50 部下の教練
3日過ぎてなお、盗賊を捕らえることは出来ずにバーンズは過ごした。陣営の雰囲気は変わらない。シェルダン指揮下にあって、警戒を緩めず魔物との戦いやフェルテアから流れてきた盗賊の殲滅に当たっている。
当番の部隊が規則正しく時間毎に出撃していく。
バーンズは平時とは別のことをつい、考えさせられてしまう。
(俺やエレイン殿が魔塔に上るかもしれない。エレイン殿は知っているのか?)
盗賊探しに身も入らなかった。魔塔攻略を睨んだ上での偽装に過ぎない。盗賊など捕まるわけもなくて、バーンズの思考も先走る。つまりは魔塔攻略だ。
(フェルテアにやらせるって言っておいて、矛盾してるじゃないか)
複雑な思いを抱きつつ、それでもバーンズは通常の軍務に打ち込むしかなかった。部下がいるのである。
陣営周辺を警邏すれば、フェルテア公国から流れてきた魔物とすぐにぶつかるのだった。パキケンガンほどの大物には出会さないが、レッドネック程度であれば、何度も戦っている。
「隊長」
今日も魔獣との戦いに打って出ようというところ、ジェニングスが声をかけてきた。
他の面々も装備の状態や所持品に漏れが無いかの確認に忙しくしている。そういう隙を縫って話しかけてくるのがジェニングスなのであった。
「どうした?」
一人で黙っていると、つい考え込んでしまう。話しかけられるのはバーンズは大歓迎だった。
「ピーターのことなんですが」
思わぬ名前をジェニングスが持ち出してきた。
第6分隊最年少の大人しく小柄な少年兵士である。ジェニングス自身がよく面倒を見ていて、なんとかついてきている、というバーンズは印象だ。
出撃がなければ、ジェニングスが木剣で稽古をつけている姿もよく目にした。
「何か問題があるのか?」
真剣な口調でバーンズは尋ねる。副官のマイルズ以外が隊員の様子を話題に上げるのは珍しい。
(借金、女性問題、他の隊との揉め事?あとなんだ?何があるかな)
起こっていそうな問題を脳内でバーンズは列挙する。だが、今も大人しく装備の確認をしているピーターには縁遠いものに思えてならない。
「いや、むしろ逆で。良い話で。あいつ、思ったより腕力があるんですよ。チビだけど。力比べだけなら一番、この隊で強い」
腕組みしてジェニングスが言う。
予想外の評価ではあった。確かにピーターについて、体力が思っていたよりも遥かにある、と思わされることが多い。
(だが、分隊で、一番?しかもジェニングスが俺にわざわざ報告するほどだと?)
バーンズは純粋に驚いていた。
「だから、片手剣じゃなくて、両手持ちの剣を扱わせてみたらどうかなって。両刃のやつですよ。あれなら、この陣地にもまだ備蓄があるだろうし」
どんどんとジェニングスの思考が先を行く。
面倒見が良いのであった。
(剣技にはこだわりのあるジェニングスだから、そういう考えになったんだろうな)
なんとなくバーンズは思うのだった。
遠くにエレインも見える。神妙な顔で負傷者に回復光の魔術をかけていた。
気にかけたくなるのをバーンズはこらえる。
「ピーターの奴にだけ、皆と違う得物を使わせるのか?」
小柄で力が強いとなると、どうしてもシェルダンの腹心デレクを連想してしまう。
(あの人には未だに勝てない。場合によっちゃシェルダン隊長より強いかもしれない。魔塔にまで、ついていったらしいし)
豪快に棒付き棘付き鉄球を振り回す膂力と技術は、他の誰にも真似できないものだ。おとなしいピーターがあの域に達しているとは、バーンズには思えなかった。
「あまり長くないほうが良いと思うんですよ。あいつの、小さい分、小回りが利くところを活かしたいんで」
ジェニングスが更に自身の考えを説明する。あくまで分隊の中でどう活かすかなのだった。
かつての第7分隊のデレクと、この第6分隊のピーターとは別なのだ。
「ピーター本人はなんて言ってるんだ?本人にやる気がないなら、俺達が何をここで話してもだめだろう」
バーンズは苦笑いだった。つい本人をそっちのけで自分も話に乗りかけたのである。同罪だ。
「そりゃまだです。でも、あいつ、意外と向上心があるから、前向きだと思いますよ」
肩をすくめて、ジェニングスが言う。
「逆に本人が良くっても隊長が駄目なら駄目ですしね」
礼儀としては上官であるバーンズよりピーターとよく話を詰めておくべきではあるが。同い年で日頃の付き合いもある。ジェニングスにとっては自分のほうが話しやすかったのだろう。
「両手で武器を使わせるっていうのが肝なんだな」
バーンズは念を押す。ピーターに見るべきものがある。そして先輩の分隊員が見逃さずに自分へ報告してきた。
真面目に訓練を積んできた賜物ではあるのだろう。
「結構、いい考えなんじゃないかと思うんですよ、俺は。一人でも、少しでも強くなれば、それが分隊の戦力向上じゃないですか」
ジェニングスが大真面目に言う。
分隊の誰が強くて、また、どうすれば、より強くなれるのかを考えるのが本人は本当に楽しいらしい。
マキニスを交えて3人で飲む時も隙あらば、そういう話になる。
「考え方としては俺も間違ってないと思う。いや、むしろ俺が率先して考えることだな」
バーンズは若干の反省を込めて告げる。
シェルダンから告げられた魔塔攻略の件で気持ちが入らない、というところがあった。
「いつも考えてるじゃないですか。飲むたんびに、武器やら戦術の話ばかりしてますよ、俺達は」
ジェニングスが闊達に笑うのであった。
「俺も久しぶりに手合わせをしてやるかな」
笑ってバーンズは告げた。もう、ジェニングスと話してばかりいても進展しない。
自分が結論を出すためだけではなく、良い気分転換にもなるだろう。
「いいですね。久しぶりに見てやってくださいよ。あいつも腕を上げてますよ」
ジェニングスも笑って頷く。
思えば、皇都にいたころにはしょっちゅう分隊員たちの腕前を確認していたものだった。
聖女クラリスの件から始まって自分も平常ではいられなかったのかもしれない。
(まだ定かではないことに気を取られてどうする)
バーンズは自らに言い聞かせるのであった。




