女子高生≠メスガキ
『クリムゾンパニッシュ』
画面の中で美少女が深紅の拳に潰される。そして爆散。
爆発の瞬間はカメラがぶれてよく見えない。
『ミッションコンプリート』
しかし煙が晴れ、カメラが再び深紅のゴリラへと向けられる。
事態を収拾した男。クリムゾンコングはカメラを一瞥すると跳躍。何も言わずに立ち去ってしまった。
「か〜、流石叔父さん。すっごいなぁ」
イヤホンを着けスマホを眺める少女。少しばかり高めの身長にブレザーを着た女子高生。ボブカットの髪を揺らし、机に置いたまま手つかずのコンビニおにぎりが倒れる。
「亜里沙、何見てるの?」
向かい側に座る三つ編み眼鏡といった、いかにも文学少女といった風貌の少女が聞く。
「ん? ああ、メスガキが出たみたいでさ。ちょうどライブ配信してたみたい」
「ええ? それ大丈夫なの? ほら、メスガキの悲鳴って洗脳効果があるって。メスガキを擁護してる人ってそれにやられてるみたいだし」
不安そうな声とは裏腹に亜里沙はケロッとしている。配信ではメスガキを攻撃したヒーローを非難するコメントがつくも、彼女はそうは見えなかった。
「ん〜大丈夫。私さ、メスガキの被害にあった事あるからか大丈夫なのよ。ほら、被害にあって洗脳が解けた人もいるじゃん。まあ、舞は効いちゃうかもしれないし。一応イヤホンしといた」
目の前の少女、舞は大きくため息をつく。
「だからって昼休み中にそういうの見る?」
「だってすぐ消され……ってああ、もう消されてる。うわ、配信してた人ついでって感じで垢バンされてるし」
慌てたように画面を操作するも、もう何も聞こえない。やれやれといった様子でイヤホンを外す。
「世の中には変な人もいるよね。メスガキってどう考えても悪いヤツじゃん。宇宙人の侵略兵器でしょ?」
ぐったりと背もたれに寄りかかりおにぎりを掴む。
「それなのに女の子に暴力を加えるワカラセルンジャーは犯罪者予備軍とかさ。叔父さん達が命懸けで地球を守ってくれてるのに」
「そう言えば亜里沙の叔父さんってワカラセルンジャーなんだよね?」
「そう!」
今度は前へと跳ねるように身を乗り出す。そしてスマホを操作し画面を舞の方へと突きつけた。
「クリムゾンコング。今日本一のメスガキ撃破スコアのトップヒーローなの。凄いでしょ?」
自慢するような声に周囲からも注目が集まる。それだけではない。何人かは亜里沙の方へと駆け寄ったのだ。
「竜宮さんって親戚にワカラセルンジャーがいるの?」
「ねね、サインとかもらえるかな?」
世間、その大体多数はこう言うだろう。街を破壊し人名を奪う凶悪な侵略兵器。それと戦うヒーローとして敬意を持たれる。
しかし全ての人がそうではない。
「とか言いながら、本当は頭のヤバいオッサンなんじゃない?」
一人、髪を金髪に染めたギャル風のクラスメートがぼやく。
「だって女の子殴るとかヤバいじゃん。地球守ってるのはいいけど、実際は犯罪者予備軍とか……いや、前科あるんじゃない? 児ポとかさ」
何人かは同調するように嗤い出す。
これもまたワカラセルンジャーの一般的な評価だ。
メスガキは美少女型の兵器。しかも言葉を話す。コミュニケーションを取れる存在を攻撃する。それを安全地帯から見てバッシングを投げる。そういった声も少なくない。いや、そういった声ほど無駄に大きいのだ。
亜里沙は目の色を変え、椅子を尻で跳ね飛ばし立ち上がる。
「……あのさ、守ってもらってるのにその言い方は無いんじゃない?」
「は? 個人的な感想ですけど?」
「だといっても、言って良い事と悪い事はあるでしょ」
声が低くなり目つきが鋭くなる。今にも飛びかかり握った拳を振り上げそうだった。
「叔父さんは身寄りのない私を引き取ってくれたんだ。ただの姪なのに、学校にも行かせてくれて面倒を見てくれてるの。そんな叔父さんを悪く言わないで」
そんな亜里沙の様子にクラスメートは嘲笑を止めない。いや、もっと酷いものだ。
「何? キモいんだけど。そんなに叔父さんが大事? もしかして、そういう関係? 近親……」
ガタンと大きな音を立てて亜里沙の身体が跳ねる。右腕を振り上げ、殴ろうと拳を振り抜く。
しかし……
「ダメ」
亜里沙の腕を誰かが掴み止める。
「竜宮さん、怒るのはわかるけど暴力はダメ」
「内海君……」
内海。そう呼ばれた長い前髪で目元がかくれた少年が止める。
そこで亜里沙も僅かに冷静さを取り戻し腕から力が抜けていく。
「な、なによ。やっぱり身内に暴力で働いている奴がいると凶暴になるのね」
「何を……」
まだ言うのかと噛みつこうとするが内海が制止する。
「そういうの、良くないと思うよ。地球のために頑張ってくれてるんだ。悪い事なんかしていないじゃないか」
「はぁ? ああ、内海みたいなキモい陰キャじゃあワカラセルンジャーと同じか。いっつもメスガキをあれこれする妄想でもしてんじゃない? でも、あんたみたいなのじゃあ入隊するのも無理でしょうけど」
そう言い再び笑い出す。
ここまで来ると呆れるレベルだ。ドン引きしていると言った方が良い。亜里沙も血の気が頭から引いていくのを感じている。
「……あ」
何か思いついたようだ。悪戯っぽく目を細め、今度はスマホをクラスメートに向ける。
そしてシャッター音。一舞、二枚と写真を撮る。
「ちょ、何すんのよ」
「何って、叔父さんにこの娘がメスガキに襲われても助けないでってお願いするの」
「はぁ!?」
「だってメスガキを攻撃するのはおかしいんでしょ? ならあんたがメスガキと交渉しなさいよ。地球を攻撃するのを止めてって」
彼女の顔が青ざめる。そんな無茶な。そう言いたげに血の気が引いていく。
「何馬鹿な事言ってるの? 無理に決まってるじゃない」
「ワカラセルンジャーは間違ってるんでしょ? なら見せてよ、証明してよ」
「……そ、そうよそうよ!」
舞も言い出すと何人かのクラスメート達も同調。
文句を言うなら自分でやれ、実際証明しろ。そう皆が口々に騒ぎ出す。
しかしチャイムの音がその声を止めさせる。
「守ってもらってるのに、ただ文句を言うだけなんて。最低」
そう言い捨て亜里沙は自分の席へと急ぐ。ドアが開き教師が入る。
そんな中、亜里沙を見つめる視線が二つ。
彼女に言い負かされたクラスメート。そしてもう一つは……内海だった。