Episode 8
「いぃぃぃいやぁぁぁぁあ!おたすけぇぇぇぇえ!」
アニマが泣き叫ぶ。
「おい、アニマ。いい加減、落ち着いてくれよ。」
「落ち着けいうても、お前さんらがオイラを無理やり戦いに引きずりこもうとしてるんだぁ!オイラには無理だべ!」
「大丈夫ですよ。あなたの魔法があれば、勝算は十分にありますよ。」
ザードが後ろで少し息を切らせながら言った。
「言ってる意味がわからねぇだ。こんな魔法、何に使うっていうんだべ!」
「いいから、黙って一緒に来なさい!アタイたちは、チームなんだから!」
ミルはやけに張り切っていた。
「チームいうても、お前さんら、聞いてたべ?オイラが望んでなったわけじゃねぇだ!」
街を駆け抜けていたオレたちは、ここで外の平地に抜けた。
水の流れが少なく、痩せこけた土地が広がる地帯。そこで、討伐隊の面々がインクレムを必死に足止めしていた。
「なんだ?よく見てみれば、インクレムの足止めしかしてねぇじゃねぇか。こんなんじゃ、いずれ街が壊されちまうぞ。」
視界の全てのチームが水の魔法の使い手ばかりのようで、インクレムの足元にぬかるみを作り出している。
身体に対して短い脚をジタバタとさせる様は、ついさっきの恐怖が嘘のような幼稚さがあった。
「この街はほとんど水の魔法の使い手ですから、仕方ありません。水で攻撃するのであれば、超大量、高圧力、高速で打ち出す必要がありますから・・・。そんなの、ファンタジーですよ。」
ザードが戦況を観察しながら言った。
「あ、見て!あそこでインクレムが燃えてるわ。きっと、炎の魔法の使い手が片っ端から頑張って駆除してるのね。」
ミルが指差す方を見た。炎が上がっているのはかなり遠くだった。
「やべぇな。この調子じゃ、街に何体かが到達しちまうぜ。さっそくいくぞ!」
「ちょ、ちょっと待ってけろ・・・!」
オレたちを静止したのはアニマだった。
「オイオイ、あんまりチンタラしてる余裕はないぜ。」
「ノゾムはオイラがいれば何とかなる言うてたが、そもそもどうするのかすら聞いてないべ・・・。そげなことに命かけるなんて、タワケすぎるだぁ。」
インクレムどもの叫び声がそこら中から聞こえてくる。近くに来てみると、その進行は想像よりもずっと早いように感じる。
「うるせぇ、いいからさっさと行くぞ!」
「いやだ!そもそも、ここに向かう途中に話すことだってできていたはずだべ。何を焦ってるか知らんけども、オイラを巻き込まねぇでくれ!」
顔から表情が抜けていくのを感じる。気がつけばオレは、拳を振り上げていた。
「ちょっと、何してるのよ!」
ミルがオレの腕を必死に抑える。
「離せよ!コイツをぶん殴ってでも協力させるんだ。そうじゃねぇと、インクレムどもをぶっ殺しに行けねぇ。」
「ハッ!正体表したり、って感じだべ。そんなにすぐにカッカとなる幼稚なオツムで思いついた作戦なんて、どうせ大したことねぇだ!」
「て、テメェ!」
ミルの力はそんなに強くないのだけれど、振り払うのは怖くてできなかった。
アニマは調子に乗ったのか、喋り続ける。
「そういえば、噂で聞いたことあるべ。たしかノゾムって言ったら、魔法も使えないド底辺だったはずだぁ!そんなヤツが必殺技?王様も随分と歳をとっていたんだべなぁ。とにかく!オイラは広場へ戻らせてもらうべ。」
次の瞬間、オレはアニマに馬乗りになって、ただその顔面を殴りつけていた。
「ノゾム!落ち着いてください!」
ザードの声が聞こえる。でも、オレは止まれなかった。
インクレムの鳴き声がさらに大きくなる。
アニマはついに何も言わなかった。
「・・・くだらねぇ。もう、オレは行く。」
オレは戦地へと駆け出した。
街を出てから一番近くのインクレムへと一目散に向かう。
「お、おい。君!下がっていなさい。危険だ!」
足止めしかできないヤツが、必死に叫んでいる。
オレはもう、コイツを殺せる。もう迷うことはない。
魔法粒子を高速回転。少し遠くで即衝突。熱と光と爆音が響く。
そうすれば、インクレムの断末魔が聞こえてくる。
「ヘッ、最初からこうすればよかったんだ。」
後ろから、悶え苦しむ声が聞こえる。だが、そんなの関係ない。インクレムを殺せないその弱さを恨めばいい。
オレだって、魔法も使えず、蔑まれてきたんだ。平等だろ?なぁ?
