7 聖女追放宣言
バーンズら第6分隊は交代で聖女クラリスの警護に当たっている。
(本当、便利に使うよな。皇城の中なのに、俺等の警護って必要なのかな?)
ただ聖女クラリスと護衛剣士シャットンの客間が並ぶ廊下に座っているだけだ。
だが他ならぬシェルダンが『他の者には任せられないのだ』と言う。来訪自体は隠されているものの、フェルテア大公国側も探っているだろうから気をつけろとのこと。
一応、客人という扱いでもあり、聖女クラリス本人は皇帝シオンとの謁見を正式に済ませているのだった。
(これから、どうするつもりなんだろう、聖女様は)
流石にバーンズも聖女クラリスの今後について考えさせられてしまう。実に微妙な立場だろうと容易に想像がつく。
「いつになったら、俺らは通常の仕事に戻れるんですかね」
部下のマキニスがぼやく。
自分は毎日固定で、後は2名ずつ3組交代で警護に当たることとしていた。今日はマキニスとジェニングスである。ジェニングスも欠伸が絶えず退屈そうだ。
(3名ずつじゃ、本気でシャットンって人に暴れられたら殺されそうな気もするけど)
そもそもが7人しかいないのである。
シェルダンと同じ灰色の髪であり、旧アスロック王国の出身だという。
「気を抜くなよ。アスロックの人は容赦がない」
バーンズは声を落として、マキニスをたしなめる。
野営では重宝する部下なのだが、剣技、戦闘では手練れ相手には心許ない。父親が治療院の職員であり、本人は薬草や応急処置に詳しいのだった。
「骨とか砕くって、あの噂ですか?」
震え上がってマキニスが言う。
敵や盗賊から『聞き取り』をする時に総隊長のシェルダンが行っていたという噂だ。
「実際、アスロックじゃ行われてたらしいぞ。ラッド大隊長も言ってたから間違いがない。当時はかなりアスロックの正規軍人は苦労してたらしい」
バーンズはラッドとの会話も思い出して告げる。
「隊長が残酷だからですか?」
シェルダンが聞いたら怒りそうなことをマキニスが言う。
「違う。盗賊の数が軍人の数に対して多すぎた、って。魔塔の魔物も酷い状況だったからだってさ」
バーンズはシェルダンの名誉のためにも説明しておくのだった。
まだたかだか5年前のことでしかない。アスロック王国に近い領土などには旧アスロック王国の軍人も多いので目新しい話でもないだろう。
第1ファルマー軍団のいる皇都グルーンより以西には、アスロック王国出身者の軍人が少ないというだけのことである。
「そうなんですね」
なかなか実感の湧かない顔でマキニスが曖昧に頷く。
「俺もルベントでシェルダン隊長の下についたときは、自分もやらされるって怯えてたんだけどな」
バーンズも当時を思い出して苦笑するのだった。デレクのしごきと相まって、本気で即座に退役しようかと、当時は悩んだものだ。
「軍人はそのとおりだが俺は違う」
隣室の扉が中から開いてシャットンが姿をあらわす。全て聞かれていたのだった。
マキニスがきまり悪そうにする。
「それに聖女様を庇護して頂いている。無用な争いを起こすのはこちらが損だ。始終、軍人が廊下にいるので、聖女様は緊張されてしまっているがな」
更に硬い声で言われてしまうのだった。何か誤解があるようだ。
「我々の任務も聖女様の守りだと思って勤めているつもりですが?」
冷静にバーンズは告げる。
騎馬に追われていたのであった。これは聖女クラリスの見張りではなく、フェルテア大公国側からの過激な行為を防止するためのものなのだ。
「だから俺も和やかに話をしているつもりだよ」
やはりムスッとした硬い表情のままシャットンが言う。和やかとは程遠いのだった。
「失敗してますよ」
初めてバーンズはここで笑顔を見せた。
本当に大失敗なのである。鏡を見せてやりたいぐらいだ。
自分の他意のない笑みにシャットンがようやくぎこちない笑顔を作った。
