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続・由緒正しき軽装歩兵  作者: 黒笠


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55/323

55 フェルテアの将軍

 心なしか公国の首都フェリスの空気すら淀んできたように思う。

 ミュデスは執務室の窓から見える景色にため息をつく。空には太陽があって、雲もないというのに、白い壁の家々がどこかくすんで見えるのだ。

「くそっ、一体、どうなっているのだ」

 ミュデスは毒づく。執務室には今、自分以外には誰もいない。

 状況は悪くなる一方だ。何度、軍を送り込んでもまるで戦いにならず、逃げ帰ってくる。

 ノックの音が遠慮がちに響く。

「ミュデス様、ガズス将軍がお見えです」

 従者が声を上げる。名もいちいち覚えてはいない。ただの下働きに過ぎない相手だからだ。

「とっとと通せ、愚図め」

 手頃な小箱を扉に投げつけ、ミュデスは返事をした。

「ガズスです、失礼します」

 野太い声とともに大柄な軍人が執務室に入ってくる。白い鎧を薄青色の騎士服の上から纏っていた。肩幅が広く、身長は自分よりも頭2つ分は高いだろう。

「どうなっているのだ!貴様ら軍人どもはっ!」

 挨拶も抜きに、まるで成果を挙げていない集団の筆頭に、ミュデスは当然の罵声を浴びせた。

 対するガズスが硬い表情を浮かべている。まるで動じていない。

 憎たらしい男なのである。父の大公が取り立てた軍人ではあるが、腕力だけに長じていて、まるで知恵が回らない。

(こんな木偶の坊は1兵卒で十分だったというのに)

 自分が跡を継いだら、真っ先に降格してやろうと思っている人間の一人だ。

「魔塔の第1階層はそこまで酷くありません。鳥のような魔物が主力のようですが、こちらが圧倒して、侵攻していけます」

 滔々とガズスが報告した。ちゃんと形になっている。

 台本でも覚えてから、ここに来ているのだろうか。いつも追及しようとすると、それらしい報告が出来るのだった。武骨でありながら、報告のときの顔は澄ましているのが憎たらしい。

「しかし、第2階層より上は、空気が毒のようになっていて、まるで戦えません。何か、あの毒気に対抗するための工夫が要ります」

 ガズスが他人事のように言う。対策を立てるのはミュデスの仕事だと言わんばかりだ。

 首都の空気すらもどこか息苦しくなっていた。ミュデスはチラリと思う。だが、どうせ木偶の坊の戯言なのだ。

 どうやら、まだ聞いていない来訪の用件は泣き言と言い訳だったらしい。ミュデスが呼び出したわけではないのである。

「そんなものはな、貴様らの気合が足りんのだ。国を救おうという気がないのであろう」

 横を向いてミュデスは断言した。

 自らの責務を果たすため、命を捨ててでも戦い抜くのが軍人というものではないのか。

「あれを吸ってみればいい。動けなくなるというのがどういうことか、分かりましょう」

 ボソッと一言、ガズスが呟く。

 自分が不敬を聞き逃すわけもなかった。

「なんだと貴様っ!私に毒を吸って死ねと申すかっ!なんという不敬なやつ!」

 ミュデスは指さして罵る。

「ミュデス様のこととは申しておりません」

 横を向いてガズスがうそぶく。

 確かにミュデスに吸えとは言っていなかった。歯軋りして怒りを抑える。

 そもそも敗走してきたのだ、という認識はないのだろうか。自分としてはとっとと解任して首を打ちたいぐらいなのだ。

(父が止めるから、まだ生かしておいてやっているが)

 失敗の度、父の大公が必死で庇うのである。

 一応、実権を握っているのは父の大公だ。いかに頼りなくとも、ガズスまで失うわけにはいかないと考えているらしい。

(だが、この国にはもっと、貴族出身で優秀なものが何人もいるというのに)

