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ルッキズム

「えっと、とりあえず全員ドリンクバーでいいよな?」

「あ、俺飯も食いたい」

「大皿のサラダとか取っておく?」


 騒がしい。高校生が十人も集まればこうなるだろう。注文用のタブレットを取り合い、何を注文するか一向にまとまらない。


(うーん。これが……合コン?)


 亜里沙と舞、クラスメートや交流の無い別クラスの子。少なくとも同い年であるのは解るが、半分以上はろくに話した事のない人ばかりだ。特に別のクラスの子とは全くと言っていいほど面識が無い。


(まあ後で自己紹介タイムとかあるでしょ。と言うより……)


 ふと視線が向かい側男子の席、その隅っこに座り黙っている少年に目がいく。

 目元が隠れる程長いぼさぼさの髪。クラスメートの内海だった。


(内海君ってこういう場所に来なさそうなタイプって見えたけど。案外違うのかなぁ)


 ふとそんな事が頭に浮かぶ。隣では舞がギラついた目で男子を品定めし、何人かは恋人獲得に必死になっている気迫がビンビンと伝わってくる。


「んじゃあドリンクバーは頼んだから……内海全員の頼むわ」


 男子の一人が内海に肘打ちをする。声もどこか嘲笑っているように聞こえた。

 はっきり言って気分が悪い。


「……いいよ。で? 誰が何?」


 内海は平然と……いや、髪の毛のせいで表情はいまいち読めない。

 しかしこんな風に押し付けるのは気が進まない。


「私も手伝うよ。女子の分は私がやるから、男子のは内海君がお願い」


 亜里沙が立ち上がる。彼一人でやらせるのは申し訳ない。


「竜宮が手伝わなくても大丈夫だって。こいつにやらせときゃいいんだよ」


 男子の言い分に少しばかり苛立つ。どうやら最初から小間使いにするつもりだったようだ。

 ああ、気に入らない。


「でも十人ぶんを一人じゃ危ないって」

「あー、そうだね。じゃあ竜宮さん、私レモンティー」

「私はホットココア」

「オッケー」


 男子達が小さく舌打ちしていたのを見逃さない。

 心の中であっかんべーをしながら内海と一緒にドリンクバーへと急ぐ。

 そこで黙々淡々と飲物を用意する彼を思わず見上げる。


(内海君ってけっこう背高いなぁ。叔父さんと私の間くらい? 百八十あるかどうかかな)


 身体つきもスラッとしていてスタイルは悪くない。しかし力也と比べてしまい、どうも頼りなさを感じてしまう。


「ねぇ。なんで手伝ってんの? 俺なんかよりあいつらと話してた方が楽しくない?」


 不意に話しかけられる。彼の声は殆ど聞いた事が無かったが、妙に耳通りの良い声色だった。


「内海君だけに押し付けたくなかったから。あとこの前止めてくれたお礼かな」

「ふーん」


 あまり興味は無さそうだ。視線を外しグラスに氷を入れていく。


「けど酷いよね。内海君に押し付けて自分達はおしゃべりとか」

「まあ、その為に俺を呼んだんだろうね。パシリと当て馬用に」


 そう淡々と言う姿に驚く。悲観している訳でも、憤りを感じているのでもない。無関心。そんな透明な雰囲気があった。


「解って参加したの?」

「うん。古今東西、恋愛物語は途切れない。他人の恋路ってのは最高の娯楽だからね」

「物好き……って訳でもないか。私も解るかも」

「でしょ?」


 内海が笑った。クラスメートだがまともに話した事も無い。知っているのはいつも無表情な事。

 そんな彼の笑みの中、僅かに揺れた前髪の狭間から虹色の光が見えた。とても綺麗で、惹き付けられるような光だ。


「…………ちょっとゴメンね」

「え?」


 思わず手が伸びていた。軽く背伸びをし、内海の前髪を退かしていた。何でかはわからない。ただ気になっていたのだ。


「あ……」


 それは妖しさすら感じる宝石のような瞳。見る角度で色の変わるダイヤモンドのような美しい瞳だった。


(綺麗……)


