Mechanized Strong Girl-like Killer monster
タワマン。亜里沙には縁もゆかりも無いものだと思っていた。しかしどうした事だろうか。こんな豪華な場に足を踏み入れていた。
内海に促されるまま扉をくぐる。掃除が行き届いており、リビングも埃一つ見当たらない。
「うわぁ……」
びっくりして言葉が出ない。猿渡家にある物の倍はある大型のテレビ。ソファーの一つ一つが高い物だと一目で解る。
金持ち。ブルジョア。そんな言葉が頭から離れない。
「そこ、座って。コーヒーでいい?」
「あ、うん……じゃなくて!」
思い出したように顔が赤くなる。この状況にどんな意味や危機感があるのか解らない歳ではない。
自分の不用心さに焦り半分苛立ち半分。そこに少しばかりの混乱が混ざる。
「何なの? いきなり女の子を家に連れ込んでさぁ。しかも親いないとか」
「俺一人暮らしだし。うちの親、日本にいる日の方が少ないんだよ」
「え? あ、ごめん」
一瞬言葉が止まる。親がいない悲しさは彼女も知っている。きっと内海も同じ気持ちなのかもしれないと申し訳なくなってくる。
「気にしなくていいよ。生きてるんだし、少なくとも竜宮よりかはマシだろ?」
予想外の返事に驚く。彼とはプライベートな会話は一切なかったはずだ。
「うちの事、知ってるの?」
「正確にはクリムゾンコング伝いでね。身の回りはデータにある。彼の扶養に姪がいる、なら実の両親は? そのくらいはすぐ解るさ」
パソコン置きニヤリと笑った。
「個人情報保護法もへったくれもないのね」
ため息が溢れる。確かに力也から亜里沙の現状を知るのは容易だろう。しかし、こうして個人情報を軽んじられるのは良い気分ではない。
「雇用する側の特権ってとこだ。ほら」
テーブルにコーヒーが置かれる。良い香りだ。きっと毎日亜里沙が飲んでいるものより桁が一つ上の品なのだろう。文字通り住む世界が違う。
その状況に驚きながらも席に座る。
「あの、内海君」
「何?」
向かい側に座った内海を一睨み。威嚇するような視線を向けるも、彼は全く気にしていない。
内心ため息をつきながら、亜里沙はデバイスを取り出す。本題はこれなのだ。
「一応言っておくけど、今日はハバキリの事を聞きに来ただけだから」
「ああ、そうだろうな」
「だから!」
身を乗り出し語気を強めた。これだけは言わなければならないと鼻息を吹き出す。
「内海君の部屋には行かないからね。話しはここでする」
ぽかんとする内海。数秒停止するも、すぐに彼女の意図を理解した。
「ああ……まさか、俺が手を出すって思ったの?」
若い男女が二人きり。これが恋人同士ならばドギマギした甘い空気となっていただろう。しかし彼とはそんな関係ではない。
「ご、誤解しないよう釘を刺しただけだから!」
「安心しろ。とりあえずヤリたいだけの馬鹿とは違う」
興味無さそうにコーヒーを一口。これだけで絵になるのも忌々しい。
「そもそも、付き合ってもいない女なんか相手にするか」
「あら意外」
まるで魅力が無いと言われているようで心がモヤる。しかし安心感の方が勝った。
「男がみんな下半身で考えてると思うな。いや、もしかして竜み……」
「いいから話し!」
顔を赤くしながらまた声を荒げる。こんな無駄な時間を過ごしに来たのではない。半ば無理やり押し付けられたハバキリについて聞きに来たのだ。
「…………はいはい。じゃっ、どこから話すか」
流石に内海も理解しているからか、気持ちを入れ替えるように背もたれにより掛かる。
どこから話そうか。そう考える彼は、楽しんでいるようにも見える。
「そもそも、竜宮ってメスガキの事どれくらい知ってるんだ?」
「えっと、ネットとか叔父さんから聞いた話しくらいだけど」
奇妙な質問だなと思いながらも、記憶の中からメスガキの知識を引っ張り出す。これだけ世間で、地球中で騒がれているのだから情報を得るのは簡単だ。
