4話 緑髪の少女
ロジェが依頼の報酬を受け取ってから、三日後――
相変わらず騒がしいギルド内で、相も変わらずに、テーブルに顔を突っ伏して寝ている男がいる。
そう……俺の事だ。
俺は剣士のロジェ・デュンヴァルト、しがない冒険者をやっている。
人と絡むのは得意じゃないし、気楽な一人クエスト専門としている。
赤い髪を後ろに束ねた綺麗な女性が、はぁーっと溜息をつきながら、ロジェに近づいてくると寝ているロジェの頭をコンコンと叩く。
「ロジェ、あんたはまた働かないで……何してるの?」
怪訝そうにな表情で目を開けたロジェが、これまた怪訝そうに答える。
「ジェマさん……いや、こないだの依頼を反省してるとこだよ」
呆れた目をしたジェマが、ロジェの頭をパチンと叩く。
「……ただ、寝てただけだろうが!! あんたは本当にどうしよもないね!! どうせまた、『依頼が無い』なんて言うんじゃないでしょうね!!」
ギクッとするロジェ。
「…………」
「…………よし、仕方ない。『また』私が依頼を探してきてあげるわ。ウフフフ」
ニヤリとしたジェマが依頼掲示板に歩き出す。
ロジェは飛び起きると、慌ててジェマを止めに走った。
「だ、大丈夫。自分で探すから」
「そ、そう……遠慮しなくて良いのに……」
少しガッカリした様子のジェマ。
ロジェは苦笑いを浮かべ、「ハハハハ」と笑うと掲示板に歩いて行った。
また、変な依頼を押し付けられたら困るからな……ジェマさんの依頼はロクなことが無いから……
中央カウンターにジェマが戻ると光聖教会のジャケットを来た一人の少女が、オドオドした態度キョロキョロと周りを気にするように落ち着きなく立っている。
年齢は14、15歳くらいに見える。
いかにも真面目そうな黒縁メガネをかけた少女は、オドオドと周りを見る渡すたびに、腰まである長い緑の髪が、サラサラと左右に揺れていた。
くるぶしまで隠れるロングスカートを履いているて、全体的に細身で華奢な印象を受ける。
ジェマは少女に声をかけた。
「お嬢さん、どうかしましたか? 当ギルドに何か御用でしょうか?」
「ひゃい!!」
声を掛けられて驚く少女。
少女は深呼吸をするとジェマに話しかけた。
「はい……あの……すいませんが……冒険者の、ロジェさん、を、探しているのですが」
ジェマが不思議そうに話しかける。
「ロジェ? ……失礼ですが、光聖教会の学生さんが、ロジェにどういった御用ですか?」
「あの……えーっと……」
少女は話し辛そうに言葉に詰まる。
ジェマは何かを思いつきハッとした。
(まさか……あのバカ……こんな若い娘に……)
ジェマが少女の手を優しく握る。
「大丈夫、安心して……。私はあなたの味方だから……。女の敵は許さないわ」
少女は驚いて動けずにいる。
「女の敵……えっ?」
「大丈夫……。ここでは話しづらいだろうから、向こうに行きましょう」
ニッコリと微笑むジェマが、少女の手を引くと奥の部屋に連れて行った。
部屋からすぐに出てきたジェマが、依頼掲示板の前にいるロジェを見つける。
「ロジェ……。ちょっと来なさい」
冷たい目をしたジェマが、ロジェの耳を引っ張り、奥の部屋へと連れて行った。
「痛っ、痛いよ、ジェマさん。一体、何だよ!!」
耳を引っ張られながら、ロジェが叫ぶ。
「うるさい、黙れ……」
ジェマの恐ろしい程に低い声が、ロジェを黙らせた。
部屋にロジェを連れて来るとテーブルの席に座る少女の前に立たせる。
ロジェはジェマの手を振り解く。
「何だよ!! 急に!!」
ジェマは腕を組み、静かにロジェを睨んだ。
「あんた……『何だよ』じゃないわよ……この娘を見なさい。言い逃れ出来ないわよ!!」
ロジェはキョトンとする少女を不思議そうに眺める。
……誰だ……この子……
「……君は……誰???」
ジェマがロジェの頭を叩く。
「あんた……自分が手を出した娘に……それは無いでしょう!!」
ロジェの目が点になっている。
「え……俺が……手を出した?」