「チッ、回転が足りなかったか・・・。」
インクレムはもう動かない。だが、その身体はまだまだ原型を保っている。確実に死んでいるかはわからない。
「クソッ!次は消し炭にしてやるぜ・・・。」
オレはまた近くにいるインクレムへ突っ込んでいった。
「お、お前!ボロボロじゃないか。あとは私たちに任せて下がってるんだ!」
「何をしている。この戦いは命をかけるほどのものではないぞ!」
「おい、誰かあいつを止めてやってくれ!」
インクレムを消すたびに、そんな声が遠のいていく。
「・・・ヘヘッ。最初からこうすればよかったんだ。」
攻撃の余波を受けるたび、視界がぼやけてインクレムが何重にも見えてくる。
だけど、知ったことではない。オレはそれを全部吹き飛ばすことができるんだ。
周囲の音が耳鳴りに遮られる。とても静かだ。
「さて、あとはどこにいるんだ?」
もはや視界は正常でなく、インクレムが極彩色に埋もれてしまっている。
脳を突き刺すような超高音はまだ消えない。
身体が燃えるように熱い。息がうまくできなくなる。
声が出せない。
意識が遠のいていく・・・。
「お、やっと起きたん?手間かけないで欲しいわぁ。」
視界はまだぼやけている。だが、この声はたぶん、マーチャだ。
インクレムはどうなった、オレはそう口に出しながら起き上がるはずだった。しかし、身体が全てを拒絶する。
「ずいぶんと、大活躍やったそうやなぁ・・・。王様から伝言預かってるで。」
マーチャの足が顔面を踏みしめる。オレは何もできない。
「『お前には少し早すぎたようだ。無理な仕事を押し付けてしまったようで申し訳ない。今年の討伐は休んでいなさい。その力を制御できるようになったら心強い。来年に期待する。』だそうや。よかったなぁ?えぇ?」
紙が落ちる音がした。
「ノゾムやぁ、あんたには期待してたんやけど、ガッカリやで。仲間を次々と巻き込んだはもちろんやけど、なによりもプロタンティスがついてないときとる・・・。」
呼吸が苦しいことを思い出す。そんなことお構いなしに、マーチャはオレを踏みにじった。
「ずいぶんと驚いた顔をしよるなぁ?半信半疑やったんが確信に変わったわぁ。」
マーチャはオレの頭を蹴り飛ばした。そうして視界に入ったものは、倒れた討伐隊一人ひとりを訪れる、ミルとザードだった。
「見てみぃ。あんたのせいで、こんなにも被害が出てしもうた。お仲間が回復魔法で尻拭いしてくれなかったら、明日にでもインクレムが襲撃した暁には街が滅んでたやろううなぁ。」
ミルが回復魔法を使っている。オレのせいで。
ミルはどんな顔で魔法を使っているのだろうか。今はまだ遠く、よく見えない。しかし、負傷者を辿っていけば、オレに辿り着く。息がつまる。
「ハァ・・・。行方不明になるのが、ノアじゃなくてあんただったら、みぃんなハッピーだったかもなぁ。」
マーチャが目の前でしゃがみ、その顔がよく見える。心が引き裂かれそうだ。
「なんや、その目は・・・。あんた、空っぽなんは魔法だけじゃないんやな。」
そう言って、マーチャはオレの顔面にもう一発オマケをしてから去っていった。
すれ違いで、ミルとザードがやってきた。
「まったく、ようやくみんなを治し終わったと思ったら、あんたもボロボロじゃない!」
ミルは迷うことなく、オレに回復魔法を使った。
「お、おい。ミル・・・。やめろ・・・。」
治りかけの喉を搾り出して、どうにか声を出した。
「心配しないで。もう、ここまでやったんだから。」
すっかり回復した目に飛び込んできたのは、ミルの真っ赤な両手だった。
腕が動くようになり、慌ててミルの両手を払いのけた。
「へへ、ノゾム。アタイの手、もうこんなになっちゃったんだもの。どうせこんなにボロボロなら、どれだけやっても変わらないでしょう?」
「頼むよ、ミル。もうやめてくれ・・・。」
「泣かないで。全く才能のないアタイに、ほんの少し夢を見せてくれた。あんなにもたくさんの人々を、あっという間に回復してあげられた。ノゾム、あんたのおかげなんだよ?」
そう言って、ミルはまたオレを回復し始めた。
その効力は、一番最初の回復を大きく凌駕していた。ミルの手を流れる魔法粒子はあまりにも暴力的だ。
「そうそう。みなさん、褒めていましたよ。『あんなに攻撃的な魔法が使えるなんて頼もしい』って。」
ザードが嬉しそうに語りかけてきた。
「何言ってんだよ。オレはみんなをボロボロにしたんだぜ・・・。もう、放っておいてくれよ。いっそのこと・・・。」
殺してくれ、と言いかけたところで、大慌てで言葉を飲み込んだ。
ふと、ミルの方へ目をむける。優しい笑顔がオレの精神をかき乱す。
「さ、これで治ったでしょう?立てる?」
ミルの言う通り、すっかり身体は治っていた。
「もう聞いてると思うけど、アタイたちの仕事はもうおしまいみたいね。さぁ、約束通り、あんたたちをコキ使ってあげるから、今日からしばらくうちに泊まりなさい!」
ミルの手は真っ赤に骨張っている。
「あ、あぁ・・・。わかったよ。」
そこからのことはよく覚えていない。
先生が何か怒鳴ってきたり、王が声をかけてきたりしていた気がするが、何を言っていたのか、頭が意味を拾ってくれなかった。