 思わず言葉を失う。瞳だけではない。スッと伸びた鼻もシミ一つ無い肌も、何もかもが美しかった。人形のよう……と言うと失礼だが、それ程に惹かれる妖艶な姿。

 見惚れるなんてものではない。同じ人間なのか、彼と比べると自分は醜い猿に見えるレベルだ。


「離せ」


 内海が手を振り払い我に帰る。


「あ、ごゴメン」

「…………チッ」


 さっきまでの無表情なものとは全く違う雰囲気を纏う。明らかに顔を見られた事に嫌悪感を露にしていた。

 どうにかしたい。しかし半ば焦った亜里沙は声が震えていた。


「う、内海君ってスッゴいイケメンだったんだね。その髪型もったいないよ。戻る時前髪上げてこうよ。絶対モテるって」

「フン。見てるのは顔だけだろ」


 更に内海の声色に苛立ちが強くなる。イケメンと容姿を褒められる事を嫌っているようだ。


「いっつもだ。そうやって付き合ってとか言いながら自慢して、俺をアクセサリー扱いだ。顔が良い? イケメン? そんな上っ面だけの言葉なんかキモいだけだなんだよ」


 刺だらけの言葉。顔が良い、その事を嫌悪し惹かれる者を軽蔑している。そして何よりも……


「誰も俺の事を見ない。外だけしか見てけれないんだ」

「内海君……。ゴメン。なんか嫌な事言っちゃったみたいで」


 顔しか見てくれない、自分の中身を見てくれない。そう悩んでいるようだった。

 贅沢な悩みなんて口が裂けても言えない。彼の苦悩は彼にしか解らないのだ。


「みんなにも黙ってる。さっきのは見なかった事にするから」

「独り占めのつもり? 漫画とかでよくあるよね。じつは美人なのを俺だけが知ってるとか」

「違う」


 声が強くなる。出たのは否定の言葉だ。


「内海君の悩みとは少し違うけど、見た目のせいでその人の本当の姿を見てもらえない人を知ってるから」

「……? 竜宮さんって、特別美人でもブスでもないでしょ」


 少しだけ苛立つ。確かに美醜に偏った顔とは思っていない。何なら舞の方が可愛いとも思っている。こんな顔面偏差値がぶっちぎっている男と比べるのも苦痛だ。

 だが今はそんな事はどうでもいい。


「私じゃくて、私の叔父の事」

「ああ、なんかワカラセルンジャーでヒーローやってるんだっけ?」

「そっ」


 スマホを取り出しいじる。そしてフォルダから一枚の写真を内海に見せた。

 二人の人間が写った写真。一人は亜里沙、もう一人は力也。高校の入学式の写真だ。


「……ゴリラ?」

「ほらね。叔父さんって顔がいかついからいっつも誤解されるの。彼女とかいないし、いい加減結婚してほしいんだけどねぇ。ちゃんと人柄を見てくれる人がいなくていなくて」

「少し違うような気もするけど。まぁ……いいか。なんか面白いし」


 フッと空気が軽くなる。苛立ったような雰囲気は消え、また気楽な普通の少年へと戻っていく。


「ねぇ、筋肉フェチでアラサーくらいの知り合いとかいない? 叔父さん、そこは凄いよ。こういう言い方するとアレだけど、脱いだら凄いんだから」

「ハハハ、知らないなぁ。てか筋肉フェチって。面白っ」


 明るく笑うも、もし髪型を変えたらどうなっていたのか。気になるが食いつくのは良い事ではない。こうして一歩離れて話しているのが良いのだろう。

 クラスメートの知らない一面。ろくに話した事のない男子の素顔。これが青春なのかと少しだけ楽しくなる。

 しかしその楽しい時間は消し飛んだ。


「!」


 店の外から聞こえる破裂音と()()()()()()()。あまりにも大きな音に店中の客がざわつく。


「なんだ?」

「交通事故かな?」


 小太りした男性がガラス張りの壁から外を眺める。

 ざわつく街。野次馬に走る人々。


「違う」


 そんな中、亜里沙は一人顔を青ざめていた。焦り、恐怖、そして絶望。今にも泣き出しそうな声を震わせている。


「メスガキだ」


 呼ばれ応えるようにガラス張りの壁に一つの人影が浮かぶ。

 そしてその姿が明確になる前に粉々に砕け散り何者かがレストランの中へと飛び込んだ。


「アハッ♪ ゴミがたっくさんだぁ」


 金髪を揺らし黒い修道服に似た機械の鎧を纏った少女。

 人類の敵。メスガキが手にしたメイスを振り上げ、近くにいた小太りした男性を叩き潰した。

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