ヒーローの内勤
車とスーツ姿のサラリーマン達が行き交うオフィス街。その中に一際目立つ大男が歩いている。
その大男、力也が止まったのは白いビル。質素なビルの入り口につっかえそうな身体を通す。
「お疲れ様です」
力也の巨体を見ても驚かない警備員に挨拶をし、彼はビルの中へと進む。辿り着いたのはエレベーターホール。そこの壁に貼られた一枚のポスターに目が行く。
【ワカラセルンジャー ヒーロー募集中! 共に地球を守る為に戦おう!】
ポスターを飾るは五人のヒーロー。槍を持った白いカブトムシ。ギターを鳴らす黄色いシカ。ボウガンを構える緑のハゲタカ。三人より少し前には青いタコ。そして中心には左腕が肥大化した赤いゴリラ、そう力也がいた。
軽く微笑みホールを歩くと、その行き先に小さな人影があった。
力也を見つけたソレは小さな足音をたてながら駆け寄る。
「さーるーわーたーりーさん」
「お疲れ様です一ケ谷さん」
一ケ谷。そう呼ばれた少女…………否、女性はため息をつく。
力也よりもふた回りは小さな背丈。中学生が背伸びしてスーツを無理やり着ているような、アンバランスな風貌の女性だ。
一ケ谷愛(28)。実年齢の半分くらいだと誤解されるのは日常茶飯事。しかし、その実態はワカラセルンジャー日本支部司令官秘書。実質ここのナンバーツー。力也にとっては上司とも言えよう。
彼女は怒っているように見える。それもそうだろう。力也がこの時間にここにいるのが本来おかしい事なのだ。
「今日は十三時から会議だとお伝えしましたよね? 遅刻です」
そう、本当は今この時間は日本支部会議中。力也もこの会議に参加予定だったのだ。愛が怒るのも無理はない。が、彼女は何も知らない訳ではない。
力也がメスガキと戦っていた事。その後処理もあり遅れてしまったのだ。
「…………が、報告は伺っております。メスガキが出現したようですね」
「ええ、パイルメスガキです」
「パイルメスガキ? たしか……」
思い出したようにタブレットいじり出す。
「日本では珍しいメスガキですね。ああ、やっぱり。こっちではまだ二体しか交戦記録がありません。イギリスでの交戦報告が多いメスガキですね」
そして画面には同じ顔の画像がずらり。どれも先程戦ったメスガキと瓜二つだ。まるで彼女達が個人ではなく、造られたモノのようだ。
そんな事も力也は気にしていない。彼の口調も淡々としたものだった。
「ええ。ですが問題はありません。無事討伐は完了しています」
「それは結構。ですが猿渡さんが対応するようなレベルの相手でしょうか?」
ぴくりと眉が揺れる。
彼女の言い分は彼も察している。実際の所、パイルメスガキの脅威度はそこまで高くはない。力也ではなく他のメンバー……ヒーローに任せても問題無いレベルだ。
だからといって他人任せにできる事ではない。
「現場に一番近かったのは僕です。他のメンバーが到着するのを待っていたら被害が拡大していたでしょう」
「……そう言っていただけると思ってました。優先順位を考えれば猿渡さんが正しい対応です」
彼の言う通り、放置しては被害が拡大していただろう。人々の安全、脅威の排除。どれもスピードが命だ。
「僕は自身の仕事をしているだけですよ。気にしないでください。会議に遅刻したのは事実ですから」
「頼もしい限りです」
笑う姿が子供みたいだ。力也との身長差も相まってか親子のようにも見える。
実際に力也も愛を責める気は無い。求めるのは相互理解だ。
二人はエレベーターに乗り上へ。会議室へと急ぐ。
「一ケ谷さんや司令。裏方の皆さんのおかげで僕らは全力で戦えるんです。僕だけではスーツの整備だってできませんから」
「ふふふ。そうですね……っと」
そう話している間に会議室に到着。襟を整え扉を叩く。
「失礼します。猿渡さん、クリムゾンコングが到着しました」
「入りなさい」
しゃがれた声が中から聞こえる。部屋に入ると二人の人物が力也達を待っていた。
愛に似た小柄な初老の女性。そして頭髪の寂しい腹の膨れた中年オヤジだった。
パット見は会社の会議……といった光景だ。人数が少なく、力也のような巨漢が場違い感をかもし出している事を除けば。
「やっと来たね猿渡君。メスガキが出たようじゃないか」
「はい。ランク2のパイルメスガキです」
