悲劇の悪役令嬢
皆さま、どうもごきげんよう。いかがお過ごしでしょう。
本日は、私、ロベリア家の長女で現王妃のシャウラ・フェンネルが悲劇の悪役令嬢と呼ばれるまでのことを紹介させていただこうと思いますの!
それでは……物語の世界へようこそ―――
それは私がまだ公爵令嬢だった学生時代まで遡り、始まりの日は入学式の日でした。
ドンッ――!
「きゃっ!あ、あ、あ、あの!すみません!怪我はありませんか!?」
「こちらこそすまない。大丈夫か!?」
私の婚約者で3年生、第一王子のシリウス・フェンネル様と1年生のミラク・レビィ子爵令嬢が出会いましたの。
ミラク嬢は施設育ちでしたが、愛らしく優秀で、子宝に恵まれなかったレビィ子爵家に学園へ入学する1年ほど前に引き取られていました。ミラク嬢はその年の主席ととても優秀な生徒でした。ピンクの髪にピンクの大きい目を持つ子でした。
私たちの学園は「シュテルン学園」といい、王国一優秀で古い歴史がある学園でした。勉学、運動、センスなどを磨き上げ将来輝く人材育成を教育目標として実際、歴史上の偉人にもこの学園の出身者は多かったものです。ミラク嬢が入学した時は3年生に王太子や宰相の息子・騎士団長の息子、大商人の息子が在籍や入学していた後に奇跡と呼ばれる代でした。また、この学園は将来有望とされた人は身分関係なく入学することができますが、その時はまだ身分による差別は残っていました。
「シリウス様は……お怪我はなさそうですね。そちらのご令嬢は……まぁ大変!足を擦りむいているじゃない!」
ミラク嬢の足を見ると小さい擦り傷が出来ていました。
「あっ!でもこれくらいどうってことないですよ!!」
そう言って力こぶしをつくったミラク嬢に私は私が一番気に入っているハンカチを差し出しました。
「……あ、ありがとうございます……」
「高そうとでも思っています?気にされないで」
「……はい!」
ミラク嬢はそのハンカチで傷口を抑えました。
まあ、その日は何もなかったですわ。
学園には生徒会がありました。生徒会には有力貴族や成績優秀者が入り、その代は、シリウス様を生徒会長とし第二王子を生徒副会長、その他4名が運営をしていました。ちなみに、生徒会の生徒が引退するのは滅多なことがない限り、卒業と同時で新年度と一緒に新しい生徒会がスタートするという珍しい物でした。
ミラク嬢が生徒会に入るまでは、学年が1つ上がり2年生となった私は、生徒会唯一の女子として生徒書記を務めさせていただいていました。昨年度は先輩と二人で書記をやっていたのですが、卒業してしまったため人手が足りていませんでした。
そのため、ミラク嬢は書記になるとすぐに決まりました。
仕事の覚えもよく、書記だけでなく生徒会の強力な即戦力となってくれたミラク嬢は生徒会の子息たちともすぐに打ち解けていきました。もちろん私とも仲が良かった、と思っていましたの。
新入生が入って来てから1カ月ほどたったある日のこと、
「あなた、少し前まで平民だったのに生意気じゃなくって?」
「そうですわ!生徒会にも入ってねぇ?」
「ッ――ご、ごめんなさ―「謝る必要はなくってよ。レビィ嬢は何も悪いことはしていないじゃないの」
旧校舎でも人が来づらい中庭で侯爵令嬢とその取り巻きの方々がミラク嬢に詰め寄っていました。
「シャウラ様!」
「ッ――!」
「で、ですが……」
バチンッ――
口を隠していた扇子を大きく音が出るように閉じると令嬢たちはビクッとしました。
「私の言いたいことが分からないかしら?」
「し、失礼しました」
とだけ言うと、令嬢達は逃げるようにして去っていきましたわ。
「ありがとうございます!ロベリア様!!とってもかっこよかったです!!!」
「これくらい当然のことよ、でも、レビィ嬢はもっと堂々としてよいと思うわ」
微笑んでそういうとぱぁっ!とミラク嬢は見せました。
「それと、私のことはシャウラでいいわ」
「えっ!」
目を大きく見開き、もっと嬉しそうな表情を見せたミラク嬢は、
「な、なら私も、ミラクと呼んでいただけないでしょうか……」
「……ええ、もちろんよ」
ミラク嬢はまるで―――のようでとっても可愛らしかったですの。思わず笑みがこぼれるくらいに。
「シリウス様、進み具合はいかがでしょうか」
放課後、私が生徒会室に行くとシリウス様は資料と向き合っていました。
「ああ!シャウ!ああ、もう少しで終わるよ」
シリウス様はいつも放課後残り、生徒会の仕事などをやられていました。
「いつものハーブティーですわ」
「ありがとう!いつも癒されるよ」
「いえ、これくらいとうぜ―――バァン!!!
