84 治癒術士エレイン5
シェルダンが自分の話を受けて、机に立ったまま寄りかかり、握りこぶしを顎に当てた。何やら考えている顔だ。
「代々、医術の家柄、か」
少し口元が緩んで笑っているかのようだ。
どうやら、家柄の話が気に入ったらしい。
(そんなつもりで言ったんじゃないけど)
ただ、余計ごとで時間を使わせないで欲しかっただけだ。
「何かと態度が変わっているから、見くびっていた。考え方が存外、しっかりしていて、見直した」
そしてシェルダンが予想外にも褒め始めた。
失礼だった自覚もあるのだが、そこは気にしていないらしい。
(とにかく、ノックすればいいのかな、この人)
一応、バーンズの上官なのだ。次からはノックしよう、とエレインは心に決めた。
「確かに、大した話じゃない。きちんと覚悟を決めてる人間にとっては。フェルテアの魔塔攻略にバーンズとあんたが我が国からは派遣される。それはルフィナ様から聞いただろう?」
なんなら、つい先程、匂わせぶりなことを自身で言ったばかりではないか。自分もそれで啖呵を切っている。
指摘したいのをエレインは我慢した。シェルダンという人はとかくクドいのだ。
「はい。ルフィナ様の代わりだって」
当たり障りのない言葉をエレインはどうにか返した。
「結局、仕事を信頼して頼める人間は、どこも限られてる。同じだな。うちの場合はバーンズで、ルフィナ様のところはあんただ。ゴドヴァン様のところも、似たようなもんだろう。今回、あそこの応援は必要ないんだが」
シェルダンが穏やかな笑みとともに言う。気に入られてしまったらしい。
(でも、やっぱり苦手。その話、もうしたと思うのに)
エレインは言葉を発するのも面倒になって、ただ首を縦に動かす。
「バーンズのヤツのことは、よろしく頼む」
そして、思わぬことにシェルダンが頭を下げてきた。
「ええっ、なんですか、急に。気持ち悪い」
驚いてエレインは頭に浮かんだ失礼な言葉をそのままシェルダンに叩きつけてしまう。
当然、頭を上げたシェルダンが仏頂面だ。
「気持ち悪いとはなんだ、気持ち悪いとは。失敬な。バーンズの奴はルベントにいたときからの部下だ。右も左も分からないところから、ここまで育て上げたんだ。それをそのまま引き上げた実力の分、魔塔へ送ることになった。俺だって心配なんだ。あいつは、少々、素直すぎるところもあるし」
かなり心外だったらしい。一気にシェルダンが文句を言う。
これを直接、自分に向けてまくし立ててくれればエレインも理解できる。だが、シェルダンの場合、独り言のように、それでいてわざと聞こえるように言うから苦手なのだ。
「じゃぁ、自分が上がればいいじゃないですか。ルフィナ様から聞きました。もっと強そうな魔塔を、平然と上がってきた人だって」
多少、聞かされた言い回しとは違う気がする。首を傾げつつも、エレインは浮かんた言葉をそのまま口にした。
「なんだ、それは。ルフィナ様が言ったのは、最古の魔塔のことか?俺だって、あの魔塔じゃ死にかけてる。それなのに、あの方はなんて言い草だ」
微妙に自分が言い換えてしまったかもしれないところに、シェルダンが腹を立ててしまう。
多分、言葉尻からして、気に障ったのは『平然と』の部分だろうか。確かに『平然と』とは言われてなかったかもしれない。
(ルフィナ様、ごめんなさい)
きっと後で文句を言われるのはルフィナだ。エレインは心の中で上司に詫びた。
「でも、なんでダメなんですか?」
話が逸れそうなのでエレインは重ねて尋ねる。
「陛下やアンス侯爵からは立場のことを言われたが、俺自身の考えはまた別だ」
シェルダンが仏頂面のまま切り出した。
「魔塔攻略は失敗すれば瘴気を増す。着手したら失敗出来ない戦いだ。だが、聖騎士セニア様のように、常に最良の面子で臨めないこともある。そういう時への備えが必要だ」
また長くなりそうだ。エレインは頑張って話に集中しようとする。
「そして今回の魔塔は、外に出てきた魔物と相対する限り、そう手強くもなさそうだ」
つまり、自分やバーンズのような後進を育てたいという話なのだろう。それをするのに、フェルテアの魔塔はちょうど良いというのが、シェルダンの考えなのだ。
(で、バーンズさんがさらに腕利きになれば、自分はもっと楽出来る、と)
エレインはそう結論づけた。
「でも、それで私とバーンズさんばっかり大変になるのは」
エレインは口をとがらせる。本当は自分など、どうでもいい。いざとなれば後方に控えているだけなのだから。問題はバーンズの方だ。
「あんたらはまだ、大した苦労はしていない」
そこはにべもなくシェルダンが言い放つ。
不満を述べようとエレインはするも、出来なかった。
「忙しい、疲れるとかそういうのじゃない。失敗すれば死ぬ。最悪の場合、失敗しなくても死ぬ。そういうところを、あんたもバーンズもまだくぐってはいない」
体験した人間にしか分からない、重たさのある言葉を続けられたからだ。
「でも」
どこか矛盾した話の気がする。失敗してはならないのなら、最良の人選で行くべきではないのか。
(それか、他国のことだからっていうなら、中途半端なことしないで、無視しちゃえばいいのに)
本当は外交や政治というのは医療にしか興味のない自分には分からない、複雑さがあるのかもしれない。
「あんたには、バーンズがいたほうがいい。仲が進展するとかの話じゃない。ルフィナ様にはゴドヴァン様がいて、がっちり守っていたから、ルフィナ様は治療に専念できていた実績がある。あんたにも、そういう人間は必要だ」
これがシェルダンのしたかった話らしい。
「バーンズさんに守ってもらえってことですか?」
当然、いざバーンズが負傷すれば自分も全力で助けるだろう。
「長くなったが、つまり、そういうことだ」
真顔でシェルダンが頷いた。
(本当に長い。で、きちんと本題は言うんだ)
エレインは最早、話すということにすら疲労を覚えていた。
「すまんな、後はバーンズと予定通り仲良くしてくれていればいい。奴は応接室だ。案内させる」
シェルダンが手を叩く。
全身甲冑姿の男が中に入ってくる。
(なんで、この人、鎧なの?)
エレインは思いつつ、今の自分にバーンズと対話する余力があるのか、危惧するのであった。




