6 報告
シェルダンは皇都グルーンにある皇城を報告のため訪れていた。報告すべき相手は先日、即位したばかりの皇帝シオンである。
既に聖女クラリスの保護から5日が経過しており、保護した事自体は伝令を送り伝えてあった。
「失礼いたします、第1ファルマー軍団軽装歩兵連隊総隊長シェルダン・ビーズリーです」
シェルダンは名乗り、皇帝シオンの執務室の扉をノックする。
「入ってくれ」
了承されたので扉を開ける。
細い、怖い、鋭いの三拍子揃った皇帝シオンであるが、多忙であり、本来ならば気軽に会える相手ではなかった。
「よくやってくれた、さすがだ」
皇帝シオンが手放しで褒めてくれる。
その右手側には従者のペイドランが立っていた。真面目くさった顔を作っていて、目が合うと頭をぴょこんと下げてくる。
もう21歳になる元部下なのだが、どこか所作に愛嬌があるのだった。
「魔塔を立てさせるわけにはいきませんから」
褒められたところでまったく嬉しくない。シェルダンは返すに留めておいた。
まして、この執務室にはシオンとペイドラン以外の相手もいるのである。
「手柄は手柄だ。また1つ、上手くやったではないか、んん?」
くっくっ、と笑ってギョロ目の上司が楽しそうに告げる。自分が何かを仕上げてきたのを見つけると喜んで褒めようとするのだ。
「部下の手柄ですよ。私ではありません」
シェルダンはうそぶく。実際に上手く他国へ潜入して騎兵を殲滅し、聖女クラリスを保護してきたのはバーンズたち第6分隊であった。部下の手柄を奪うほど落ちぶれてはいないのである。
「そもそも聖女の重要性やフェルテア大公国の動きを読んでいたのは貴様ではないか。んん?」
アンス侯爵が指摘してくる。
着眼したことを褒めようと言うらしい。
「誰の手柄かはとりあえずいい。他国とは言え、いや、他国だからこそ、魔塔が立つのは一大事だ。本当によくやってくれた」
シオンが自分とアンス侯爵の不毛なやり取りを断ち切って口を挟む。有り難い助け舟ではあった。
口振りからしてシオンもまた聖女の捕縛と処刑を防げた以上、フェルテア大公国における魔塔出現の可能性は減ったと見ているらしい。
「今のところ、フェルテア大公国内に魔塔出現の情報は無い」
シオンが更に加えて告げた。
なんとなくホッとさせられる情報ではある。
(また、魔塔に上るなんて御免だからな)
なんとなくペイドランの方を見てしまう。
ペイドランも自分の方を見ていたのだが、目が合うと首を傾げる。かつて自分もペイドランも3本ずつ魔塔には登っているのだった。
「それは何よりです」
シェルダンは素直に頷くこととした。
「兄上っ!シェルダンが来ているのですかっ?」
赤いローブの若者が飛び込んできた。
「クリフォード、お前も子供ではないのだから落ち着きなさい」
呆れ顔で皇帝シオンが異母弟をたしなめる。
赤いローブを身に纏う皇弟にして炎魔術の達人クリフォードであった。ドレシアの魔塔を皮切りに全ての魔塔上層攻略に帯同している。聖騎士セニア、ゴドヴァン騎士団長、治療院院長ルフィナにペイドランと並んで『魔塔の勇者』などと呼称されていた。妻は聖騎士セニアである。
「殿下、ノック無しは無礼で駄目です」
少し礼儀を覚えたペイドランにまで叱られている。
「良いではないですか。久しぶりに戦友と会っているのですから」
クリフォードが実に一方的な『戦友』宣言をしてきた。
魔塔攻略で何度か共闘しただけの仲である。
(ゴドヴァン様達ともなればまた別だが)
同じアスロック王国の出身にして最古の魔塔にたった4人で上った仲間である。今は亡き先代聖騎士レナートととの思い出を共有する間柄でもあった。
「シェルダン、今度はセニア殿とも会ってくれ。きっと喜ぶから」
クリフォードが自分の気も知らずに言う。
喜ばれ過ぎそうだからあえて会わないのである。無邪気な顔で何を言い出すのか。夫婦ともども知れたものではない。