何事がとドアの方を振り返ると、
「あっ!お二人がいたんですね……ごめんなさい!!」
誰もいないと思っていたのか、人がいることに気が付いて、本当に申し訳なさそうにこちらを見てくるミラクに
「いや、大丈夫だよ」
と笑顔でシリウス様は返します。
「ところで、ミラクはどうしたの、」
「あ、ああ!忘れ物をしちゃったみたいで探しに来ました、私のことは空気だと思ってください!」
と言うと自分の机周りを探し出すミラク。
「……シリウス様、その足元に落ちているものって……」
私が、そう伝えるとシリウス様はそれに気が付いたようです。
「レビィ嬢!これかな?」
シリウス様が拾う前に私が拾い上げ、ミラクに渡しました。
「あっ!これです、ありがとうございます!!」
ミラクは腰を90度に折り曲げ、感謝をシリウス様に伝えました。
「いいや、これくらい……」
「ところで、その人形は何なの、」
私がそう言いとミラクは私の存在を思い出したようにこちらに振り返り、
「あっこれは、私が孤児院の子たちにもらったものです!みんな不器用なのに頑張ってくれて……それからこれをお守りのように持ち歩いてます」
「!そうなんだ……そっか、レビィ嬢は……」
少し気まずそうにするシリウス様に、ミラクは、
「あっ!全然大丈夫ですよ、今も結構会いに行ったりしてるんので寂しくはないですよ!!」
笑顔でシリウス様にそう言ったミラクは失礼しました!と部屋を出ました。
ミラクが帰った後、特にミラクが会話に出ることもなく、仕事に取り組んでいるシリウス様の邪魔とならない程度に会話を楽しみましたわ。しかし、シリウス様は、ミラクのことを気にしていたのでしょうか、少しうわの空だった気もしますが。
「あ!シャウラ様!こんにちは」
私が久しぶりに学食を使用しようかと親友とカフェテリアに向かっていると、ミラクがそう話しかけてきました。
「ちょっと、名前で――
そういう言おうとした親友を手で止めます。
「ミラク、こんにちは」
「はい!お話したいですけど、お友達が待ってるので……また後で!」
と嵐のように去っていきましたわ。
その様子を見た宰相の息子、3年生のシェーン・デュック侯爵子息の婚約者の私と同い年で私の親友――レイラ・ファミエル侯爵令嬢は、まさに怒り心頭という様子でした。
「な、なんなのあの子……。元平民だとかいうつもりはないけれど、あんなの子爵令嬢が公爵令嬢に対する態度ではなくない!?」
「まあまあ、可愛い物じゃないの」
「……あれでいいの?」
私は少し考えるそぶりをしましたわ。
「うーん、少し注意は必要かもしれないわね」
ニコッと微笑みながらそう言うと、レイラは「はぁ」とため息をつき、
「やるなら程々にね」
とだけ言われました。いったい何のことやら。
「シリウス様~おはようございます」
「おはよう、ミラク。こんな早くから生徒会室に来てどうしたんだい?」
するとミラクはもじもじと手でピンク色の髪をいじり始めました。
「あの……シリウス様って……ドタッ――
「!?だ、大丈夫かい?すぐに護衛を―――
シリウス様が焦り、近くにいる護衛を呼ぼうとすると、ミラクはばっと起き上がりシリウス様の手を引いて押し倒し口づけをしました。
そして、口の中に入れていた何かを飲ませると、シリウス様の目の光が消え、エメラルド色の瞳が怪しく赤色に光りました。すぐに戻りましたが、それ以来、シリウス様がミラクに向ける目には熱を帯びていました。
数日後――
「ねぇねぇ、聞きました?あの噂、シリウス様をはじめとする生徒会のメンバーはミラク様にご執心っていうもの」
「えぇ、シリウス様はロベリア様ととても仲が良いご様子でしたから初めて耳にしたとき、信じられませんでしたわ」
「だけど……あれを見せられては……」
2人の女子生徒の視線の先には、ミラクとシリウス様が腕を組んで仲睦まじい姿を、クラスメイトや噂を聞きつけ、見に来た生徒たち見せつけるようにし、その他の生徒会の子息たちを侍らせているという本来あり得ない光景がありました。
「ねぇ~シリウス様ぁ、今度街に行きません?一緒に食べたい、私が好きな店があるんです」
「うん!ミラクが好きな店の料理ならすごく美味しいだろうね」
楽しそうに笑いあう二人。ミラクが侍らせている生徒会の子息たちはそれを嬉しそうに、幸せそうに見ていました。
「ね、ねぇ……あれってシェ、シェーン様ではないわよね……?私の幻覚よね??」