男性の隣に座ると話しかけられる。
「おや珍しい。だが君のレベルなら問題無いだろう?」
「ええ。大凧さんが相手でも秒殺でしょうね」
大凧と呼ばれた男性が笑う。彼もヒーローのようだ。
「んん」
二人の談笑に割り込む者が一人。部屋にいた女性が咳払いをする。
「猿渡さん、大凧さん。遅刻に関しては言及しません。市民の安全が第一ですからね。しかし私語は慎むように」
「すみません」
小さくなる二人。大の大人が叱られた子供のようだ。
そんな二人を横目に愛は早く会議を始めたそうにため息をついた。
「おか……んん、一ケ谷司令。そろそろ会議に入りたいのですが」
「まったく。仕事は急かすのに自分の事は遅いんだから。三十になる前に早く孫の顔を……」
「あははは。娘さんの事が心配なのは解りますが、司令も脱線していますよ」
司令、一ケ谷梅は目を点にし、愛は顔を赤くする。
二人は親子だ。確かに小柄な体型はそっくりだし、顔立ちも面影がある。二人が並べば尚更だ。
「これは失礼。私も人の事は言えないわねぇ。歳かしら」
「司令が歳では私も危ないかもしれませんね。いやはや、お互い歳をとりたくないものだ」
大凧も笑いながら突き出た腹を摩る。それに釣られ梅も笑うが、部屋の一角からどす黒いオーラが溢れてくる。
それは愛だった。
「あー。司令、大凧さん。ものすごーく怒ってる人がいるのでお仕事に戻りませんか?」
ぴきぴきと額に青筋を浮かべ、持っていたタブレットを握り潰すような勢いだ。仕事をやれ。そう無言で圧力をかけてくる。
「そうね。じゃあ愛、お願いね」
「もう……」
ため息をつきながら席を立つと、タブレットをいじり始める。
「では先日配布した資料を確認してください」
力也達は支給されているノートパソコンを開く。配布された資料を開くと、メスガキの画像が添付されていた。
十代前半から半ばくらいの美少女達。どれももこれも機械の鎧を身に纏っているが、身体のラインを浮かび上がらせるようなデザインに目のやり処に困る。
だがこれは人類の敵。いかに見た目が良くとも、彼女達の行いを見過ごせはしない。
「昨年度のメスガキ出現件数です。データを見ても解る通り、ここ半年は倍以上に増えています。逆にランク1のメスガキは減少傾向にありますが、ランク2が三倍以上になっています」
むっとしたように力也と大凧が顔をしかめる。メスガキの被害が増加している。地球を守る為に必死で戦っている彼らにとって明るいニュースではない。
「酷いですね。国内だけでなく世界規模で増えている」
「ヨーロッパも連日出動か。こりゃ酷い。私のような中年じゃあ身体が保たないな。猿渡君でもきついだろ?」
「ランク2なら問題ありませんが……。それ以上の強力なメスガキが出れば難しいですね。ランク4は未知の領域です」
みな困ったように雲らせ空気が重くなる。これは地球の存亡を賭けた戦い。地球が外宇宙へと攻め入る手段を持たない以上、ただひたすらにメスガキの攻撃を退け耐える事しかできない。それが何よりも息苦しいのだ。
彼らの苦悩に梅もため息をつく。
「大凧さん。アルファチームの戦績は?」
「今期に入っても順調にメスガキを討伐しています。被害は……変わらずといったところですね」
苦笑しつつ言葉を濁らせる。
「なるほど。猿渡さん、ブラボーチームは?」
「はい」
彼女も察しているのだろう。深くは追及せず力也の方に振り向く。それでもあまり明るいとは言えない表情だ。
「こちらは殉職者が多いですね。やはりメスガキへの憎悪で動いているせいか、無謀な突撃をするメンバーが多くて……」
巨漢の身体だ小さく見える程に肩落とした。
殉職者。人々を守り地球の敵と戦う。その目的に生きたとはいえ、仲間の死を目にし良い気分のはずがない。
「気持ちは理解していますが、どうも自重が効かない者ばかりでして。ただでさえ素質がある人材は限られているのに」
がっくりと更に小さくなる。慢性的な人手不足、危険な仕事による殉職。そこに来る敵の増加。少しずつジリ貧に、こちらの戦う力を削られていく感覚が不安を煽る。
「仕方ない話しですよ猿渡さん。ブラボーチームは貴方と同じようなメスガキの被害者や遺族で構成されてます。感情的になり易いのはどうにもなりません」
