Episode 3
朝、目が覚めると隣にミルの寝顔があった。
身体を起こして辺りを見渡してみると、そこは知らない部屋だった。
唐突に頭痛と吐き気が襲う。
昨日の記憶が戻ると同時に、その苦痛が鮮明になっていく。
唐突に脇腹に衝撃が走る。
床に叩きつけられて、ミルがオレをベッドから蹴り出したことを理解した。
「なんであんたがアタイの部屋にいるのよ?!」
ミルが顔を真っ赤にしながら叫んだ。
「イテェなぁ・・・。なんでも何も、あんたが無理やりここに連れ込んだんだろうよ。覚えてねぇのか?」
「アタイがあんたみたいな得体の知らないヤツを家に連れ込むわけ・・・。」
言い切る前にミルは慌てて部屋の外へ飛び出した。
壁に支えられながらどうにか追いつくと、ミルはすぐそばの川に思いっきりもどしていた。
つられて吐きそうになるくらい、盛大な吐きっぷりだ。
「オ、オイ。大丈夫か?」
背中をさすってやるったが、睨まれてしまった。
しかし、振り払う余裕はないようで、すぐにまた川にえずき出す。
「ちょっと、うぷっ・・・。触らないでくれる?・・・うげぇ。」
一通り吐き終えたのか、ミルはその場で倒れ込んだ。
「あぁ、頭がガンガンする・・・。朝からクソガキがベッドに潜り込んでくるし、もう最悪。」
「なぁ、昨日のこと、マジで覚えてねぇの?」
ゲッソリとした顔でミルが睨みつけてくる。
「うるさい・・・。頭が痛くてしょうがないの。今のアタイに頭を使わせないで。」
「あんなに暴れ回ってたのに忘れちまうのかよ。酒ってヤベェのな。」
「さっきからブツクサうるさいのよ。アタイが一体何したっていうのさ・・・。」
あれは、ミルが5杯目を飲み干した頃だったろうか。
「アタイはねぇ、別にアンタみたいに強くなりたいってわけじゃぁ、ないわけよ。」
ミルが空のジョッキを豪快にテーブルに叩きつける。
「あ、あぁそれはもう7回は聞いたぜ。それで、結局お前はなんで討伐隊に立候補したんだ?」
「だぁかぁらぁ、言ってるじゃなぁい。私はどうせ、魔法をまともに出力できない、出来損ないですよぉだ。」
会話に脈絡がなくなってからどれくらい経ったろうか。もう帰りたい。
アニマは食い終わったらそそくさと帰ってしまい、それに便乗してザードも帰ってしまった。
そこからずっと、オレはこのトンチンカンと二人きりだ。
「ちょっと、ノゾムゥ。聞いてるのぉ?それでね、レッジが言ってくれたの。『魔法がショボいのは残念ではあるが、お前は頭がいいし、身体も丈夫ときた。回復魔法なんぞ忘れて、家の畑を手伝ったら良いんじゃないかのぉ』ってね!」
ミルがオレの肩に寄りかかりながら、ケラケラ笑った。
「へぇ、お前の魔法、回復なのか。珍しいな。しっかし、ジィさんも思い切ったこと言うぜ。」
「ん?よく見たら、アンタ飲んでないわねぇ・・・。店員さーん!おかわり二つ持って来てぇ。」
ミルが店中に響くような大声で言った。
「お、おい。ちょっと飲み過ぎじゃねぇか?」
「うるさいわねぇ。第一、みんなムカつくのよぉ!回復魔法のことは露骨に触れないようにしてさぁ!結局みんな、家族だって、アタイのこと馬鹿にしてるんだわぁ。」
そう言って、わんわんと泣き出してしまった。
周りの哀れみの視線を掻い潜って、店員がおかわりを持って来てくれた。
「お、キタキタ!さぁ、ノゾム。カンパイよ、カンパイ!魔法ボロクソの劣等生どもの!魔法の才能で完敗な二人の出会いを祝してぇぇえ、かんぱーい!」
泣き喚いていたのが嘘のように、ミルはまた騒ぎ出した。
涙の跡を拭うことなく、一気にそれを飲み干す。
「お、ノゾムぅ。なんだ、このミルちゃんの酒が飲めねぇってか?お?お?」
仕方なく、一口飲んでみる。嫌な苦味が口いっぱいに広がって来た。
「ウァヒャヒャヒャヒャ。顔シカメちゃって!ヒィ、ヒィ・・・。クソガキちゃんには早かったかなぁ。」
「ちょっとファーストコンタクトを楽しんでただけだし?こんなん余裕だわ。」
オレは一気にジョッキを空にしようとした。
が、半分ほど飲んだところでジョッキを置いた。口から喉までパチパチするのが耐えられなかったからだ。
「まぁまぁ、無理しなさんな。無理やり飲んだって酒が勿体ないでしょぉ。」
そう言って、ミルはジョッキを取り上げ、残りを飲み干してしまった。
「プハァ!ま、ノゾムはアタイみたいなオ・ト・ナになるまで我慢するのねぇ。」
ミルは高らかに笑いながら、床に引きつけられていった。
これが大人であると言うならば、オレはお先真っ暗だ。
「おい、ノゾム。今日の会計はツケでいいから、そのアホ帰らせてやってくれ。店の中で吐かれたらかなわん。」
マスターにそう言われて、オレはミルに声をかける。
ミルは爆睡していた。
「アタイだってねぇ!魔法がショボいことはよくわかってるし、魔法がショボいことだってわかってるのよぉ。」
どうにか酒場から引っ張り出してから、ミルはずっとこの調子だった。
道端の水路に落ちそうになるのを止めながら、ゆっくりとミルの家へと向かっていた。