いや……まさか……いくら酔っぱらってたって……俺は、そんな事は……しないよ、な……うん……
少女があたふたした様子で、手をブンブンとふる。
「あの、お姉さん。落ち着いて下さい!! ロジェさんを探していたのは、兄の事で相談が……」
ジェマが不思議そうに首を傾げた。
「ん!? 兄の相談?」
「はい、そうです。少し前に兄が助けてもらったんです」
「そ、そうなの……。こいつに何かされた訳ではないのね……アハハハ」
ジェマは笑いながら、ジッと睨んでいるロジェに目をやる。
ジェマの笑い声だけが、部屋に響き渡った。
「ごめんなさい、勘違いでした」
両手を合わせて頭を下げるジェマだった。
目を細めて、白けた目でジェマを見つめるロジェ。
……この人は、俺を何だと思ってるんだ……まったく……
はぁーと溜息をついたロジェが、少女に話しかけた。
「ところで、君はどうして俺を探していたんだ。その……兄さんのお礼か何かか?」
少女は立ち上がるとロジェに頭を下げる。
「私はミルト・ヴァルドネルと言います。先日、魔物から兄エルトンを助けて頂きありがとうございました」
緑色の髪を見てロジェが思い出す。
「エルトン……もしかして、この間、ボアーボから助けた人の妹さんか?」
「はい、そうです」
ジェマが驚く。
「ボアーボから助けたって光聖教会の……。兄さんはその後、元気にしてるの?」
ジェマの問いかけに表情が曇るミルト。
「その事で、ロジェさんを探しておりました……」
ロジェが下を向くミルトに声を掛ける。
「どういう事だ?」
「兄は……疫病『エイフル』に感染しておりました……」
そうか……やはりな……
ロジェはミルトの言葉を聞いても、さほど驚くことは無かった。
同様に驚いていないジェマがミルトに話しかける。
「そう……それは残念だわ。でも、特効薬がある現在では、『エイフル』は治る病よ」
ミルトはジェマの言葉に俯く。
「確かに……治る病気ですが……その特効薬が、無いのです……」
「えっ!? どうして……」
驚くジェマに、ミルトが顔を上げて話し始める。
「特効薬を作るための薬草――インカ草は、南の大陸が主な生息地でした。でも……過去に『エイフル』が流行したおかげで、今では手に入りません」
ロジェが首を傾げる。
「光聖教会では薬草を作ってないのか?」
「確かに……光聖教会でもインカ草を栽培しております……ですが、栽培されているのは、現在のエイフルに効く『準インカ草』です……」
「……『準インカ草』?」
「はい……『エイフル』の特効薬は、人口栽培された『準インカ草』から作られていますが……変異が進んだ今のエイフルにしか効きません……」
ミルトが悲しそうに俯く、
「……兄が感染した『エイフル』は初期のもので……現在の特効薬では治せないんです……」
ミルトの声は訴えかけるように、徐々に大きくなる。
「兄の治療には、自然に生息している原種の『インカ草』が必要なんです……それで、ロジェさんに採取の護衛をお願いしたくてギルドにきました」
静かに聞いていたジェマが言葉を掛ける。
「話しは分かったわ、でも……護衛? 『採取依頼』ではなくて?」
「はい……インカ草の原種を見分けるのは、知識が無いと不可能なんです……それで、私の護衛をお願いしたくて……」
「あなたが? 見たところ学生のようだけど……」
メガネをクイっと上げて答えるミルト。
「はい……確かに学生ですが、私は光聖教会薬学研究所に所属している研究員でもあります」
驚いたジェマが口を開く。
「……薬学研究所って言ったら……優秀な学者が集まるエリート集団よ……あなた、その若さで……凄いわね」
ロジェはミルトを見つめる。
「君の状況は分かった……なら、急いでその『インカ草』を取ってきて兄さんを治してやろう」
ニッコリと微笑むロジェ。
「本当ですか……ありがとうございます……」
喜ぶミルト。表情がぱっと明るくなると、安心したのか、目から涙がこぼれ落ちた。