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43 上司と父親と2

 アンス侯爵にとっても、シェルダン・ビーズリーに神聖魔術の指導まで本当に出来るのかどうか、はぜひ知りたいことだった。

(今後、奴に何をどこまでしてもらうのか。わしが考えてやらねばならん)

 本人に尋ねたところで、アンス自身も正確な答えは貰えないだろう。無論、知ったところでアンスの場合、周りに知らしめることはない。

「ええ。何やら資料をまとめてましたわ。とっても楽しそうに。息子のウェイドも法力が強いとかで。お義父様と一緒になって」

 カティアがため息をついて言う。

 息子の法力が強いということですら、アンスには初耳である。

(息子の方針では、若干、食い違っておるからな。この2人は)

 さすがに息子のことではカティアの方がシェルダンに譲るだろう、とアンスは読んでいた。長女もいるのである。ビーズリー家の貴重な流儀を継ぐ人間も必要であり、男児でないと軍人の家系である以上、難しい。

「わしは今日、その、お義父様とやらに会いに来たのだ」

 アンスははっきりと言い切った。

 カティアの義父、つまりはシェルダンの実父である。

「息子のウェイドと一緒に離れにいますわ。あの子ったら、よく泣かされるのに、懐いているのですよ」

 心底、意外そうな顔でカティアが言う。おそらくは3歳にして早くも祖父から軽装歩兵についての薫陶を受け始めているのだ。

(シェルダンの能力を思えば、意外ではないな)

 ある程度、成人に近くなってからの訓練で身につく技量ではなかった。判断力や思考能力もだ。

「男の子とは、そういうものだ」

 笑ってアンスは告げて、カティアの前から教えられた離れへと向かう。

 ビーズリー屋敷には離れが2つあり、それぞれにカティアの実家とシェルダンの実家とが暮らしているのだった。

 平屋建ての一軒家であり、アンスが訪れると、ちょうど祖父の膝に抱っこされて書見をしている幼児がいる。幼児がウェイド、祖父のほうがレイダン・ビーズリーだろう。祖父も孫も、シェルダンと同じ灰色の髪をしている。

「おや」

 シェルダンの父親レイダン・ビーズリーがアンスに気づいて顔を顰めた。自分が誰だか分かっているのだ。年齢はもう50歳に近いだろうが、現役でも通じそうな、引き締まった身体つきをしている。

「お初にお目にかかります。どちらの貴族様ですか?このようなあばら家にお越しになる方がいるとも思えず、出迎えも致しませんで申し訳ありません」

 そしてレイダンがとぼけて告げるのであった。つまり報せていたなら、出迎えをするどころか、やはり逃げていたのだろう。

 アンスは苦笑いだ。

「私は御子息のシェルダン殿の上官にあたるアンスと申します」

 一応、シェルダンを見ていて予想される、レイダンの実力や知識に敬意を示して、アンスは礼儀正しく名乗る。

「あぁ、息子がいつもお世話になっております」

 通り一遍の返ししか、レイダンからは返って来ないのだった。表情からも、いかなる感情も読み取れない。

 黙って膝にすがりついている孫のウェイドが興味深げに自分を眺めていた。

「彼については、とても優れた部下であり、とても助けられました。今のドレシアがあるのは、陰ながら、彼のおかげであったと言っても過言ではない。そして、それに報いるためとはいえ、家の方針に逆らっての昇進をさせました。お父上にあっては、不本意だったのかもしれないが、私としては御礼を申し上げたい」

 アンスは素直に頭を下げた。

 途端にレイダンが無表情になる。シェルダンもよくする顔だ。思考を巡らせるとき、この親子は表情を消すのである。

(そして、倅以上に読めん。手強いな)