「あ、そうだ。ねぇ、ノゾムぅ。結局アンタの魔法ってなんなの?私だけ喋りっぱなしって、なんかずるくなぁい?」
「あ?何回も言ってるだろ。オレは厳密に言えば魔法は使えない。魔法粒子を操るだけだ。」
「魔法粒子を操るぅ?ウァヒャヒャヒャ!それって何もできないじゃない?ウァヒャヒャヒャヒャ!」
だんだん頭が痛くなってきたのも相まって、コイツを水路に突き落としてやろうかと思った。
「へっへっへっ。そう思うだろう?でも、オレには必殺技があるんだぜ!ここら一体吹き飛ばせるくらいのヤベェヤツがなぁ!」
「うわぁ、こわぁい!なら、アタイがみんなを回復させちゃう!」
そう言い残すと、ミルは近くの通行人に、次々と回復魔法をかけ始めた。
その威力は驚くほどに貧弱だった。
あれじゃあ、かすり傷すら一日かけて治すことになるんじゃなかろうか。
たぶん、通行人らの目には、酔っ払いがなんか触って来た、くらいにしか感じていないだろう。
「アタイはねぇ、みんなの苦しみを治せるような魔法使いになるの!アンタの必殺技なんて、チョチョイのチョイよぉ。ちょっと、ノゾム。聞いてんの?」
ミルは楽しそうに、オレの腕を揺さぶった。
「あ、あぁ。聞いてるさ。とりあえずさ、もう怪我人はいないみたいだから、今日はもう帰ろうぜ?次はどっちに行けばいいんだ?」
「えっとぉ、もう着いたよぉ?」
ここは街の広場だった。
「え、まさかお前って、ここに住んでるのか?」
「何言ってんの?ここは広場じゃん。」
「・・・じゃあ、お前の家はどっちだよ。」
こんなやりとりを両手で数え切れないくらいやったところで、ようやくミルの家に着いた。
「じゃあ、オレは帰るわ。」
去ろうとするオレの服の裾を、ミルが摘んできた。
「なんだよ、今日はもう帰らせてくれ。話は明日聞いてやるからさ・・・。」
正直、オレは今にも倒れそうだった。
「・・・だっこ。」
「・・・は?」
「疲れた。もう動けない。ベッドまで運んで。」
そう言うと、ミルは座り込んで、オレに両手を広げて来た。
「自分でいけよ」と「ヤダ」の攻防の末、負けたのはオレだった。
オレは身体に鞭打って、ミルを2階にあるベッドへ、どうにか運び切ることができた。
「じゃあ、今度こそ、オレは帰らせてもらうぜ・・・。」
しかし、背中を向けた途端、オレはベットに引き込まれていった。
「お、おい!今度はなんだって言うんだよ!」
「・・・寂しい。」
そう呟くミルの顔に目を向けるも、夜の闇が隠してしまっている。
「みんなが魔法を当たり前に使う世界で、魔法の話を避ける。そんなことして、まともに会話なんてできるわけないでしょ・・・。」
ミルがオレに腕を絡めてきた。
「パパだって、ママだって。気を遣ってくれてるのはわかってる。でも、でも・・・。」
外はやけに静かだった。
「ねぇ、ノゾム。お願い。もうちょっとアタイのそばにいてよ・・・。」
オレは疲れ切ったことを言い訳に、そのまま眠りにつくことにした。
「・・・と、言うわけで、こうなってるのはオレのせいじゃないはずだ。」
ミルはうずくまったまま、ブツブツと何かを唱えていた。
「なんだよ?言いたいことがあるなら、はっきり言えよ。」
「・・・ろす。」
「え?聞こえねぇよ。」
「お前を殺して、アタイも死ぬぅ!」
ミルは真っ赤になりながら、近くにあった農具らしきものを、オレに向かって振り回し始めた。
「お、おい!落ち着けって。まだ酔っ払ってんのか?」
「う、うるさい、うるさい!全部知られた!生かしておくわけにはいかない!死ねぇ、死ねぇぇえ!」
ミルが落ち着きを取り戻す頃には、オレは随分とボコボコにされてしまった。
「・・・ごめん。ちょっと取り乱した。」
ミルは涙の跡を擦って誤魔化しながら言った。
「・・・身体中がスッゲェ痛い。骨が折れてないのが奇跡だぜ。」
「う、マジでごめん。」
「謝る気があるなら治してくれよ。お前の魔法、回復なんだろ?」
ミルは突然、怒りを露わにしてこちらを見てきた。
「ねぇ、わかってて言ってるよね?いくらなんでも酷すぎない?!」
「いいから、やってみろって。」
オレは真っ青になった手の甲を差し出した。
「あんた、趣味悪すぎるわよ・・・。とにかく、やればいいのね、やれば!」
ミルは患部に手を添えて、魔法を使い出した。
「ねぇ、これで満足?アタイの力はこの程度も治せないって、わかりきってるでしょ?」
オレは何も答えることなく、ミルの手の辺り、魔法粒子が集中している、おそらく魔器官があるだろうところの魔法粒子の流れを早めた。
アザはあっという間に消えてしまった。
「え、なんで治ってるの?アンタなんかした?」
ミルは不思議そうにオレを見つめた。
「言っただろう?オレは魔法粒子を操れる。お前の中の魔法粒子の流れをいじって、魔法の出力を強くしただけだ。」
「へぇ、すごいもんだねぇ。アタイでもあんなケガを治せちゃうなんて。」
ミルは自分の手を嬉しそうに、まじまじと見た。
次の瞬間、その手が血に染まった。
「痛い!痛い!ノゾム、私の手、一体何が起こってるの?」
「わ、わからねぇ・・・。」
オレたちは慌てて医者の元へ向かった。




