57 偽装・第2回2
翌日、エレインは陽の光を感知すると同時に目を覚ました。いつもどおりのことではある。自分は朝に強いのだ。
(まだ、お仕事まで、全然、余裕)
素早く身繕いを整えて、エレインはミルラを起こさないよう、そっと外に出る。
朝、起きるたらすぐに、どこであろうと散策をすることとしていた。宿直をしていたと思しき兵士ともすれ違う。
恭しく頭を下げられるだけだった。
なんとなく武器庫の近くに出る。
(武器とか兵糧とか、倉庫の近くならまた盗賊出るかも)
エレインとしては一応の、漠然とした思惑があるのだった。
「あっ!」
だが、思惑が違う形で満たされ、エレインは声を上げた。
角から出てきたバーンズと出くわしたのである。
「エレイン殿」
バーンズが嬉しそうな顔をする。自分と会えたことを素直に喜んでくれているのだ。
(もうっ、それなら素直に会いに来てくれればいいのに)
エレインは愛おしく思いつつ不満も抱く。
いつもどこにいるか不確かなバーンズに対し、自分は決まった場所にいるのだから。
「おはようございます」
ペコリとエレインは頭を下げる。まずは朝の挨拶からだ。
「おはようございます」
バーンズも頭を下げる。相手が顔を上げて、それでもエレインは嬉しくて微笑みあった。
「どうしたんですか?こんなところで」
心底、意外そうにバーンズが尋ねてくる。
確かに治癒術士と武器庫だから、相容れぬ存在に見えるだろう。
「内緒で秘密です」
にっこりと笑ってエレインは告げる。
悪巧みをしているので、それはさすがに叱られそうな気がした。
バーンズも察したのか、苦笑いである。
「バーンズさんは?いつも陣営の外に出てばっかりなのに」
エレインは頬を膨らませて言う。
「部下の武器で少し、試しをしてみたいことがあって」
子供っぽい自分の仕草を前に、バーンズが困った顔で答えた。ルフィナからはよく、頬をふくらませると叱責される。もう19歳だろうと言われるのだ。
「お互いに、忙しいですね」
さらに加えてバーンズが言う。
「バーンズさんは、その方がいいんじゃ?ずっとお仕事中だからって、お話もしてくれないどころか、会いにも来てくれませんし」
とうとうエレインは露骨に可愛くないことを言ってしまうのだった。
「そんなことはありません。この戦が終われば、きっと」
バーンズが少し、言葉を切った。不自然なくらいに暗い陰りがその端正な顔を過ぎる。
「あの、どうかしました?」
エレインは首を傾げてしまう。『終わればきっとたくさん遊べます』と言ってもらうだけのところかと思っていたのだ。
「いえ」
バーンズが答えようと口を開いた時、つんざくように警笛の音が響く。
咄嗟にエレインは身をすくませてしまう。
次の瞬間にはバーンズに抱き寄せられていた。
「あっ」
自分の身を真っ先に案じてくれたのだ。
硬い筋肉質の体を身を寄せつつ、エレインはバーンズの気持ちを喜ぶ。
「俺の愚か者のたわけ」
バーンズが密かに毒づく。
さりげなく自分をどこかへ連れて行こうとする。
「どうしたんですか?ていうか、何事?」
エレインは歩きながら尋ねた。
腕の間から周囲を窺うに、皆、フェルテア大公国側を警戒している。この周辺は安全なのではないか。
(そりゃ、そうよね。襲われるなら、魔塔の魔物か、フェルテアの軍隊か盗賊だもん。全部、来るとしたらフェルテアの方からだもん)
今、自分たちのいる武器庫はドレシア帝国側に据えられている。比較的、安全な場所のはずだ。
「何かあるとすれば、兵糧庫に武器庫、各種倉庫が一番、危ないですから」
バーンズが優しく微笑んで告げる。
(なんか変)
エレインは直感する。
本来のバーンズならひたすら自分を心配してくれそうなものだ。少し、落ち着きすぎてはいないか。
「でも、皆、逆側を気にしてますよ?」
エレインは腕に抱かれたまま指摘する。
「軍としてはそうですが、個人としてはエレイン殿の安全が一番、大事です」
ここは極めて真面目に、キリッとした表情で言い切られた。
「はい」
エレインは赤面して俯いてしまう。好意をむき出しにされると平静ではいられない。
(でも、誤魔化されない)
少し、武器庫から離れた。同時に自分もバーンズから身を離す。いい加減、照れ臭くてしょうがない。
「あっ」
エレインは思わず声を上げた。
武器庫に白い甲冑姿の一団が押し入っていく。
ガチャガチャと音がして、槍やら剣やら、中の物を抱え込んでいる。
盗み出すのに夢中なようで、エレインたちには見向きもしない。
「バーンズさん」
小声でエレインは恋人に声を掛ける。
阻止できないまでも警笛を吹くなりしたほうが良いのではないか。人を呼べば捕らえられるかもしれない。
「し、静かに」
しかしバーンズに制止されてしまう。逆に更に武器庫から離れて、天幕と天幕の陰に隠れた。
安全なのかもしれないが、もう完全に盗っ人たちを見失ってしまう。
(皇城で、刺客の人たちをやっつけたのと、同じ人?)
あの時はデート中の自分をほっぽりだして、聖女を助けに突っ走っていったのだ。
エレインはふと、ムカムカとしてしまう。いけない考え方だとは自分でも分かる。
「どうしました?」
むくれてぷるぷると腕を振るわせる自分の異常に気づき、バーンズが尋ねる。
「今回は、聖女様、いないですもんね。やる気が出ないんですか?」
またしても可愛くない問いを発していると、エレイン自身にも分かる。
「はい?」
バーンズにとっても思わぬ言葉なのだろう。驚いた顔をしている。
「デート、ほっぽりだして、聖女様を助けに行ったじゃないですか」
エレインはそれでもしつこく蒸し返す。
さすがにバーンズの顔色が変わった。怒らせてしまっただろうか。
「陛下のいる皇城への刺客と、武器庫へのこそ泥では、私の焦りようも、それは変わりますよ。あの時の失敗を反省して、今、こうしてるんです」
バーンズが一気にまくしたてる。まだ終わりではなかった。
「私だって、本当は24時間、1年中ずっと、エレイン殿を近くで守りたいんです。それを我慢して」
武器庫の方に目を向けて、バーンズがとんでもない告白をしてくる。
(あ、やっぱり、何か別のことも気にしてる)
何か懸念があるのは、態度で分かる。
(でも、もういいや)
だが、頭の中に思いがなければ、言葉という形で出てくることもない。
自分のしつこい蒸し返しで、バーンズから本音を引きずり出してやったのだ。
「分かりました。じゃ、私も遠慮なく」
エレインは満足して告げると、バーンズに堂々と抱きついた。
「はい?」
再度、バーンズが戸惑う。
「私も、24時間、1年中一緒にいたいから、もう仕事中でも、遠慮なく、会いたくなったら会いに行くし、一緒にいたいだけいます」
エレインは高らかに宣言する。
「あ、いや、あぁ、しまった」
そして、愛の告白を引きずり出されたことに気付いたバーンズが赤面するのであった。