目を大きく見開き、わなわなと震えるレイラ。仲がいい令嬢から聞いた噂を念のため……と私とレイラは見に来ていたのでした。
「……レイラ、違う場所に行きましょう」
ミラクたちが見えない場所に移動し、レイラを椅子に座らせ背中をなでていると、
「ごめんね、シャウラ。あなただってあんなものを見せられてつらいわよね……」
と落ち着いてきたのかレイラは言いました。
「ううん、平気よ。でも少しショックだったわ……」
そうしおらしい姿を見せると、レイラは怒りを思い出したかのように怒っていました。
「人の婚約者に色目を使ったのかしら……だとしたら許さないわ……というかシェーン様もシェーン様よ!もし色目を使われていたとしても堕ちるなんてことある!?」
「でも……なにか理由があったのかもしれませんわ……」
「!?シャウラは甘すぎよ!いくら第一王子とはいえこの国は一夫多妻制が認めていられないわ!」
その日、レイラは一日中ぷんぷんしていました。
私とレイラはお互い婚約者に話しかけようとしましたが、ずっとくっついていたのでしゃべりかける機会がありませんでした。
別の日のことですわ。
「ッ――ミラク」
私は人気のない廊下で一人歩いているミラクを見ました。
「あっ!シャウラ様!お久しぶりです」
ニコッと満面の笑みでこちらを見るミラク。
「あれれぇ?どーしたんですか?顔が怖いですよ」
さも当たり前なような態度でそうミラクは聞いてきました。
「流石にそれは失礼ではなくって、いくら学生でもあなたは子爵令嬢、私は公爵令嬢ですわ。不敬に当たりますわよ」
「えぇ~?そんなことないですよ~だって」
ミラクは一息つき、
「次期王様のシリウス様は私とラブラブですもん」
とそのシリウス様の婚約者に向かって勝ち誇るように言い放ちました。
「……そのようなことを言ってはいけないという常識は持ち合わせていないのね、あなた」
私が言うと、タイミングよくシリウス様がいらっしゃいました。
「おい、シャウラ。ミラクに何をしている」
シリウス様と7歳の時に婚約者になって9年が経ちましたが、こんなにも冷たい目で私を見られたことはありませんでした。
「いえ、ミラクに少々失礼なことを言われたため注意を、と思いまして」
「ミラクが失礼なことなんて言うわけないだろう!嫉妬したからって牽制なんて醜いことをするんじゃないぞ」
まさに恋は盲目というやつでしょうか。
「行こうミラク。ここにいても良いことはないぞ」
「はい!シリウス様!」
そう言ってどこかへ行こうと私の横を通ったとき、ミラクが
「ばぁか」
と耳元で言ったのは聞き間違いではないと思います。
またそれから数カ月、ミラクと生徒会の子息たちの様子は日常となっていました。
レイラや私は割とすぐに両親に相談し、先方のほうに苦言を呈していただきましたの。
ですが結果は……私は国王の方から学生の遊びだと思ってくれと伝えられました。レイラの方も同じようなことを言われたようです。
もちろん、生徒会の子息たちは全員、婚約者がおられます。その婚約者の令嬢たちはミラクを目障りに思うのと同時に自身の婚約者に対する嫌悪・軽蔑を持った方が少なからずいました。
敵の敵は味方。こんな言葉があるとおり、ミラクという共通の敵をもった彼女らは、以前は会ったら少し話す程度という関係から、最近は定期集会を開くまで結束を強めていきました。
「エレア様、最近月1のお茶会にも参加して下さらなくなって、理由を聞くとミラクと予定を入れてしまったからって言われて……いつも25日にしましょうって決めていたのにその日に予定を入れるってどありえないですわ!!」
この方は2年生のナルミア・チューゼ伯爵令嬢。騎士団長の息子で次期騎士団長の有力候補として名をあげている3年生・エレア・ビランノ侯爵子息の婚約者ですの。
「私の婚約者のカーノプス様も交流会に滅多にいらっしゃられなくなってしまいました……」
こちらの方は3年生のメラニー・レイソン侯爵令嬢。シリウス様の弟、第二王子の2年生・カーノプス・フェンネル様の婚約者ですわ。
「最近はミラクに媚びを売るものまで出る始末ですわ」
最後にこの方は、国で最も有名な大商人の跡継ぎ息子の1年生・モーガン・カロライン男爵子息の婚約者で1年生のソフィ・ヴィッツ伯爵令嬢。その三人に私とレイン、この合計5人がいつもの定期集会で集まるメンバーでした。