「今は、お忙しい時期だったはず、と心得ますが?」
シェルダンはつれなく応じて、話もついでに逸らしてやった。
「あぁ、そうなんだ。その、身重なんだ、我妻セニアは」
ゴシップ誌や新聞で国中に知れ渡っている事実をとても照れ臭そうにクリフォードが打ち明ける。
(世間の情勢が分からないのは無理もないか)
シェルダンの知る限りクリフォード自身は魔導研究に打ち込んでいるのだそうだ。魔塔攻略での経験を基礎として、大規模連結魔術の確立や詠唱の短縮についての見直しをしている。専門書も若くして既に数冊出しているのだそうだ。
「おめでとうございます」
初めてシェルダンは微笑んでみせた。
次代の聖騎士の血筋を喜ぶ気持ちぐらいは自分も持ち合わせている。
(つまり、レナート様のお孫に当たるわけだからな)
シェルダンとしても素直に喜ばしく思うのだった。
「ありがとう、シェルダン。ぜひ名付け親に」
今度はまた違った角度でのおかしなことをクリフォードが告げる。ペイドランとアンス侯爵がププッと吹き出していた。
「なぜ私なのですか?もっとふさわしい人がいくらでもいるでしょう?」
いかに燃やしたがりとはいえ、皇弟である。貴族との繋がりもあるだろう。名付け親など有力な貴族から選べばいいのだ。
「いや、シェルダンしか考えられない。私も我妻セニアも君がいなければどうなっていたか」
真摯な口調でクリフォードが言い募ってくる。
だがさすがにあまりにも畏れ多い。シェルダンは首を横に振って断るのだった。
(しかし、クリフォード様も25歳、セニア様も23歳で母親になろうとしている)
変われば変わるものだ、とシェルダンは染み染みと思うのだった。
「身分のことを言っておるのなら」
アンス侯爵が余計な口を挟んできた。
第1ファルマー軍団の軽装歩兵連隊全体の総隊長となったことで爵位と領土まで授かってしまったのである。今は子爵ということであり、カティアも子爵夫人となってしまった。
父のレイダンからは当然のお叱りを身分の話となる度に受けるのだが。
(カティアの実家を再興したようなものだからな)
ビーズリー家ではなく、やがてルンカーク家となる、とのことでようやく勘弁してもらえたのであった。シェルダン自身もビーズリー家は軽装歩兵の家系であるべきと思う。
もはや軽装歩兵としては上がりようのないところまで来てしまった。
「これ以上、上は無いでしょう、まったく」
シェルダンは思わず真顔で指摘するのだった。幾ら身分を上げようとも軽装歩兵でなくなるのだけは断固拒否である。
「ふっふっふっ」
なんとも嫌な笑みをアンス侯爵が浮かべる。もう50歳を超えているのだった。考えていることはこの5年でますます分かるようにはなっている。
「繰り返しますが、閣下。よくやったとおっしゃるなら、今回の件ではうちのバーンズ達を褒めてやってください」
シェルダンは心の底から告げるのだった。
「ほうっ、また面白い若手を見つけてきたのか」
アンス侯爵の興味が逸れた。
かつての自分と同じ立場の若者である。バーンズについては、つい、いろいろと助言もしたくなるのだ。
(俺もアンス侯爵がもう魔塔攻略へは向かわせてくれないだろうが)
騎士団長ゴドヴァンが上がることについても否定的だった。一度、酒を飲みながら話していると、やはり立場や役割として違うだろうと言うのである。
(兵士や戦士のするべき、個人のするような仕事は、相応の立場の人間は、逆にしてはならないのだ、と)
立場が上の人間は人間できちんと主義や考え方があるのだ、と学ばせて貰えたのだった。
「もとからの部下です。なかなかの腕利きに育ってくれました」
手放しで告げてしまうあたり、自分も明るい場の雰囲気に気抜けしているのかもしれない。
シェルダンは仲良く兄弟で話を始めたシオンとクリフォードを見て、思うのであった。