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心配する心と大人のやり方

 空気が重い。窓の無い狭い部屋。本来は小規模の会議室なのだろう。プロジェクターとホワイトボードが設置されている。

 その部屋の空気にダンベルを貼り付けている男が一人。二メートルはある巨漢、力也が苛立ち機関車のように鼻息を吹かしている。

 彼の目の前には可愛い姪、亜里沙が小さくなっている。彼女自身長身な方だが、力也の圧力のせいか小学生まで縮んでしまったようにも見えた。


「亜里沙?」

「…………」

()()をどうやって手に入れたのか、いい加減に答えなさい」


 普段の温厚な口調と違い、見た目とマッチした恐ろしく威嚇するような気配。猛獣が立ちはだかるような荒々しい気配だった。

 しかし亜里沙は怯まない。口を閉ざし何も言わなかった。勿論それは口止めされているからだ。


(内海君ってば。結局何も話してくれなかったし。一人で逃げちゃうし。でもなぁ……)


 胡散臭いが叔父のクビがかかっている。そう言われると迂闊な事はできない。


「亜里沙! 聞いているのかっ!」


 うるさい、と言いたいが口には出ない。ここまで力也が怒る姿を亜里沙は見た事がない。

 心配してくれてるから怒っているのだ。それは理解している。


「落ち着いてください猿渡さん。いくら姪っ子さんが心配でも、そんな風に威圧的な態度で怒っては話してくれませんよ」


 愛がなだめるも、亜里沙は彼女に目を疑う。小さい。まるで中学生かと見間違う小柄で童顔な愛に驚く。

 しかし力也と同席している以上、彼女がここの職員なのは間違いない。

 現に愛の口調は決して優しいものではなかった。


「未成年のデバイス所持は違法です。そもそもこれは兵器。厳密な管理とヒーローの登録、世間に出回らないよう徹底されている代物なのです。で、竜宮亜里沙さん」


 強く睨む。とても厳しい、品定めするような視線だ。


「これを、どこで手に入れたのですか?」


 厳しい目が力也からも向けられる。

 でも話さない、話せない。その様子に力也は何か察する。


「…………亜里沙。もしかして脅されているのかい?」

「っ!」


 びくりと肩が震える。正直内海の言い分を全て信じている訳ではない。しかし力也に万が一の事があれば、そう考えると言葉が出せない。


「亜里沙、何があっても叔父さんが守る。だから話してくれないか?」


 違う、こっちが守る側なのだ。


「…………ごめん叔父さん。それでも話せない。それに、私自身もよく解んないの」

「解らない?」

「うん。正直今、混乱してる。デバイス(これ)の事もよくわかんないし、私にヒーローの素質があったのも驚いてるし」


 内海は何者なのか? それが解れば一気に解決するだろう。可能なら今すぐにでも問い詰めたかった。しかし今は何もできない、動けない。

 そんな硬直状態に愛はため息をつく。


「とりあえず、これは没収ですね」


 愛がデバイスを取る。


「え?」

「え? じゃない。いいか亜里沙。これは()()なんだ。危険なものなんだ。もし違法に作られたものだったら。身体にどんな悪影響があるか解らないんだぞ」


 言葉につまる。大人の対応として正しい行動だ。


「まあ、デバイスの技術そのものがブラックボックスの塊ですから。海賊版が出た事は無いんですけど……っと、Pから始まるこの登録ナンバーは試作機用のですね」


 愛がデバイス調べながらタブレットをいじる。これの出所を探っているようだ。


「試作機? そんなものがどうして……」

「盗難にあった話しも聞きませんし、そもそもこれはデータベースに無いデバイスです」


 頭を抱えそうな落ち込んだ声。更に深い泥沼に片足を突っ込んだような気分だ。

 どうしようかと悩んでいると、部屋にもう一人現れる。愛と同じくらいの小柄な初老の女性、梅だ。


「司令?」


 亜里沙も驚く。


(この人が司令? と言うか叔父さんの隣にいる人と似てるような。親戚かな?)


 梅を見てる。彼女と愛を見比べ首を傾げた。

 そして彼女の登場に驚いたのは力也達もだ。


「司令、いったいどうして?」

「どうしてもこうしてもないわ。二人の誤解を解きに来たの」

「誤解?」


 不思議そうな力也を他所に亜里沙の方へと歩み寄る。


「初めまして竜宮さん」

「は、初めまして」

「メールではお話ししているのですが、直接お会いするのは初めてですね。一ケ谷梅です」

「?」


 何を行っているのか解らなかった。会うのは初めてだが、メールのやり取りも一ケ谷梅の名も記憶に無い。


「司令? その、姪と……」


 手を出して制止。仮面のような笑顔を崩さない。


「あ、あの……」

「いつもありがとう。第三世代スーツのテスト変身者をしてくれて」


 わざとらしくゆっくりと言い聞かせるように話す。合わせろ。そう言っているようだ。

 お偉いさん。

 ここで亜里沙はある事に気づく。


(もしかして、これが内海君の言っていた()()()? だとしたら内海君って……)


 ワカラセルンジャーの関係者なのだろうか?