「ミラクは少々、というか大分度を越えた行動をとっていますが、生徒会のメンバー――有力子息たちを盾にしてまるで女王のようにふるまっていますもの。早いうちに媚びを売って何か自分にあったとき守ってもらおうなどと思う方たちがでるのも仕方ありませんわね」
お茶をすすりながら私がそう言います。
「そうですがあまり納得はできませんよね……」
「そういえば、シャウラ様、生徒会のほうはどのような状況なのでしょうか」
メラニー嬢は先日の定期集会で少し話したことをよく覚えていたようです。
「……相変わらず地獄ですわ。生徒会は 私を含めて7名しかいないのに、私以外の6人は所かまわず楽しそうにじゃれあったりおしゃべりをしたりしていますの。なので実際生徒会という組織を今保てているのは奇跡みたいなものでして」
「まぁ!なんてこと」
「シャウラのおかげですわ」
力なく私が微笑むと、4人は本当に信じられないです!何かあったらお手伝いしますわ!などのようにおっしゃってくれましたわ。ありがたい限りでした。
「今日はここらへんでお開きとしましょうか。次回の予定は後日お伝えいたしますわ、参加してくださると嬉しいです」
私は手をパンッとたたき、そういいます。
「はい!こちらこそぜひまた呼んで頂けると嬉しいですわ」
「もちろんです」
「予定が合えば必ず参加させていただきますわ」
「次回は皆様の婚約者への不満が解消されているといいですわ」
そしてその日の定期集会は終わりました。
「ミラク~!もう!探したじゃない」
「そうだよ~」
「あっレベッカ、ティアンナ!私も探してたよ~」
このお二人は、レベッカ・カートリー子爵令嬢とティアンナ・ハット男爵令嬢で、最近ミラクと仲が良い令嬢達です。
三人はキャッキャと廊下の真ん中で話し始めました。私はそれを注意するため三人に近づきました。
「お三人方、そこは他の方の通行の迷惑ですわよ」
ティアンナ嬢は体をこわばらせ、
「も、申し訳ございませんでした。移動します」
と謝ってきました。
「謝る必要はないわよ!ティアンナは何も悪いことをしていないじゃない!!」
聞き覚えがある言葉をティアンナ嬢にかけるミラク。
「ただシャウラ様は私に嫉妬して強く当たっているだけよ」
「そうよね、ミラクが正しいわ!」
レベッカ嬢はミラク寄りのことを言ってきました。
「ちょっと、レベッカは特にそんなこと言っちゃ――
「まぁ~、今日のところはシャウラ様の顔をたてて差し上げますわ。行きましょ!お二人とも」
ミラクはそういうと2人の手を引いてどこかへ行きました。
ティアンナ嬢は今にも泣きそうな表情をして何度もこちらに頭を下げてきました。レベッカ嬢はただこちらの顔をじっと見てくるだけでした。
そんな風に身勝手にしているミラクを快く思っている方は多くはありませんでしたわ。
ある日、ミラクの頭上に花瓶が落とされました。また、水をかけられたり、突き飛ばされたりされることが連日続きました。しかし、犯人は分かりませんでした。
もちろんそれに生徒会の生徒は大激怒。ご自身たちの家の権力・金を使って犯人の捜索にあたりました。それでも犯人は何故か見つかりませんでした。
そこで、ミラクの近くに危険がある限り一人にさせられない!――と登下校の送迎、授業中もミラクの隣の席で守っていましたわ。ミラクと学年が同じ子息は一人しかいないのに、自分の授業をわざわざ抜けてまでして守っていました。
なんとまぁ、皆さま優秀なことで。
日を追うごとにミラク嬢はご子息たちと仲を深めていきました。
すると、
「ねぇ、ミラク様ってヒロインみたいではないですか?」
「私も思っていましたわ!生徒会のご子息様たちが悪役令嬢からのいじめをかばったり、それでも愛を育んでいる様子をみると、そうにしか思えないですわ!」
とまあなんとも呆れるような話が学校中で話題となりました。
最近平民だけでなく貴族でも人気の悪役令嬢が登場し、悪役令嬢の妨害にあいながらもヒロインがヒーローと結ばれるというフィクションを現実に見立てて楽しみ始めました。
はじめは味方をしてくれていた方々もミラクをヒロインに、婚約者たちを悪役令嬢、ご子息たちをヒーローと見立てたなんとも面白い話をし始めましたわ。
ちなみに、第一王子――お話でいうメインヒーローの婚約者である私は悪役令嬢の筆頭と言われていましたわ!
