62 打ち合わせ2
(本当に俺を、便利に使うんだからさ)
シェルダン自身が、昔、自分のしていたような仕事をアンス侯爵にさせてもらえなくなった。代わりにバーンズに特命という形でさせているのである。
高く買われている、という意味では嬉しい。ただし仕事は分隊長に過ぎないのに忙しい。
「あれ?バーンズさんだけ別行動?」
場を離れようとした自分に、目ざとく気付いてエレインが近寄ってくる。
「ええ、シェルダン総隊長のところへ、報告にいかないと」
微笑んで、バーンズは言う。
「他の分隊長さんなんかは、戻って来ても総隊長さんには報告してないのに?」
すかさずエレインが指摘してくる。口調とは裏腹に鋭いのであった。
「いやぁー、ははは」
誤魔化しづらくてバーンズは苦笑いである。こういうとき、上司のシェルダンであれば、すらすらと嘘をつく。
だが、明らかに怪しまれている。エレインがじぃっと自分の顔を見つめてからためいきをついた。
「気をつけてくださいね。シェルダンって人、ルフィナ様も曲者だって仰ってたから」
結局、エレインの中では心配が勝ってくれたらしい。追及する代わりに、注意喚起してもらえた。
「ええ、分かってますよ、十分に」
問題は大抵の場合、その場の注意では既に手遅れなぐらい、手配を済まされていることがほとんどなのであった。
バーンズは言葉に出したいものを呑み込んで、一人、本営へと向かう。
(魔塔上層の話、なかなか出来ないな)
本当に自分とエレインが上がらされる、などということがあるのだろうか。
とりとめもなく考える内、シェルダンの嫌いな、シェルダン用の天幕に至る。
来る旨はもともと取り決めてあるから、バーンズは無言で挨拶も断りもなく、天幕へと入った。
「来たな」
正面に立っていたシェルダンが薄暗い中、ニヤリと笑う。ラッドとデレクもシェルダンの脇に控えていた。
困ったことにシェルダンの機嫌が良さそうだ。自分が顔を顰めると、ラッドとデレクも苦笑いである。
(隊長が上機嫌で笑うとロクなことがない)
シェルダンの部下をしたことのある人間の、共通認識だ。
気心のしれた、4人しかいない。気を使う必要も、シェルダンにとっては無いのだろう。
「次で仕上げる」
シェルダンがやはり上機嫌で切り出した。悪巧みが上手く進んでいると、昔からひどく機嫌が良くなる。悪巧みの職人なのだ。バーンズはそう思っている。
「こんな手間を掛けなくても、俺等でこっそり忍び込んで、闇討ちしてやりゃ良かったんじゃねぇですか?相手をちと調べてみたら、いけそうでしたよ」
デレクが腕組みして言う。鎧をその身に纏い、兜だけは外している。戦闘中は完全防御の重装歩兵姿となるのだった。
(今のデレクさんがそう言うなら、きっと本当に出来そうなんだろうな)
なんとなくバーンズは思う。
昔と変わったのは、本当に調べたうえで、一見無茶なことを提案しているところだ。
(たしかに、この3人なら出来そうだ)
自分はしたくないので、その面子からはバーンズは自身を除外した。
「デレク、それは最後の手段だ。落ち度を作って、貶めてやった方がいい。本当はもっと、いろいろ屈辱的な手も考えていたんだが」
シェルダンが机上に広げた地図に視線を移して告げた。
「おまけに、お前の腕力前提の作戦なのに、その鎧がうるさくて隠密行動が出来ないと来てる」
さらにシェルダンが笑って告げる。
「さすがに忍び込みをやる時は、鎧は脱ぎますよ」
闊達に笑って、デレクも返した。昔の腕力だけの男ではない。複雑なシェルダンの副官なのである。
「デレクの案は、これがしくじったら、の話でいいさ。シェルダンの思う通りにしてると、ややこしくなって挙げ句に話が進まない。ま、総隊長の仰るとおりに俺らはするんだけどな」
間に入って、ラッドがまとめた。