 その可能性は高い。でなければこんな物を用意できに、力也のクビをちらつかせる事もできない。

 そんな梅に真っ先に食いついたのは愛だ。


「ちょ、お母さん! あり得ません。第三世代の試験運用はまだ募集が始まったばかりです」

(あ、似てるって思ってたけど親子なんだ……って違う!)


 試験運用、テスト変身者。この言葉が組み合わされば絵が見えてくる。

 嘘、言い訳、偽りの事実。その嘘の物語に入れと暗に言われているのだ。


「これは極秘事項なの。でも今回緊急事態とはいえデバイスを外で使ってしまった。だから本部は公にする事にしたのよ」

「…………」

「猿渡さんが知らなかったのも情報が規制されていたから。姪の事が心配なのも理解しますが、これも仕事なので」


 力也は疑っている。彼も梅の口調から嘘だと解らないような鈍感ではない。


「だからこれは」

「あ……」


 愛からデバイス回収し亜里沙へ渡す。


「彼女のモノ。引き続き性能と運用のデータ集め、お願いね。竜宮亜里沙さん」


 断ったらどうなるか。話しを合わせろ。お願いの本当の意味はこれだ。


「は、はい……」


 目が怖い。こんな小さなオバサンなのに言葉にならない凄味を感じる。


「さっ、亜里沙さんは帰りなさい。私は猿渡さん……いいえ、貴女の保護者に説明しないといけないから」


 ちらりと力也の方に視線を送る。まだお話は終わってないのだ。


「亜里沙、先に帰るんだ」

「…………うん」


 酷く冷たい声。まるでメスガキと相対している時のような冷酷な声色だった。


「じゃあ、先に帰ってる」


 椅子に置いておいた学校のカバンにデバイスを投げ入れ、逃げるように出ていく。

 そして亜里沙がいなくなり静けさが部屋を支配した。


「…………司令、説明をお願いします」

「私も聞きたい。明らかに不自然だわ」


 二人共苛立ちを隠せない。特に力也は身内が巻き込まれたのだ。気が気じゃない。


「言った通りよ。竜宮亜里沙は新型ヒーロースーツのテスト変身者。あの子が何も話さなかったのは守秘義務の為…………となっています」


 察するのは容易い。梅もまた指示をされた側なのだ。


「本部が……上がそう言ったのですか?」


 無言で頷く。

 梅は日本のワカラセルンジャーのトップだ。しかし上には上がいる。ワカラセルンジャー本部。そこからの指示に従うしかないのだ。

 頭では理解できる。一社会人として従うのが正しいのも解っている。


「っ!」


 力也がテーブルを殴ると穴が開く。彼の前では木製のテーブルも薄っぺらい玩具だ。

 破壊されるテーブルに愛は息を呑み梅は無表情で見据える。


「あの子は……まだ十六です、未成年です。何故こんな事を?」

「残念ですが私にも解らない事ばかりでして。上層部の誰が、どうして、どうやって彼女に接触したのか解らない。そして亜里沙さんは意図的に黙っているのでしょう」

「……亜里沙は誰か、デバイスを渡した者に口止めさせられていると?」

「でしょうね」


 力也の拳が震える。

 自分達の仕事は地球を侵略者から守る事。そして何より、力也にとって亜里沙は守る対象なのだ。戦場(こんな場所)にいていいはずがない。


「猿渡さん……。お母さん、この状況は異常です。そもそも彼女は未成年ですよ」

「ええその通り。本来はあってはならない事です。ですが我々には手出しができません」


 頭が痛そうにため息をつく。


「猿渡さん。ごめんなさい」


 そしてすぐに出た謝罪の言葉に驚いた。


「私の力不足で……。本部からは()()()でなければ戦闘行為は強制させなくて良いと言われましたが。デバイスの没収も、事の真相を明らかにする事ができませんでした」


 力也も思わず言葉を失う。胸が痛くなる。

 そうだ、娘のいる彼女が何もせず上層部の言いなりになっているだろうか。そんなはずがない。ましてや亜里沙は未成年。巻き込むのを拒むはずだ。


「いえ、こちらこそ冷静さを欠けていました。司令も尽力してくださったのに。申し訳ありません」


 身体の力が抜けるようだ。肩を落とし倒れるように椅子に座る。

 そんな二人の様子に愛も口を閉ざす。


「少なくとも、今彼女はバッテリーカードを所持していません」

「つまりデバイスを使えない」


 梅が肯定するように頷く。


「猿渡さん。カードの管理は厳重にお願いします。また、彼女に接触したであろう本部の者にも警戒してください」

「はい」


 頷き気分を入れ替える。まだ始まったばかり、ここからいくらでも巻き返し亜里沙を守れるはずだ。

 空気が軽くなり愛も胸を撫で下ろす。少しは平和が取り戻せた、そう思っていたが勢いよく扉が開かれ再び騒動の気配がなだれ込む。


「…………あれ? 愛ちゃん、あの銀ピカいないの?」


 部屋に入って来たのは若い女性だ。

 ピンクのメッシュが入ったツインテール。黒いマスクとスカート、ピンクのブラウスと典型的な地雷系ファッション。小柄ながらも豊かな双山が目立つ女性だった。

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