私たちがいる前でそれを話した生徒にはくぎを刺しましたが、それも逆効果となってしまったのでしょうか、話は沈静化するどころかどんどんと盛り上がっていきましたの。
「なによ!!皆私たちが悪役令嬢って……!ふざけるのも大概にしなさいよ!!」
レイラはいつもの定期集会で怒りを爆発させました。
「ほんとですわよ!なんでミラクがヒロインなのですか!?どう考えても悪女ではないですか!?」
普段大人しい、第二王子の婚約者のメラニー嬢も怒りをあらわにするなど、皆さんはとっくに堪忍袋の緒が切れていました。
「エレア様、もーしかしたら卒業後に入団する騎士団の訓練で忙しいだけかもしれないですが、卒業パーティーのドレスを送ってくださらないんです」
ため息をつきながらナルミア嬢は言いました。
「!私もですの!モーガンは送ってくれないですの……」
ソフィ嬢が同意すると他の二人もそうだったのでしょう。激しくうなずいていました。
卒業パーティは、生徒会が企画をするパーティーで、進行や開催などを先生たちの手も少ししか借りられない中で行わなければいけなく、生徒会の生徒全員で分担し本番の数カ月前から企画をするのが伝統でした。
由緒正しいシュテルン学園の卒業パーティーには、有力貴族だけでなくシリウス様やカーノプス様のご両親である国王陛下や王妃様もご出席されますの。そんな大切なパーティーでは、婚約者がいる方は婚約者とと入退場したり、過ごしたりいたします。
また、その時着るドレスは婚約者から送ってもらうのが暗黙の了解となっていました。そして、それはだいたい三カ月前には皆さん送ってもらっていましたの。私も去年のこの時期は、もうドレスは届いていていましたわ。
「私も、ドレスは来ていません。それに先日誕生日だったのですが、シリウス様からお祝いはなにもなかったですわ」
「!シャウラの誕生日、12月16日ってもう一週間は経っているのになにもないの!?シリウス様、今までそんなことなかったじゃない!!」
レイラが信じられないと目を見開く。
「ええ……ミラクしか目に映っていないご様子ですもの。もしかしたら卒業パーティーもミラクと一緒に入場したり、過ごしたりして」
「……」
「流石にそんな非常識なことはしないでしょう、シリウス様だけではなく他の方々も」
レイラがそう落ち込んだ空気を晴らそうとしてくれました。
さらさら――
その日、私は生徒会の仕事をしていました。ついに三日後に迫った卒業パーティーの最終チェックですわ。
卒業生へ最後の思い出を、来賓の方々に失礼がないように、と去年よりも力を入れるつもりで頑張ってきました。
生徒会の生徒全員で役割を分担し、本番の数カ月前から企画をする。しかし、今年は少し心配だったため、半年前から役割の分担をしました。しかし、半年前にはすでに皆さんミラクととっても仲が良かったのでそちらの方が大切だったのでしょう。
仕事にほぼ手を付けず遊び惚けていました。
なのでほとんど全て私一人でスケジュール、予算、などといった卒業パーティーの企画をしました。そして三日後に本番となってしまいました。時の流れとは早いものでした。
シリウス様をはじめとする去年も生徒会をしていたご子息たちは去年はしっかりと仕事に取り組んでおられましたのにどうしてこうなってしまったのでしょう。と思うこともありましたが、今となってはもうどうでもよいことですわ。
ちなみに、ドレスは三日前でも届く気配がありませんでした。お父様やお母様は激怒して、王宮へ行ってくれたので、改善されるかと思いましたが、結果は……はい。
