3話 依頼の報酬
ギルド内
ロジェはウキウキしながら、中央カウンターにいるジェマに声を掛けた。
「ジェマさん、無事にマース漁獲依頼を達成できたよ。この釣り竿のおかげかもな!」
ロジェはオリハルコンの釣り竿をジェマに手渡す。
「それは良かったわね。でも……依頼を紹介した私のおかげでもあるのよ。感謝しなさい」
ウィンクして笑うジェマ。
「ふっふっふ、今回はそれだけじゃないんだ。ボアーボに遭遇してついでに討伐してきたんだよ」
ふんぞり返るロジェが、嬉しそうに笑った。
「ボアーボ討伐!? 良かったじゃない!! ラッキーも私のおかげよ、心から感謝しなさい」
ジェマも自分の事のように喜んでロジェの肩をコツン叩いた。
「獲物はルクドのおやっさんに渡して来たから、ここで、飯を食べて待たせてもらうよ」
ロジェは軽く腕上げるとテーブルに着き、食事を頼んだ。
騒がしいギルドで、上機嫌のロジェが食事を頬張っている。
食事を終えたロジェが、ボアーボとマースの鑑定をジッと待っていた。
何か……いつもより遅いな……
時間が掛かる事に不思議がるロジェだったが――
――ボアーボもマースも、普通よりデカい獲物だったから時間は掛かるかぁー
とニヤついていた。
空腹を満たされたロジェがウトウトしだすと、いつの間にかテーブルに突っ伏して寝てしまっていた。
どのくらい時間が過ぎただろうか……
たくさんの報酬を手にした夢でも見ていたのか、ロジェはブルっと身震いをして、ふと目を覚ました。
「寝てしまったのか……」
寝ぼけ眼で目を覚ましたロジェだったが、何やら異変を感じていた。
騒がしかったギルドがシーンと静まり返っている。
不思議な事に冒険者も食事の客も、誰一人居なくなっていた。
あれ……ギルドの閉店時間か……ん? 閉店時間なんてあったか? あれ、ジェマさんもいない……帰ったのか?
そんな事を考えていると、奥のドア開き、ジェマが現れた。
ジェマは両手に手袋を付け、顔全体をスッポリと覆うようなマスクを付けている。
何だ、あの格好は……
不思議に思うロジェに、真直ぐと向かって来るジェマ。
「何だいジェマさん……そのかっ――」
ロジェが口を開いた瞬間に棒のような物を放り込むジェマ。
ジェマは大声でロジェに叫ぶ。
「ロジェ!! そのままでいなさい!!」
何が起きているのか分からないロジェは呆然としながら、ジェマの言う通り、動かずに座っていた。
ジェマがロジェの口に放り込んだ棒を、嫌そうな顔で引き抜く。
棒を見るジェマ――
ふぅーと息を吐くと肩の力を抜き安堵の表情を浮かべた。
「あなた、運が良かったわね。陰性よ……感染していないわ」
「感染?」
何が何だか分からないロジェは、狐につままれたように茫然としている。
ジェマはスッポリと被ったマスクを外す。
「ロジェ、あなたが持ってきたボアーボが、エイフルに感染していたの……ここにいた皆には、全員検査してもらったけど、感染者はいなかったわ」
「『エイフル』? なんだそれ」
「あんた、『エイフル』も知らないの!?」
ジェマは、あちゃーと言いたげに顔を覆うと、大きな溜息を着いた。
「『エイフル』は数年前に大流行した疫病よ……もし感染していたら、10日程で亡くなる恐ろしい病気なの」
「!? 何でそんな病気が」
「疫病で亡くなった動物が魔素に感染して魔物になったのでしょうね……あなたに感染してないようだから良かったわ」
ホッとしたジェマがロジェの肩にポンと手をおいた。
「感染って……どうしたら、うつるんだ」
「そうねぇ、空気感染はしないけど、例えば、感染した魔物の攻撃を受けて傷付いたり、肉を食べたり、人間や魔族同士でも唾液とか血液、体液なんかが口に入ったり、体に入ったら感染するわね……」
話を聞いたロジェの顔がスゥーッと青ざめていった。
……怪我しなくて良かった……
「一応、特効薬が出来たから、今は治る病だけど。特殊な薬だから、手に入らなくて間に合わない事もあるのよ。何にしても、あなたが無事で良かったわ」
ジェマは席を立つと奥の扉に歩き出す。
うん?……何か忘れているような……
ロジェは何かを思い出し、大声でジェマを呼び止めた。
「あ!? ちょっと待って、ジェマさん」
「何!! どうしたの大きな声で……」
「いた……怪我した人が……」
「はぁ? どういう事よ」
「確か、光聖教会のエルなんたらが――」
ロジェはボアーボと遭遇した状況を説明した。
「それは……危険ね……。私は町の衛兵に報告してくるから、あなたは帰りなさい。どのみち今日は店じまいよ」
そう言うと、ジェマは足早にギルドから出ていった。
翌日
ロジェがギルドに入って行く。
昨日の事が嘘のように、騒々しい室内。
ロジェは中央にいるジェマに声を掛けた。
「ジェマさん、あの後は大丈夫だったか?」
「ええ、とりあえず憲兵に報告したら、光聖教会に連絡を入れてるようだったから、大丈夫でしょう」
「そっか、だったら安心だな」
「ええ、そうね――で、ロジェ。今回のボアーボとマースの鑑定が出たわよ。はい、これ」
ジェマは金貨一枚と、銀貨五枚をテーブルに置いた。
ロジェは唖然としている。
「え!? これだけ……」
「そう、これだけ」
微笑むジェマ。
驚きからも、何とか声を絞り出すロジェ。
「何で……」
ジェマはテーブルに手を置くと語気を強めて話始める。
「まず、ボアーボ。これは『エイフル』に感染していたから爪と牙、毛皮に骨とかの素材アイテム以外は全て焼却廃棄よ。」
「げっ!!」
「素材アイテムも消毒が必要だし、解体に使った道具や倉庫内も消毒……その費用を引いて残りが金貨一枚」
「…………」
ジェマはさらに語気を強めると、テーブルをトントン叩きロジェを睨んだ。
「あと、依頼のマースね。これは噛まれた後があるし、傷だらけ……どうしてこんなになったのよ!!」
「そ、それは……」
「まぁ、いいわ……報酬料の銀貨八枚から、マイナス銀貨三枚だから、報酬は銀貨五枚になるわ」
パチンと手を叩くジェマ。
「あっ!? 釣り竿のレンタル料もあるから、さらにマイナス銀貨二枚だわ」
ジェマはテーブルに置かれた銀貨から二枚を取り上げた。
「釣り竿、金取るのか……」
絶句しているロジェが悲しい目で貨幣を袋に入れた。
……金貨30枚のはずが……
残念そうに下を向くロジェに、ジェマがポンと肩を叩くと小さく呟いた。
「……働け」
ジェマの一言を聞いたロジェは、顔を上げると、放心した表情で何もない天井を見ていた。