人の営み
数日後。いつもの昼休み。亜里沙と舞は向かい会いながら駄弁る日常の風景があった。
亜里沙はメロンパンを噛りながら窓の外を眺めている。今日は平和だ。
「空も快晴。ここにメスガキの降下ポッドとか落ちてきたら最悪だけど」
「なんか流れ星とか隕石みたいに落ちてくるんでしょ? 私見た事無いなぁ。亜里沙は?」
パンを噛る口が止まる。
「見た事は無いよ。けど…………落下音は覚えてる」
パンを机に置き目を細める。思い出しながら舞に見せないように拳を握った。
「水風船が破裂したみたいな、バシャとかグシャって音がめっちゃ大きくなったような音がするんだ」
「へぇ…………って、亜里沙の近くにメスガキが落ちてきたの!?」
「あー……………………そう言えば舞には話してなかったっけ」
声小さくなる。両親の事、家族の事。周りには深く話していない。
しかし彼女の両親が亡くなっているのは舞もしっている。この二つの情報を組み合わせれば、その全貌を想像するのは容易い。
「ねぇ、もしかして亜里沙の家族って……」
「うん。メスガキに殺された」
しまったと言いたげに舞が口を閉ざす。しかし亜里沙は気にしていないようだ。
「別に気にしなくていいよ。今時珍しくもないし。ほら、古文の田村先生も旦那さんがって噂あったし」
「けど……なんかごめん」
「だから気にしてないって」
空気が湿る。空気が重くなる。亜里沙の気にしていないという言葉も、舞にとっては枷になってしまう。
どうしようか。何て言おうか。亜里沙も次の言葉が出ないでいた。
「ねえ竜宮さん、飯塚さん」
その空気を完璧なタイミングで吹っ飛ばされた。急にだが話しかけてくれたクラスメートには感謝しかない。
「何?」
「今日の放課後暇? みんなでファミレスに行こってなったんだ。二人も来ない?」
亜里沙と舞はお互いに顔を見合わせる。行きたい。そんな言葉が頭の片隅に浮かんだ。
「舞、何かある? 私、バイトもないし行こかなって思うんだけど」
「うん、行こう」
ふっと表情が和らぐ。遊ぼう。それは気持ちをひっくり返す魔法の言葉だ。
二人の返事にクラスメートの少女も笑みを溢した。
「助かる〜。五対五のプチ合コンも兼ねてたからさ。女子の人数が足らなくなりそうだったの」
ピクリと耳が揺れる。
「マジ?」
亜里沙の目が点になり、舞は一気に沸き上がる。困惑と喜び。二人の感情は別のものだった。
「合コン! ねえ亜里沙、彼氏とかゲットできるかなぁ?」
「彼氏かぁ」
僅かに頬を赤らめる。
「興味無い訳じゃないけど……こういう出会い方ってありなのかな?」
「ありでしょ」
「でも、こう何と言うか。もっと運命的な出会いとか……」
モジモジとちいさくなっていると不意感じた視線。からかうように笑う舞。意外そうに驚くクラスメート。
「へー。竜宮さんって意外と乙女だね」
「漫画アプリの中、少女漫画まみれだったりして」
「どっちかと言うと少年漫画の方が多いですー」
ふくれっ面でそっぽを向き窓から空を見上げる。
これ以上の発言は更にからかわれるだけだろう。ふてくされて時間を稼ぐのが一番だ。
(彼氏……か)
亜里沙も年頃の娘。恋愛にも興味がある、青春真っ盛りの女子高生だ。理想と違えど合コンに惹かれるものもある。
(ちょっと楽しみかも)
心の中で呟き雲が漂う青空から視線を離す。その瞬間、雲が真っ二つに引き裂かれたのを、亜里沙は見逃していた。
ビルの廊下を力也は一人歩いていた。脱いだジャケットを片手に一息。暑そうにシャツのボタンを開けている。
彼が休憩用のテラスに訪れると、そこにはコーヒーを片手にノートパソコンを叩く愛がいた。
「お疲れ様です一ケ谷さん」
「ああ、猿渡さん。今日は……」
「例の新人の腕試しです」
そう言いながら向かい側に座る。二人の体格差は歴然。遠目から見れば親子のようにも見える。
「ああ、彼女の。どうでした?」
「素晴らしい……といったとこでしょうか。軽いスパーリングでしたが動きが鋭い」
嬉しい、頼もしい、そんな空気が言葉のわ節々から見え隠れする。力也からの評価も状況上々。愛にとっては望ましい状況だ。
「それは重畳です。日本初の女性ヒーローですから、上手くいって欲しいですね」
「それは司令の意志ですか? それとも上ですか?」
愛の手が止まる。
「上……です。司令、いいえ、母も逆らえないような本部からのです」
「それは凄い話しになってますね」
大きくため息をつく背中に哀愁が漂う。小さく中学生のような風貌の彼女には似つかわしくない。
しかし愛も立派な社会人。上司の声に従うのが当然だ。
「私達のイメージ回復も狙ってるんでしょう。メスガキの声の影響を受けていなくても、ワカラセルンジャーを良く思わない人はいますから」
そして再び、今度はわざとらしくため息をつく。
「まぁ、僕らみたいなルックスじゃあねぇ。稼働初期の報道で相当叩かれたんですから」
「それが腹立たしいんです。おかげでメディアではヒーローの顔出しNG。ブサイクをこじらせて女の子を殴る異常者集団呼ばわり。第三世代のスーツ開発も始まっているのに、これでは皆さんのモチベーションを維持できません」
「それでも僕らは……って第三世代? 新型ヒーロースーツの話しが出てるんですか?」
力也が食いついたのは別の事。容姿云々はそもそも気にしていない。それよりも戦う力、ヒーローの防具であり武器。彼らの象徴とも言えるヒーロースーツ。その最新版の話題には興味津々だ。
「気になるのそこですか? まあいいですけど」
呆れつつもパソコンをいじり画面を力也に見せる。
「まだ一部にしか通達されていないのですが、エネルギー原を見直し更に出力を増した……強力な兵器です。テスト変身者の募集予定もあるようですし、猿渡さんも応募してみますか?」
「うーん。僕はこういった細かい仕事が苦手でして。鷲尾さんや兜鉢さんが喜んでやりそうですね」
「……そうですか。ま、まぁこっちにいてくれるのは嬉しいのですが」
「?」
何か言いたげに上目遣いで力也を見上げる。しかしその言葉が続く事はなかった。
不意に響くブザーが力也達を包む。
「っ! これは……」
立ち上がる力也。その瞳は先程までの穏やかなオジサンのものでは無い。
戦士の瞳だ。
『こちら観測班。地球へ向けてメスガキの降下ポッドを確認。数は三。降下予測地点は』
愛が息を呑む。
『チリ、カナダ……日本です』