「あ!シャウラ様!ご苦労様です~私たちの分の仕事もやってもらって~」
バン!ドアが開いたかと思うとひょこっとミラクが入ってきましたの。
「ええ。皆さま、卒業パーティーという大きいパーティーがあるのに、とってもお忙しそうだったので私、頑張ったの。まさに猫の手も借りたかったわ」
「あっはは!そんなのより私の方が大切だもの!あったりまえですよ~!」
腹を抱えて笑い出すミラク。
やがて笑い声が収まったかと思うと、
「大変大変。私のヤることを忘れるところでした」
そう私の方を見て笑いながら言ったかと思うと、ミラクは私の机の方へ来て私のハサミをとります。
「ちょっと、ミラクそれは私のハサミよ。よく切れるし危ないから早く返しなさい」
「あはははは!!今からあなたは私に殺されるんですよ!社会的に……ねっ!!」
次の瞬間、私のハサミの刃はミラクの腕に突き刺さっていました。
「きゃあぁぁぁ!!」
「きゃぁ」
息を吸い、大きな悲鳴を上げるミラク。私のとタイミングが被りました。
私が応急処置をしようとミラクに駆け寄ると、その悲鳴を聞きつけたのであろう生徒会の子息たちはドアを思いっきり開けて生徒会室へ入って来て、急いでミラクへ群がりました。
「!ミラク!?どうしたんだ」
シェーン様がそうミラクへ問いかけます。
「ッ――!!このハサミはシャウラのではないか!!」
シリウス様がそう言ったのと同時に痛い視線が私になん個も突き刺さりました。
「なんてことを……!!」
「どう責任をとるんだ!!」
そう口々に責められましたが私はスルーをし、ミラクに手当をしようと近づこうとしました。
すると――
バチンッッ―――!!!
この音が鳴ると同時に私の頬に鋭い痛みが走り、口内は鉄のような味がしました。
「ミラクに……近づくな!!ミラクに嫉妬でこんなことをしたお前を!俺は絶対に許さない!!!」
そうシリウス様は私に怒鳴るとミラク嬢を支え、他の子息たちを連れて生徒会室から出て行きました。
あらま、とってもクサイセリフすぎて笑いもでませんわ。
結局、ドレスは届かず、お父様とお母様が用意してくださったものを着て卒業パーティーに出席することとなりました。
「……お兄様もお忙しいようですし、よければ入場のエスコートをお願いしますわ。お父様」
「シャウラ……」
時間ギリギリになるまでシリウス様をお待ちしましたが、シリウス様はいらっしゃられませんでした。
「あっ、シャウラ様だ。ふふっ、よくいらしゃったものね」
「確かに……ふっ」
裏で指示だしと準備を手伝い、会場に戻るなりどこからかそんな声が聞こえてくる。
聞こえていないように堂々としていてもそんな声はやまない。少ししつこかったですわ。
ミラクの傷害事件があったここ数日、私は学園内では白い目で見られ、家柄などお構いなしに陰口を言われました。しかし、レイラをはじめとする定期集会のいつもの令嬢達でした。本当にいい友を持ったものです。
「あっ!見て、ミラク様と生徒会の皆様よ!!」
きゃぁと黄色い歓声が上がる。私の時とは大違いでした。
ミラクはシリウス様にエスコートされ、他の人は後ろについて入場して来ました。
プログラムは、
1、開式の言葉
2、生徒会長挨拶
3、学園長式辞
4、来賓(国王)祝辞
5、ダンス・食事(演劇・演奏等)
6、閉式の言葉
という去年と同じ順番にしました。
「それではこれより○○年度、シュテルン王立学園の卒業パーティーを始めます」
副会長のカーノプス様が開式の言葉を言う。
――次に、生徒会長・シリウス・フェンネル様より生徒会長挨拶です――
そうアナウンスが流れる。
さぁ!ミラクの最後の時間よ!