 自分に金品を寄付し、軍費や国費の足しとしてくれる支持者が多くいる。

 そういう人間には相応の位を与えてミュデスは報いてきた。そういう人間は来たるべく時まで無茶も無理もしない。自分の治世で実力を遺憾なく発揮してくれれば良いと思っていた。

(私の財力は既に国庫をも超えている)

 ミュデスはチラリとガズスを睨む。

「ところで、国境周辺に展開したドレシア帝国軍に、ミュデス様の配下がちょっかいを出している、と良からぬ噂が流れておりますが」

 生意気にもガズスが咎めるように言う。あろうことか、自分に意見するために今日は押しかけてきたらしい。

(ふざけおって)

 ミュデスは怒りに震えた。

 だが、身に覚えがない。そんな指示を出したこともなかった。

(だが、金はあるものの、物資は少ない。誰かが気を回してくれているのだろう)

 ミュデスは思い、自らの人望に満足した。

「貴様には関係ない」

 よって、素っ気なくミュデスは言う。無能に話す口など無いということだ。

「しかし、軍を無断で動かされては困ります」

 しつこくガズスが言い募る。

「くどい。貴様は魔塔のことだけを考えていればいいのだ」

 腹を立ててミュデスは睨みつけた。

 さすがにガズスも自分を見下ろす形で睨み返してくる。

「では、聖女を、聖女クラリスをお戻しください」

 低い声でガズスが進言してきた。

「なんだと?」

 思わぬ言葉にミュデスは我が耳を疑った。

「第2階層より上の毒気。あれは邪悪なものです。対処するには、聖なる力が必要と見ました。聖女クラリスの力が必要です」

 つまりなんの根拠も無く、自分の感覚に過ぎないとガズスが、語るに落ちている。

「愚か者っ!奴を追放したら、呪って魔塔を生み出したのだ。奴が解決策だなどとはありえぬ」

 自分で言っていて、ミュデスは気付いた。

「そうだ。あの女を処刑すれば魔塔は消えるさ。戻すなら戻すで構わん。私の前に連れてこい。嬲りものにしてからこの手で処断してやる」

 その時を想像して、ミュデスは破顔した。

「話になりませんな、失礼します」

 しかし、露骨に呆れを見せて、ガズスが立ち去ろうとする。

「なんだとっ!貴様っ、私を愚弄するのかっ?」

 ミュデスはあまりの屈辱に怒る。

「私を解任したいならどうぞ。しかし、その際には大公閣下とお話ください」

 ガズスが背を向けたまま言い、執務室を後にした。

(くそっ!開き直りよって!父が貴様を死にものぐるいで庇うと分かった上で)

 ガズスを解任しようとすると、『国が私の代で滅びるから止めてくれ』・『やるなら父を先に殺せ』などとみっともないぐらいに懇願するのだ。

(あぁ、むしゃくしゃする。胸糞悪い!)

 ミュデスはしばし思案する。そして思い立って、執務室を自らも後にした。

 城の一角に恋人ラミアの研究室を造営している。魔術の研究に、国のため、打ち込んでいるということだった。

(こういうときは、恋人から慰めを得るに限る)

 ミュデスは気を取り直して、廊下をいそいそと進む。

 ラミアとはまだ男女の仲になれていない。なんだかんだと拒まれてきた。今日は無理にでも、と思う。散々、魔術の研究を、というラミアに資金という形で貢いできたのだから。

「なっ」

 だが、ラミアがいるはずの研究棟に至り、ミュデスは絶句した。

 研究棟はもぬけの殻であり、ただ大穴の空いた外壁が広がるばかりだったからである。ラミア本人も当然のようにいない。

 予想もしなかった光景に、ただミュデスは凍りつくのであった。


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― 新着の感想 ―
ミュデスの元を訪れたガズス。 だがミュデスはガズスを気に入ってはいない。 そんな彼はガズスへ魔塔の話をするもそれなら聖女クラリスを戻せと言われてしまう。 そんな会話に腹を立てたミュデスは癒されようとお…
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