「祖国のことをつい思い出してしまうんだ。俺は当時、割と中心に近いところにいたから。5年も経つのにまだ引きずっている。聖女クラリス様にも、どうもご心配をかけてしまっているようだ」
自嘲気味にシャットンが言う。
確かに始終ピリピリしているシャットンと一緒では心配にもなるかもしれない。真面目で実直なシャットンの人柄と聖女クラリスの人の良さが伝わってくる言葉だった。
「5年しか経ってないんですよ。あなたにはまだ」
いたわるような気持ちでバーンズは告げた。
マキニスとジェニングスの部下2人の神妙な顔は無視する。
祖国が滅びるという心境は想像するしか無いことだった。
(シェルダン隊長とかラッドさんみたいな人もいるけどさ)
あの2人が祖国について感傷的になっている姿もまた見たことがなかった。
「確かに。物は言いようだ」
やはりシャットンの笑顔はぎこちない、と思う。
「聖女様もあなたも、こちらの都合で出入りを制限させて頂いているので気が滅入るのでしょう?」
バーンズは丁重に尋ねる。
「安全のためだと理解しているし、それに」
シャットンが少し言葉を切った。
「今度は俺があなたの話し方を硬いと指摘する番だ」
思わぬことを言われた。
「俺は敬っているが、突き詰めればドレシア帝国にとって、フェルテア大公国の聖女様というのは貴族でもない一般人だ。だからその護衛の俺も大した身分ではない。そして、俺とあなたは同年だったな?確か21歳だったと思うが」
どこまでも真面目な言い方にバーンズはとうとう笑い出しそうになってしまった。
「シャットン殿、口調を崩して俺、お前で話したいと言うならそう仰ってくださいよ」
一生懸命に自身を納得させようとするかのような言い方であった。これにはマキニスとジェニングスも笑顔を浮かべてしまう。
「いや、そうなんだが。何年もこんな話はしていなくて」
シャットンがきまり悪そうにする。
本当に口調を崩していいのか。自分たちに親しみなど示してよいのか、確信が持てないでいるようだ。
「本当に嫌な想定が当たれば、連携する必要もありますよ」
バーンズは助け舟のつもりで告げる。
なんとなく上司のシェルダンよりも親しみの持てる相手だった。根っこのところに人の良さがシャットンも見え隠れしてあるからだ。
「そうだな、そういう名分がちゃんとあると思うことにするよ」
話をしたことで多少シャットンには気を許して貰えたのかもしれない。幾分、柔らかな笑みを浮かべて部屋に退がっていった。
だが、翌日、事態が急変した。
ビルモラクとヘイウッドの2人と警護にあたっていたところ、皇帝シオンに第1ファルマー軍団全体の指揮官アンス侯爵、シェルダンもやってきたかと思うと、聖女クラリスの部屋へノックして入っていく。
とても深刻そうな顔をしていたことがバーンズの気にかかる。
「そんなっ!なんてことっ!」
聖女クラリスの悲鳴のような叫び声が聞こえてきた。
「何事だっ!」
シャットンが飛び出してくる。
剣を手に殺気を放っていた。
「シャットン殿、何か重大な話が上からあったようです」
バーンズは両掌をシャットンに向けて告げる。詳細は自分にもわからないのだ。
「何か不埒を、聖女様に為したなら許さん」
今にも剣を抜きそうな構えだ。冷や汗を浮かべながらバーンズはどう収めたものかと思考を巡らせる。
「それはしてないが、考えようによってはもっと悪い」
無表情なシェルダンだけが中から出てきた。
「どういうことだ?」
シャットンがシェルダンを睨む。
無論、気にするシェルダンではない。
「フェルテア大公国のミュデス公子が父の名で聖女クラリスを永久追放し、ラミアとか言う女を次の聖女に据えると改めて宣言した。結果、その翌日、フェルテア大公国の南部に魔塔が立った」
端的にまとめられたシェルダンの説明に、バーンズもシャットンも絶句するのであった。