「シュテルン王立学園の××代生徒会長を務めさせていただきました。シリウス・フェンネルです。生徒会長の挨拶へ入らせていただく前に、国王陛下及び来賓・生徒の皆様の前で1つやらせていただきたいことがあります」
シリウス様はそういうと片手をあげました。
すると、舞台袖から生徒会のメンバー(私を除く)が登場したではありませんか。
「シャウラ・ロベリア!前へ」
私の出番ですね。行かなくても良いと止めるお父様に「平気よ」と声をかけ、私は舞台に上がりました。
「シャウラ・ロベリア!!お前は、このミラク・レヴィ子爵令嬢に対して傷害事件を起こした!その他嫌がらせ行為なども確認できた。よってミラクへ謝罪し――」
「お待ちください、シリウス様」
私は臆せずという様子でシリウス様の言葉を止めましたわ。
「なんだ?申し開きでもあるのか?」
フンッとシリウス様は私を鼻で笑いました。それを見たギャラリーからは断罪かなどクスクスと笑いが漏れました。
「ええ。それ、嘘ですもの。謝罪なんてまっぴらごめんですわ」
「シャウラ様!もう全て罪を認めて楽になりましょう?今なら許してあげますわ」
来賓の方々からはなんだあの小娘は……と、生徒たちの方からはミラク様……なんてお優しいと意見が二分していました。
チラッとレヴィ子爵をみると、顔を青ざめさせ、固まっておりました。
報告にもあった通り、何も知らされていないようでした。
「ああ……なんてミラクは優しいんだ……罪を認めないなら今からやったことを言ってやろう!」
そう言ってシリウス様は私の罪(?)を読み上げ始めました。
読み終わるころになると、来賓の方々からも私は疑いの目を向けられはじめました。
「まさか……本当にロベリア公爵家の令嬢が!?」
早く終わらせようかしら。
「全て私ではありません。事実無根ですわ」
私は無実を訴える。
すると――
「そういうと思って証人を呼んだ。来い」
「……ナルミア様」
ガタガタと震えながら次期騎士団長候補のエレア様の婚約者のナルミア嬢が壇上へ上がってきました。
「ナルミア・チューゼ伯爵令嬢!今読み上げたことに誤りはないか!」
ナルミア嬢はこちらを申し訳なさそうに見て、
「は、はい……」
と答えました。シリウス様はそれに満足そうにうなずくと、
「お前と仲が良いナルミア嬢のこの回答を聞いても認めないのか」
「私がそちらの誤りを指摘して差し上げますわ、レベッカ」
私がその名前を言うとミラクは大きく目を見開きました。
「え……?」
「はい。シャウラ様」
こちらに礼をするミラクと仲が良かったはずの、レベッカ・カートリー子爵令嬢。
「あら?ミラク。知らなかったようね、レベッカの家のカートリー家はロベリア家に恩があるのよ?ねぇ」
「はい。ロベリア公爵家の援助のおかげで学園へ入学したり、家の存続が出来ております」
そう。カートリー家はこの当時の数年前、財政が悪化し没落貴族の一歩手前までいってしまったのです。その時に助けたのがロベリア家。以降カートリー家はロベリア家に少しでも恩を返せるようにと頑張っていました。それを知っていてティアンナ嬢はレベッカが私にそんな口を特に聞いてはいけないと焦っていたのでした。
「それで、ミラクが言っていたことを教えてくれないかしら」
「はい。ミラク・レヴィ子爵令嬢はここ最近゛もうすぐ地位も権力も金も手に入るの!゛と楽しそうに私やティアンナ・ハット男爵令嬢に言っていました」
「どうかしら?ミラク」
ミラクを見ると一瞬ギロッとこちらを睨んできましたの。
そして、
「ひどいわ……レベッカにそう脅して言わせて……シャウラ様……見苦しいです」
と泣き始めました。
「そ、そうだミラクがそんなことをいうわけないだろう!それにミラクの傷のことはどう説明するんだ!まさかミラクが自分でやったとか言うのではないだろうな」
シリウス様がミラクの傷をギャラリーに見せながら言います。
「ええ。そのまさかですわ。これを聞いて下されば分かると思いますわ」
私はポケットから小型の録音機を取り出します。普通の録音機は大きいのですが、これは小型なので、いいお値段しました。
そして再生のボタンを押します。
『あ!シャウラ様!ご苦労様です~私たちの分の仕事もやってもらって~』
ハッ!という顔を見せたミラクはすぐにいつとられたものなのか分かったようです。
『ええ。皆さま、卒業パーティーという大きいパーティーがあるのに、とってもお忙しそうだったので私、頑張ったの。まさに猫の手も借りたかったわ』
『あっはは!そんなのより私の方が大切だもの!あったりまえですよ~!』
「ねぇ!やめて!」
