99 魔塔攻略班顔合わせ1
フェルテア大公との謁見をすることとなった。事前に、聖女クラリスは次期大公メランの執務室を訪れている。
「気を付けてね」
笑って、ここまで案内してくれたラミアが言う。
しかし、詳しい説明もなしにノックを始め、さらには中からの返事を待たずに扉を開けた。
中では銀髪の青年が一人、大きな机に向かって険しい顔をしている。メランだろう。さらにその脇には禿頭の偉丈夫が立つ。
(あ、ガズス将軍)
日焼けした顔が自分に気づいてニッコリと微笑む。未婚だが自分より十歳以上も年上だ。
メランの方は当然、無遠慮なドア開放に気付かないわけがなく、顔を上げる。
「クラリス殿!よく、戻ってきてくださいました」
自分の姿を見とめるなり立ち上がって、メランが近付いてくる。驚くべきことに自分の手を取ろうとしてきた。異性に対して、あまりに思い切った行為である。
思わずクラリスはガズスの顔を見てしまう。だが、制止してもらうにも距離が離れている。
「いきなり乙女の手を取ろうとするんじゃないよ。下心が露骨だってのよ、まったく」
ラミアが無造作にペシッとその手をはたき落とす。
「いくらなんでも不敬でしょう!」
ヒリヒリと痛むのか、手を押さえてメランが恨めしげに叫ぶ。
少し、線は細いが整った顔立ちの優男である。
「へーえ、じゃあ何?この私を牢屋にでもぶち込む?簡単に破ってやるし。それとも処断する?このあたしを崇めてる連中が黙っちゃいないんじゃないの?」
素敵に笑って、ラミアが鼻を鳴らす。
クラリスにとっては、惚れ惚れとするぐらい堂々としている姿だった。
さらにラミアが加える。
「聖女不在がまずいからって、親しくなろうってんだろうけど、聖女にも気持ちがあるのよ、気持ちが」
ラミアが優しい眼差しを自分に向けてくれる。
「私はミュデスのようなことは致しません。ただ、然るべき立場に」
メランが言い返す。
「押し付けがましいっての。聖女もあんたも、そんなんじゃ幸せにならないわよ。付き合ってみて、気が合うようなら付き合えばいいし、そういうのなら、あたしも邪魔しないわよ」
ラミアがメランに向かって言う。
自分の耳に顔を近づけてきた。
「こいつさ、政治屋なのよ。だから、聖女のあんたと次期大公の自分が結婚すれば国が安定するって。好き嫌いとは別に。政略結婚なんだけど、あんたは応じる義務、ないじゃない?嫌なら嫌ってした方がいいわよ」
ありがたすぎる助言ではあった。
「くそっ、なんて人だ。ミュデスより厄介だ」
思惑を全て暴露されたメランが顔を歪める。
確かに少し情けないかもしれない。現段階ではクラリスもメランにあまり魅力を感じないのだった。
「そ。そのかわり、あの馬鹿より遥かに活躍してみせるから。せいぜい期待してなさい」
笑ってラミアが言い放つのだった。むしろラミアの姿の方に同性として憧れを抱いてしまう。ミュデスに手籠めにされそうになって、逃げるしかなかった自分とは、まるで違った。
(格好良い)
クラリスは両手を合わせて、ラミアを見上げる。
なお、バーンズらドレシア帝国の軍人や治癒術士エレインには、ラミアの判断で、一歩引いてもらっていた。とりあえず自分とメランとの会見を詰めておきたかったらしい。
「クラリス様、この方は魔術師ですが、あまりの迫力と熱量に『フェルテアの魔女』とまで呼ばれているそうですよ」
一人、身近に残っていたシャットンが耳打ちしてくる。
「こら、護衛。聖女に変なことを吹き込まないでくれる?」
すかさずラミアが口を挟む。青いローブは水属性魔術を極めた証らしい。歩きながら誇らしげにラミア自らが語っていたのだった。
(魔女って言われても、ものともしてなくて格好良い)
改めて尊敬してしまうクラリスを尻目に、肩をすくめてシャットンが離れていく。
「で、聖女。あんたはどうなの?どんぐらいのことが出来るのよ、あんたは?」
自分とメランとを見比べてラミアが尋ねてくる。
「魔塔攻略に我が国はいよいよ、聖女様の帰還とともにに突き進むこととなります。ラミア嬢の言う通り、クラリス殿のお力は把握しておきたいところですね」
メランも苦笑いして言い添える。
戦力として、期待されていたのだ、と改めて痛感させられた。
「私は今のところ、閃光矢という倒した魔物の核を撃ち抜く術と、オーラという瘴気を遮断する結界を張る術を体得しています」
クラリスは言い、俯いてしまう。
今更ながら、心配になってきた。最低限以下なのではないか。
(少なくともラミア様みたいに、自信と確信をもって振る舞うことは、許されない。そんな程度の実力で)
クラリスは後ろめたくすらなっていた。
歴代聖女の中で自分はいま、どの程度の立ち位置にいるのだろうか。
自分の代で魔塔が出現した。それだけでも情けないことであるのに、実力も伴わない。
(ラミア様もガズス将軍も、とても強い人たちで。メラン様もミュデスのせいで崩れかけた国を必死で支えてらっしゃる。そんな人達と私は当たり前みたいに)
クラリスは思い、俯けた顔を上げられないのであった。




