白色のコイ
そのさびしい小川には、何匹かコイが泳いでいました。
ゆるやかな流れに、何匹かがかたまって、水草を食べています。
その群れとは少し離れたところに、白色のコイが泳いでいました。
まるで雪のように白いそのコイは、仲間たちのところへ行こうとしては、怖気づいて戻ってきます。
そこを通りかかったおじいさんが、白色のコイにたずねました。
「どうしたね? どうしてお友達のところへ行かないのかい?」
白色のコイは答えました。
「わたし、白くてみんなと違うから……」
おじいさんは、群れの仲間たちをちらりと見てから、真っ白になった髪の毛をさわりました。
「わしは真っ白じゃから、お前さんと同じだな」
水面越しでも、おじいさんの髪が白いことは、白色のコイにも見えました。
「おじいさん、わたしのお友達になってくれるの?」
「散歩の合間でよければ、おしゃべりしようかの」
こうして白色のコイには、お友達ができました。
おじいさんは、白色のコイと約束した通り、毎朝お散歩の合間にしゃべりかけてくれるようになりました。
白色のコイは、外の世界を知りません。だから、おじいさんは外の世界についてお話してくれました。
白色のコイは、水の心地よさや、水草のおいしさ、たまに食べる昆虫のことなど、自分の好きなことについてお話しました。
いつしか一匹と一人にとって、朝の時間はかけがえのないものへと変わっていました。
ある朝、白色のコイが起きてきて、水面をじっと見あげていましたが、おじいさんはやってきませんでした。
どうしたんだろう? 風邪かなぁ?
白色のコイは、水草を食べながら、ちらりと仲間たちのほうを見ます。近寄ろうとして、そのまましっぽを向けました。
次の朝も、その次の朝も、おじいさんの白い髪の毛を見ることはありませんでした。
――おじいさんは、わたしのことを嫌いになったんだわ――
白色のコイは、いつしか水草も食べずに、川底で泣くようにうつむいて過ごすようになりました。
どのくらい時間が経ったでしょうか。白色のコイは、おじいさんに呼ばれたような気がして顔をあげました。水面を見ると、何かがゆらゆらとただよって見えます。
――おじいさんの、白い髪の毛――
ゆらゆらと流れていく髪の毛を追いかけていくと、白色のコイに誰かが声をかけました。
「あれ、君は向こうにいる白いコイじゃないか? こんにちは」
それはあの、ゆるやかな流れにいた、群れの仲間たちでした。
「あの、わたし……」
「ほら、こっちにおいで。今からみんなでご飯食べようと思ってたんだ。君も食べなよ」
声をかけてくれたコイにうながされて、白いコイは群れの仲間たちに加わりました。
水面を見あげると、おじいさんの白い髪の毛はすでに流れて消えていました。
――おじいさんが、言ってくれたのかもしれない。勇気を出して、みんなと仲良くするようにって――
もう一度水面を見あげると、あの白い髪の毛が見えたような気がしました。