ミラクはそうわめき始めましたが、もう遅いですわ。
『大変大変。私のヤることを忘れるところでした』
『ちょっと、ミラクそれは私のハサミよ。よく切れるし危ないから早く返しなさい』
『あはははは!!今からあなたは私に殺・さ・れ・る・んですよ!社会的に……ねっ!!』
『きゃあぁぁぁ!!』
『きゃぁ』
録音はここで途切れていました。
「なんで……なんで……」
ミラクはそう聞いてきました。
「護身用ですわ」
とぼけた顔をしてそういえば何も追及できないでしょう。
「……シリウス!ねぇ皆も……信じてくれるよね!?」
ミラクは顔を青ざめながら自分の生徒会の子息たちに問いかけます。
「……あ、ああ」
「……う、うん」
「………」
いくら薬を使ってももう戻れないくらいに間違ってしまったようね。
それを確認すると、私は指をくるっと一回、回しました。
「俺は……いったい何を?」
「!?」
「……?」
なんてタイミングの良いことでしょう!生徒会のご子息たちは正気に戻り始めました。
「え……ど、どうしたの?」
もう詰みなのよ、ミラク。
「なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで……。薬はいつも使ってた!!なんで今……」
私はぶつぶつと小声で独り言をつぶやいているミラクに近づき、
「抗体でも出来たのではないですか?今一斉に」
と耳元で囁くと、
「こんの、アマァァ!!」
と殴り掛かられそうになりました。なにもせず殴られようと突っ立っていると、ミラクを衛兵たちが抑え、舞台から降りさせました。
どうやら、国王陛下が指示を出したようです。
ざわざわとどよめく中、
「皆のもの。この件の口外は正式な発表があるまで禁止とする」
その言葉で卒業パーティーは幕を閉じました。
せっかく頑張ったのになぁ。
あの後、ナルミア嬢から深いお詫びがありました。
なんと家の存続を脅されたのだとか。私はそれを信じることにしましたの。だって知っていますもの。
また、私はシリウス様から正式な謝罪がありました。
薬の効果が切れた後はしばらく記憶がなかったようですが、数日後には自分の行いを全て思い出したようでした。私がシリウス様と会ったのは一週間後でした。それまで国王陛下や王妃様、その他の方から雷が落とされていたようです。
「本当に申し訳ない、こんなことで許してもらえるとはつゆほど考えていない。一生をかけて君に償わさせてもらえないかっ」
「いえ、シリウス様は薬を飲まされたのでしょう?それになにかおかしいと思っていたのです。シリウス様が元に戻っただけで私は嬉しいですわ」
私は笑顔でそう言いました。
「ああ……君は……」
シリウス様は涙を流されました。
国王陛下から正式に事の顛末が開かされたのはあの卒業パーティーから2日経った後でした。それにより、私は沢山の同情を得ました。
そうして私は悲劇の悪役令嬢と呼ばれるようになり、支持があつい王妃となったのでした。めでたしめでたし。
とても良いお話でしょう!
今は私王妃となって、可愛い子供も三人も授かることが出来ました。ちなみに、レイラ達といったあの時の令嬢達とは今でもたまに遊んだりと仲がいいのです。子育ては大変ですが、休む暇はありません。公務もシリウス様より多くやることがありますもの。
あの一件でたくさんの支持を得ることができたのです。例えば前国王陛下や前王妃様とか。
え?ミラクは何故おかしくなっていったか?
なんでミラクは護衛の目をかいくぐってシリウス様に薬を飲ませられたか?またそれを手に入れられたか?
そして私は何故見ていない、見れないはずの部分があるのにそれをまるで実際に見たかのように話すことができるのか?
……気づかなくてよいこともあるのですよ?
……しょうがないですね、1つだけ教えて差し上げましょう。
ミラクと初めて話した時、差し出したハンカチは幼いころシリウス様から頂いたとても大切なものでした。それをゴミをみるような目で一瞬彼女は見ました。それだけでなく、シリウス様に気があるようでしたの。
すこし頭に来ましたが私は寛大なので、逆にすこーしお話をしたり、シリウス様とミラクがしゃべれるようにしてあげたのですよ?そしたらミラクが勝手にやったことで、私は知らなかったのです!!我が儘ではないと思いますわよ?私は。
あ、ミラクのその後は知りません。興味がないので。
とまあお話はここまでにいたしましょうか。もう少しお話したかったのですが、呼ばれてしまいました……。頼られているのですよ、私。
それでは、さようなら。また会う日まで!
ご視聴、ありがとうございました!