94 閑話〜領地でのシェルダン5
一旦、子供達と離れ、シェルダンは旅の垢を落とし、家族との夕食の席についた。ルンカーク家とビーズリー家それぞれの両親も一緒だ。
(なかなか気を遣う)
どこまでも気の良いルンカーク家が義実家、それに対し、直接の実家とはいえクセの強いビーズリー家である。
間に入る自分とカティアがいつも苦労するのだった。無論、気を使わせてくるのはシェルダン自身の実家の方である。
「ふふっ、やっぱりあなたがいると楽しいわ」
気を遣う夕食を終え、子供達2人を寝かしつけてから、夫婦の寝室でカティアが告げる。薄い紫色のナイトドレス姿だ。
(もし昔の身分なら)
ふとシェルダンは思う。家族4人で同じ寝室で寝ることとなっただろう。当然、侍女も乳母もいない。
自分がウェイドを、カティアがケイティを寝かしつけることとなっていただろうか。
(それとも逆かな?)
現実には、その気になれば寝かしつけも乳母やら侍女やらを雇って任せることも出来る。今、自分はそういう身分にまでなってしまった。
(そこをしっかり、寝かしつけを自分でやりたいというカティアは素敵だ)
「俺も君の顔をみるとホッとするよ」
様々な想いを押し込めて、それでも本音で間違いのないことをシェルダンは告げた。
「私もよ、戦いに出る度、不安になって。でも無事に戻ってくれる度、安心するの」
寝台の隣に腰掛けて、カティアが身を預けてくる。
「また、いろいろとしなくてはならない話が出来たよ」
シェルダンは微笑んで告げる。
「ええ、私も。多分、同じ話だと思うけど」
カティアも身を起こしてから頷く。
「昇任は、受けても子爵まで、と思っていたんだが」
シェルダンは切り出した。諦めて呑むしかないのなら、ルンカーク家をついでに再興しようと思ったのだ。そこが自分にとっての一区切りである。
「覚えてる?私は昔、あなたがどこまで上がってしまうのか、見てみたいって言ったこと」
カティアが自分の脇をつつきながら言う。
ガシャガシャと音がする。まだ腹に鎖鎌を巻いているのだ。いざとなれば、自分が戦って家族を守る。それぐらいの気持ちは未だに持っていて、おそらくいつまでも抜けることはない。
「覚えているよ」
鎖鎌はされるがままにしつつ、シェルダンは頷く。
確か最古の魔塔に上る前か、ミルロ地方の魔塔の時か、だったはずだ。
遠回しにカティアの側は子爵止まりを目処にはしていないという話である。
「だから、私はまた昇進するのなら、誇らしいわ。ただ鼻が高いだけ」
カティアがまた枝垂れかかってくる。甘えているのだ。仕草も愛おしいし、見下ろす肩の華奢な線も触れれば壊れそうで。ナイトドレスも薄手なので肌がほのかに見えている。
「俺はまだ戸惑ってる」
シェルダンは正直に打ち明けた。ずっと能力のいかんに関わらず、一介の軽装歩兵を1000年も続けてきた家なのだ。
「私とあなたは、この爵位や領地を、ケイティに継がせるのかウェイドに継がせるのか。まだ結論は出せていないけど。あなた自身の昇進は受けてもいいと思うのよ」
カティアが微妙な話題にそっと踏み込んでくる。
「アンス侯爵には、よく面倒を見てもらった。そういう意識は俺にもある。仕方ないかな、と俺も思っているよ」
シェルダンは頷く。勝手に上げられた階級に爵位。しかし現に部下はいて、しくじれば困るのも命を落とすのも部下だ。
(ぼんくらに任せるわけにはいかない。ぐらいの仲間意識は俺も持つようになってしまった)
本当はそこをすら見捨てるのがビーズリー家なのだが。
指揮官として困る度、助けてくれたのがアンス侯爵だった。
「時代によっては、領地も爵位も一代限り。軍人にはそういう時代もあったのだけどね」
カティアの言う通りだった。時代によっては悩むまでもなく、相続のことなど考えなくても良かったのだ。
ドレシア帝国の国土がアスロック王国の崩壊により、一気に拡がった。そこへ功労者つまり信頼のおける人物を当て込もうとしたのである。シオンによる法律の改正でこの功労者たちの爵位は継続するものとされた。
「ペイドランのところも同じ悩みを抱えそうなものだが」
シェルダンは言うものの、ペイドランでは悩みもしないだろうと内心では思う。
「あの子たちは悩まないでしょ。あそこは子供も一人だし?」
カティアも笑って告げる。
「2人目を授かったらしいよ。ペイドランのやつがこの間、浮かれていたよ」
シェルダンはニヤリと笑って報せる。
「まぁ、お若いのね。まだ21だものね、当然かしら?それにしても21ってあなたが私と出会った年だわ」
カティアが感慨深げに言う。
「君はあの時、まだ19歳だった。ありえないぐらいしっかりしていたけど。でも今だって24歳じゃないか。十分に若くて、そしてとても綺麗だ」
とうとうシェルダンは耐えられなくなって、カティアを抱き寄せて口吻を交わす。
カティアも目を細め、そして口吻の段階になって目を瞑る。
顔を離す。
「でも、3人目を例えば、授かったとして、解決するかしら?我が家の問題は」
少し嬉しそうで、それでいて楽しげなカティアの表情が嬉しい。
「しないね」
シェルダンとカティアの場合、3人目を求めるならば、それは本当に3人目が欲しいということだ。相続の問題解決のために、とはならないだろう。
「あなたとお義父様の言うことも分かる。ウェイド本人も受け入れているようだけど。ちょっとやり過ぎで、洗脳みたいに見えちゃうのよねぇ」
カティアがため息をつく。
「無理もないよ。うちは独特だ。だが実際、あの子はあの子でビーズリー家の軍人らしい軍人に育ちそうなんだが」
シェルダンは頷く。ビーズリー家に染まらない、確固とした自分を持っているのがカティアだ。だから自分も惹かれた。
「あなたから見て、素質十分なのね。本当は喜んであげたいけど」
カティアが悩ましげだ。
「あなたの爵位をそのままウェイドが継ぐのが良いように私には思えて」
ドレシア帝国の中でウェイドがどの階級から軍歴を始めることとなるのか。自分の爵位を継げば相応の位置からの始まりとなるだろう。
「俺は異端だよ。ビーズリー家の中じゃ」
自嘲気味にシェルダンは言うに留めた。
「そして、優秀で格好良い。胸を張って。子供達は2人ともお父様のことが大好きで誇りなのよ」
今度はカティアからの惚気で口吻だった。
シェルダンはただ応じる。
結論はまだ出せない。それでも自分とカティアの間には理解と敬意がある。
(だから、決裂することはないし、させない)
もしかするとカティアへの愛おしさのあまりに自分が譲歩してしまうのかもしれない。
(だが、多分、ウェイドはビーズリー家としての生き方を選ぶ気がする)
シェルダンはなんとなく思っているのであった。