「宇宙人が送る生体兵器なんだよね。地球中の言語を理解し人類を攻撃する……ってとこかな。ああ、あと血が青いとか、身体の中は機械だとか」
このくらいは誰でも知ってる。そもそも政府もメスガキについて情報を公開している。それだけ強く注意喚起をしているのだ。
「まあその程度だろうな」
「内海君のご両親ってワカラセルンジャーの上層部なんだっけ? なんかもっといろんな事知ってるの?」
コーヒーに口を着けカップを机に置く。
「Mechanized Strong Girl-like Killer monster」
「は?」
意味不明な言葉。一瞬何を言っているのか解らなかった。亜里沙の理解が追い付いていないのを内海も察している。口調が僅かにだが柔らかくなっていく。
「メスガキの正式な名前だよ。日本語に直訳すると、【機械化し、強力な、少女のような見た目をした殺人モンスター】ってとこかな」
「ふーん。それで、他に何か情報あるの? なんか、もっとスゴくて正体とか」
正直名前の事はどうでもいい。それよりもメスガキが何者なのか、それが重要だ。
「うーん。まず、あいつらは衛星の監視を通り抜けて地球の内側に現れる。こっちが察知した時には降下ポッドが大気圏に突入する直前。地球に近づくのを阻止する事すらできないのが現状」
「そもそも地球に来るのを阻止できない。だからヒーロー頼りになるんだ」
「そっ。あとは……あいつらが珪素生物をベースにしたサイボーグってとこだ。同じのが何体もいるから、クローンで生産されてんだろうな」
うげっと嫌な感覚と嫌悪感に背筋が寒くなる。クローン、サイボーグ。そんな非人道的な事で生み出されているのかと思うと吐き気がする。
いや、生理的に受け入れられない。
「なんか倫理観おかしいよ。てか珪素生物ってマジ? SFみたいで本当に宇宙人じゃん」
創作物の存在みたいで現実味が無い。彼女達に不憫さを感じるも、相手は人間ではない。器も中身も全く別の存在だ。同情する必要は無い。
「あ~、でもあの人形みたいな顔。確かにシリコンっぽく見えるよね。なんか納得できるかも」
「まっ、生きた状態で捕獲はできないからな。万が一あの悲鳴で研究者が魅了されたら危険だ。死体から解る情報はこのくらいかな」
「ふーん。じゃあ次」
デバイスを内海に見せるようにテーブルに置く。真新しいピカピカの外装。こんな見た目をしているが、これは立派な兵器だ。こんなものをポンと軽々しく渡す神経が理解できない。
「これ、一体何なの? 司令の人は第三世代って言ってたけど」
「言葉通りさ。現行のヒーロースーツは第二世代。こいつは最新型って訳」
おもむろにデバイスを取り、顔の横に並べる。
「俺が開発した……ね」
「!」
そしてニヤリと微笑んだ。
そんな馬鹿な。亜里沙は驚きを隠せない。何せ彼はクラスメートだからだ。
「え? ちょ、何? これを内海君が?」
「ああ。現存する技術の応用でどうとでもなるさ」
「いやいやいやいや。え? え? え?」
混乱し脳が機能しない。必死に情報を整理しようとするも噛み合わず、形の違う歯車が空回りしているような気分だ。
「内海君って高校生だよね?」
「ああ」
「…………天才?」
我ながら単純な言葉だ。しかしそれしか思い浮かばない。こんな規格外の事をやってのけるなんてそうとしか言えない。
「かもな」
にやりと自慢げな笑みがムカつく。しかし文句よりもその異質さと実力への称賛が勝った。
凄い。亜里沙のボキャブラリーではこれしか出てこなかった。
「とりあえずハバキリについてだったな」
「いわゆる新型兵器ってやつ?」
「そうだ」
どっからか取り出したタブレットを見せる。画面には見覚えのある銀色のヒーロー、ハバキリの姿があった。
「ヒーロースーツは人間の感情を電力等のエネルギーに変換する技術が根幹にある。んで、ハバキリは新しいエネルギーを使う新型ってとこ」
笑いながら、そして自慢するように亜里沙に画面を見せつけるのだった。
何かとても面倒な事に巻き込まれた……そんな気がした。