「そもそも分不相応に、こんな立場にいるのがおかしいんだ。絶対に寿命が縮んでる」
顰め面でシェルダンが言う。
「お前なんか100年経っても死にゃしねぇよ」
ここでラッドが大爆笑だ。
デレクも大笑いをし、バーンズも釣られて吹き出した。
(この3人はいいよなぁ)
直情的なことをデレクが言い、隊長のシェルダンは慎重過ぎる。そこをラッドが間に入って調整するのだった。
(今の立ち位置でも、また1個分隊に戻っても、楽しくしぶとくやってそう)
バーンズは自身も笑いつつ3人を眺めていた。
「お前は笑ってる場合じゃないぞ、バーンズ」
シェルダンのお怒りが自分に向けられた。
「盗賊の捕縛と聞き取りはお前がやるんだから」
さらりとまた、シェルダンが難事を押し付けてきた。
捕縛はともかく、『聞き取り』は嫌だ。つまりは拷問と尋問である。おそらく顔にも出たのだろう。
「大丈夫。フェルテアの腐った軍人だ。穴を掘って埋めてやればいい。腕を数本折って、放置していれば勝手にミュデスの仕業だ、と吐くようになるだろう」
何が『大丈夫』なのかさっぱり分からない。
他国の、腐った人材を送り込んで来る手配の力も尋常ではない。だが、感心するよりも『聞き取り』への嫌悪感が勝る。
「本当は俺が自分でやりたいんだが。これも経験だ。お前に譲る」
どうやら、また多分に漏れず自分を育てようという意図の一環ではあるらしい。
(本当に譲ってやるって、そういう気持ちなんだろうから、怖い)
盗賊や腐敗した軍人には異様な厳しさと残酷さを見せる。これは昔から変わらない。
(許せないんだろうな)
穏当なラッドですら、そこはシェルダンと変わらないのだ。腐敗した軍人の存在そのものが、旧アスロック王国のまともな軍人にとっては、許し難い存在なのだろう。
デレクですら、そこには立ち入れない、という姿勢を示すことが多い。
「あれは、隊長以外にゃ無理ですよ。穴掘り以外にもいろいろやってるじゃねえですか」
呆れた笑顔を浮かべて、生え抜き生粋のドレシア帝国人のデレクが口添えを始めてくれた。
「そもそも『聞き取り』が要りますかね?下っ端とはいえ、ミュデスとやらに賄賂使って、名前だけ軍人にしてもらった連中でしょう?」
更にデレクがシェルダンに申し向けてくれる。もともとデレク本人も『聞き取り』を嫌っているらしい。
「そんな軍人を舐めたような連中には思い知らせてやったほうがいい」
険しい表情でシェルダンが返す。
「同感だな。らしくねぇぜ、デレク。新兵は容赦なく責めあげるのに、敵の愚図に同情して、バーンズに甘いんじゃな」
唇の端を吊り上げてラッドも言う。
つかの間、デレクとラッドが睨み合った。
(2人とも怖いって)
バーンズとしては、早く立ち去りたいほどだった。
「俺が部下をしごくのは、奴らに生き延びてほしいからだ。どうでもいい奴らは、心底どうでもいい。隊長やお前の『聞き取り』は正直、特殊技能だ。教えて覚えられるもんじゃねぇよ。心をかなり削られる。俺が見るに、バーンズのいいところが死ぬな」
肩をすくめてデレクが真摯に告げる。
3人のうち旧アスロック王国的に過激なシェルダンとラッドを止められるのはデレクだけなのであった。性格的に拷問を嫌っているようだ。毒の罠などを使うことにも否定的である。シェルダンとラッドは好んで使うのだが。
「分かった、分かった。『聞き取り』は俺とラッドでやる。今回、聞かれて同じ事しか言えない捕虜が必要なのは、もう確定なんでな」
シェルダンが苦笑いだ。さすがにバーンズに何でも自分と同じことをさせようとしすぎた、そう気付いたように見える。
「俺は、バーンズも『聞き取り』を出来たほうが良いと思うがなぁ」
ラッドが少し不平を言う。
「昔のアスロックほど、ここは辛くない。それだけのことだろう」
シェルダンがさらに苦笑いして言い、方針が確定したのであった。