梅の苦悶に力也は一瞬視線を落とす。その様子に気づいているのか、梅の口は止まらない。
「私達はやれる事をやるしかありません。現状メスガキの被害は未然に防ぐ事は難しい。残念ですが、降下ポッドの迎撃も成功率が低いですしねぇ」
「更には世間から女の子を殴る変質者扱い。世知辛いもんだ」
笑う大凧に流石の力也も眉間にシワを寄せる。これは笑い事ではない。もっと深刻な問題だ。
「笑い事じゃありませんよ大凧さん。僕らが必死で戦っている意味が無くなります」
「とは言ってもねぇ。メスガキって、見た目だけはカワイイ女の子だ。昔は街に出た熊を狩猟するのを抗議するような話しもあったんだよ。人間ってのは自分が被害に会わないと、どれだけ危険なものだろうと……」
笑みが消える。とても冷たく軽蔑するような目だ。
「擁護するものになる。他人の心って解りませんねぇ」
梅もため息をつき、愛は露骨に嫌悪感を顔に出す。
世間とは理解できないものだ。無意味な博愛主義、一方的な平和の押し付け。必死に守っているのが馬鹿らしくなる。
だが見捨てる事はできない。
「世間の評価はいくらでも覆せます。私達の仕事は世界を守るのに必要な事ですから。それに、メスガキを擁護する声が出てしまうのは仕方ありません。そういう力があるのですから」
「……そうですね。僕らは地球を守る大切な仕事をしている。部外者にはわからない事がたくさんあっても仕方ない」
そう自分に言い聞かせる事しかできないのがもどかしい。
こんな連中を守る意味があるのか。そう疑問に思っても、守らなければ職務放棄と叩かれる。戦おうと戦わまいと、どっちにしろ文句を言う人間は少なくない。
それでも戦う。それが彼らヒーローなのだ。
「それに、あながち間違いじゃないからねぇ」
不意に出た大凧の呟きに梅が目を細める。
「ところで猿渡さん。今日はブラボーチームに朗報があります」
半ば強引に話題を逸らす。力也も朗報の二文字に意識が向いた。
「朗報?」
「ええ。愛」
小さく頷く。暗い話しではないと微笑んでいるようにも見えた。
「単刀直入に言いますと、新人です。ブラボーチームに新しいヒーローが配属されます」
「おお、新人ですか」
場の空気が一揆に明るくなる。慢性的な人員不足。そんな環境に新人とは嬉しい情報だ。
「はい。それも女性です」
「!」
女性。その言葉に力也だけでなく大凧も驚く。
「女性? 珍しいですね。と言うより日本初ではありませんか?」
「そうですよね。僕も初めて聞きます」
力也も頭を回転させ記憶を辿るも、過去現在においても女性のヒーローは存在していない。この仕事に女性がいる事はそれ程珍しい事なのだ。
「世界初の女性ヒーローはアメリカ。次いで中国、オーストラリアで発見されています。彼女で四人目です。政府も彼女には注目していますから……」
「猿渡さん。彼女が問題無く活動できるようになるまでフォローをお願いします」
梅の目が光る。
「お願いしますよ。彼女はワカラセルンジャー日本支部の未来を変える逸材なのです」
威圧感が雪崩のように迫る。こんな小さな身体、力也のような巨漢なら片手で捻れるような存在なのにどこからこんな迫力が出ているのだろうか。流石は組織の長と言えよう。
「くれぐれも、ワカラセルンジャーを辞めるなんて事が無いようお願いしますね」
「は、はい。了解……しました」
なんて迫力なのだろうか。力也もただ頷く事しかできない。
しかしその気迫も一瞬だけ。すぐに疲れたように椅子に背中を預ける。
「…………愛、案内をお願い。大凧さんはアルファチーム側の新人について少しお話しがあります」
「わっかりましたー。じゃあ猿渡君、頑張ってね。あっ、セクハラとかダメだよー」
「そんな事しません! 一ケ谷さんもそんな風に疑わないでください」
じーっと見つめる視線が痛い。女性の少ない職場なのだ、多少なり思う所があるのかもしれない。だが力也からすれば心外だ。
「…………まあ、猿渡さんがそういったタイプではないのは知ってますけど」
「僕が無職になったら姪を食べさせてあげられませんから。こっちは家庭があるんです」
「そうですね。では」
愛が立ち上がるもあまり変わらない。小さな身体でタブレットを抱え、力也を見上げて微笑む。
「行きましょう。新しいヒーローが待ってますよ」