと、一人にさせて。ごめん。」とのことだった。

 オレは気まずさから、ミルの家から離れた。いや、逃げた。

 向かった先は、ザードの家。他に行く宛なんて、街の外くらいしかなかった。

 到着して初めて目的地を知ったにも関わらず、ザードは嫌な顔ひとつせずに玄関を開けてくれた。

 中には誰もおらず、胸を撫で下ろした。

 オレは迷うことなく、ザードの部屋へと向かった。

 「・・・ここは静かでいいな。」

 「外がうるさすぎるだけですよ。」

 うずくまるオレに、ザードは後ろから腕を絡めてきた。

 耳元でザードの微かな呼吸がしっかりと聞こえてくる。

 「オレは、ミルの魔法を台無しにしちまった・・・。それなのに、どうして・・・。どうしてあんなに優しいんだよ。」

 「ノゾムのせいですか?ミルがケガを顧みずに無理していたように見えましたが。」

 「そのケガを作ったのがオレだ。そして、トドメを刺したのもオレだ。」

 ザードがオレの頬を撫でる。

 「でも、魔法を使うミルは、とても幸せそうでしたよ?」

 「・・・何が言いたいんだ?」

 「ノゾムがそんなに苦しむことはないということです。」

 「で、でもよ・・・。いや、そんなこと言われたって・・・。」

 ザードはさらにオレに密着してきた。

 「もっとも、今の苦しむノゾムを見ているのは、嫌いじゃありません。ずっと眺めていたいくらいに。ですが、そんな上の空な状態のままでは、ボクの話し相手にはなってくれそうにないですから。もちろん、ミルにもです。」

 「でも、ミルは・・・。ミルは・・・。」

 横からザードの顔が見える。うっとりとした、甘い表情だった。

 「ミルもそれを望んでると言ったじゃないですか。」

 「そうだけどよ。いったいオレはどうすればいいんだよ・・・!どんな顔してあいつと話せばいいんだよ。」

 「さぁ、ボクには見当もつきません。ですが、一緒にここで考えることはできます。」

 それを聞いて、涙が溢れてきた。オレには仲間がいる。その意味が分かりかけた気がした。

 オレが喋れずにいると、ザードが口を開いた。

 「まぁ、最悪は。みんなで心中すればいいだけですから。そんなに頭を悩ませることないですよ。」

 そのとき脳裏に浮んだ景色で、オレはミルの首を締めていた。

 一瞬、ミルはこれを受け入れてくれるように思えてしまった。

 「フフ。どうして震えているんですか?未来を悲観する者。未来が潰えた者。生きることに罪を覚える者。そう、おかしい話ではないでしょう?まあ、選択肢の一つに過ぎませんけどね。」

 なんとなく、これ以上ここにいてはいけない気がした。

 だけど、あまりにも居心地が良過ぎた。

 ミルが部屋の窓を叩くまで、オレたちは何も言わず、ただ絡まっていた。

 「なかなか見つからないと思ったら、ここにいたのね!さ、午後もがんばりましょう。」

 こうして、またミルに連れられて草むしりに勤しむことになった。

 ミルの手の震えはますます激しくなり、時折、痛みに耐えるように顔を歪めているのが見えてしまった。


 「ま、今日はこんなもんにしておきましょうか。」

 空の色がオレンジに染まりだす頃、ミルがそう宣言した。

 「しかし、随分と広いですね・・・。終わる気がしませんよ。」

 ザードが畑を遠目で眺めながら言った。

 「その点は心配ないわ!本来は討伐隊の仕事で、アタイはいないはずだったんだもの。アタイたちの担当部分は、素人がいることも加味して、狭めにしてもらったわ。」

 手がそんなになってしまったから気を遣ってくれたのだろう、と言いかけて、咄嗟に口を閉じた。

 オレは生きてていいのだろうか。

 「ちょっと、ノゾム。なぁに、暗い顔してんのよ。さ、夕食の準備をしましょう?アタイ、もうお腹ペコペコよ。」

 そういって、ミルはオレとザードの手を掴んだ。

 しかし、その手は力無く、すり抜けてしまう。

 オレは慌ててミルの手を掴んだ。

 「そ、そうだな。早く帰ろうぜ。」

 「う、うん!」

 笑顔を保っていたミルは、家に近づくにつれて、ポタポタと涙をこぼした。

 次第に、オレの腕に絡みついて泣き出した。ワンワンと泣いていた。

 ザードは特に表情を崩すことなく、反対側のオレの腕にまとわりついている。

 苦しい。

 結局オレは、ミルに何ひとつ、気の利いたことを言えなかった。

 二人分の寝息を聞きながら、次の日を迎えた。

 また、一日が始まってしまう。

ここで、ノゾム側の物語は一旦終わりです。

次話からはChapter 1のEpisode 6で、暗闇へと消えてしまったノア側の物語へと一度移ります。

投稿時間がこれからしばらくは正午になりますが、次話はこの話の12時間後に投稿されるので、ここまでリアルタイムで読んでくださった方も、これまで通りのペースで読むことができるはずです。

物語もついに半分が終わりました。最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