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残された家族

 街の中心に建つ一軒のマンション。その一室に猿渡家はあった。

 掃除の行き届いた綺麗なリビング。二人暮らしには少し広すぎる部屋。掃除が少し面倒くさい事を除けば上々だ。

 亜里沙から見ても良好な物件だと言える。

 カレーの臭いが漂う中、何気なく力也が口を開く。


「最近、学校はどうなんだい?」


 こうした食事中の叔父との何気ない会話。年頃の娘との付き合い方、手探りながらも近すぎず遠すぎない距離を取るような空気が少し痛い。

 身内なのだ。もっと気さくに来てほしいとこだ。


「普通〜。勉強もちゃんとやってるよ。バイトとも両立してるし」

「それは良かった」


 うんうんと頷きながら、これ以上は追求すべきではないと思ったのか口を閉ざす。

 亜里沙と力也は親子はない。あくまで()()()()()の叔父と姪でしかない。


「そういえば叔父さん。今日メスガキが出たんだよね。配信見たよ。やっぱり強いね。よっ、日本一!」

「ああ。でも相手がランク2だったからさ。討伐そのものはすんなり行ったけど、被害を完全に防ぐ事はできなかった」

「それは仕方がないよ。相手は宇宙からいきなり落ちてくるんだし。後手に回らないといけないからどうしても……ね」


 そう言われスプーンが止まる。仕事の事を話したくないのか、僅かだか声が小さくなった。

 危ない仕事。そんなものに興味を持たれるのを危惧しているのだろう。力也は仕事の話しを殆どしない。亜里沙が聞いても最低限の事だけだ。


「でさ。ランク2のメスガキって弱いんだっけ?」

「純粋な戦闘型の中ではね。それでも銃火器で武装した兵士でも勝つのが難しいぞ」

「ふーん。怖いよねぇ。私達じゃどうにもできないなんて」


 暗く、重く、苦しそうに亜里沙の声が冷たくなる。

 強い凶悪な怪物。可愛い美少女の姿をしているが、その中身は人外の化け物だ。そんなものに襲われ無事でいる事が幸運だろう。


「本当……お父さん達もそのくらいの弱いメスガキだったら逃げられたのかな」


 ドクンと心臓が跳ねた。そして鈍い腹痛が亜里沙を襲う。視界が歪む。痛みが全身に広がっていく。

 目に映るのは血塗れの手。ただいつもよりも小さな幼い手だ。スプーンに写るのは小学生になるか否かの幼い少女。血を流しうっすらと開いた目には生気が無い。医者でなくても解る重傷の幼子。

 ああ、これは自分だ。

 顔を上げれば瓦解した家屋、赤くバラバラになった元の形すら解らない肉片達が視界に広がる。そして誰かに抱き上げられる感覚。そして、亜里沙を呼ぶ声が脳に響く。


「亜里沙?」

「あ……」


 ハッとしたように意識が戻る。周囲はあの血まみれの光景ではない。いつものリビングだ。


「ごめん、変な事言って。ちょっと思い出してた。断片的にしか覚えてないんだけど……」

「そうか」

「あの時、叔父さんが私を助けてくれなかったら……私も死んでたんだよね」

「それこそ僕が独りぼっちになってしまう。本当、亜里沙が助かって良かったかよ。きっと、姉さんも義兄さんもそう思っている。娘の無事を喜ばない親はいないよ」


 隣の和室、仏壇に視線が移る。そこには一枚の家族写真が飾られていた。

 幼い頃の亜里沙。それを囲む長身の女性と小柄な男性。彼女の両親だ。ただ、その写真は酷くボロボロであちこちに補修した後が残っている。


「姉さん達が亡くなって、もうすぐ十年か」

「うん」

「長いようであっという間だ。次の十年後は亜梨沙の結婚かな?」


 亜里沙はムッとし頬を膨らませる。彼女はまだ華の女子高生。結婚なんてまだ先の未来。それよりも今をもっと楽しみたい。

 そして結婚の二文字はもっと相応しい者がいると思っているからだ。


「その前に叔父さんの結婚でしょ? ただでさえ私のせいで浮いた話しが無いんだから。せっかく給料もいいんだし、そろそろ結婚したら? なんなら私独り暮らしでもいいよ」


 そう、力也が独身であるのが心残りなのだ。彼も三十五。結婚していてもおかしくない歳だ。姪である自分が心配するのも当然である。

 しかし力也は笑うだけ。結婚なんて何のその、全く気にしていないようだ。

 いや、むしろ自嘲しているような笑い方だ。


「いやいや、僕みたいなゴリラ男を貰ってくられるような人はいないよ」

「えー。筋肉フェチの人とか需要あるでしょ。それに、私従姉妹欲しいんだけど~」


 ぶーぶーとアヒル口になるも力也は聞き流すだけ。


「ヒーローって男の人ばっかだけどさ。裏方には女の人いるでしょ? 誰かいないの?」

「はいはい。それよりも自分の事を考えて。亜梨沙が幸せになってくれる方が叔父さんも嬉しいし、姉さんや義兄さんも喜ぶよ」


 結婚に興味が無いのか諦めているのか。亜里沙には理解できない。

 しかし彼の言葉も間違いではない。


「そうやって子供扱いして。まあ、私だって結婚とか将来的にはしたいし」


 自分の両親のように家庭を持てたら。素敵な人と出会い結ばれ子を抱く。古臭いがそんな未来も憧れている。


「高校生なんてまだまだ子供でしょ。ほら、今日は亜梨沙が当番だ。後は頼むよ」


 空になった皿を重ねて流しに運ぶ。慣れた手つきで水に着けた。


「叔父さん、まだ仕事?」

「うん、少しだけデスクワークがね。亜梨沙も夜更かしするんじゃないぞ」

「はーい。宿題終わったら寝るから」


 そう言うと残ったカレーを一気にかきこみ完食。グラスに注がれた麦茶を一気飲みした。


「さってと。お皿洗おっと……っ」


 片付けようと皿に触れる。その瞬間、小さな痛みが走る。


「うわっ、これ欠けてるじゃん。痛った」


 よく見ると皿が欠けており、そこで指を切ってしまった。

 親指からは血が滲み出てる。赤い血。人間の血。指を舐めながら皿を別にし残りを流しへ。


「そう言えばメスガキの血って青いんだよね。もしかしてイカとかが進化した生き物だったりして…………んな訳ないか」


 笑いながらティッシュを取り血を拭う。


「じゃなきゃあんなに人間に似ていないよね」

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