 アンスは痛感するのだった。言葉通りには言葉を受け取ってはもらえないのである。

「代々、当家は一介の軽装歩兵でした。それが一国の精鋭軍団の総指揮官が頭を下げて御礼を仰ってくださりますか」

 感慨深げにレイダンが切り出した。

「ですが、昇進せず、責任も負わないこと。これは当家が1000年も続いてきた、その秘訣だったのです」

 どうやらある程度、腹の中を見せて話をしてくれることとしたらしい。

「息子はその道筋から足を踏み外してしまった。あれは気持ちが優しすぎる。聖騎士も国も何もかも、見捨てた方が確実に生き延びられるというのに」

 舌打ちでも聞こえてきそうな言い方だった。レイダン・ビーズリーにとっては、アスロック王国よりもドレシア帝国よりも、ビーズリー家存続のほうが大事なのだ。

「見捨てられない人間に育てたのは、他ならぬ貴方自身だ。現に何人もが助けられ、導かれてきた。誇りに思うべきではありませんか?」

 あくまで丁重にアンスは指摘する。

「あれは、私以上のことが出来て、実際にやってみせてきた。だが、色気を出して手柄を立て、貴方に見つかって隠し切れずに取り立てられた。失敗して昇進したのです。当家では、それは恥でこそあれ、誇りではない」

 厳しい顔でレイダンが言う。

 なかなか説得は難しいかもしれない。アンスは痛感していた。既に何も無いなら、アンスとてこの人物と話をしようとは思わない。

(まさかもう一つ、昇進させるから、余計なことを言うな、という話だとはこの人も思うまい)

 結局、シェルダンぐらいしか老年に足を踏み入れつつある自分の、後任をこなせそうな人間がいないのだった。  

 その場合、シェルダンの階級と爵位が1つずつあがることとなる。

(だが、やはり手強いか)

 家系のことはアンスからすれば良いのである。眼の前にいるシェルダンの息子が、今後、長ずるにあたって、シェルダンほどに有能になる保証など、どこにもない。

(軍隊というのは実力主義であるべきだからな)

 能力のある人間が然るべき場所にいることが、組織の健全化であるとアンスは信じていた。

 だが、ウェイドが口を開く。

「おじい様、父様を怒るの?いつも褒めてるのに」

 思わぬ暴露にレイダンが苦い顔をした。

「ククッ、どうやら私は言うまでもないことを並べ立てていたようですな」

 他ならぬレイダン自身が孫に息子を自慢しているのだった。息子にもおそらく甘いのだ。

「確かに腕前や判断力は歴代随一なのが間違いないですから。それは、これから育つ孫も手本として、少しでも近づいた方がいい。だから、孫の前では褒めていたのです」

 もはや語るに落ちている。この人物は息子が昇進していくことを半ば諦め、そして受け入れているのだ。

(要するに、息子も孫も可愛くてしょうがないのだ)

 でなければ、膝に乗せて書見など出来ない。孫に嫌われて、逃げられておしまいだ。ウェイドには貴族として育てたくてしょうがない、母親たちもいるのだから。

「わしは、ビーズリー家の歴史を否定するつもりはありませんが、それでも息子殿は立てた手柄を正当に評価し、取り立ててやりたい」

 有り体に言って、シェルダンの挙げてきた手柄で多くの人間が助けられているのだから、父親も素直に誇れば良いのである。

「それは、あなたの立場からしたらそうでしょう」  

 苦虫を噛み潰したような顔を作って、レイダンが言う。おそらくは内心ではこそばゆくてしょうがないはずだ。アンスはそう思うこととした。

「願わくば、まだもう1つ、階級を上げたい。出来れば父上殿にもそれを喜んでもらいたい」

 アンスはもう余裕すら持って告げる。どうせ口では拒まれるだろう。

「まったく、喜べませんが。しかし、他にドレシア帝国には人材がいないのでしょう?それでも見捨てるのがビーズリー家なのですが。私はどこで育て方を間違えたのやら」

 レイダンがため息をつく。

「この上なく、良い育て方をされたのですよ」

 破顔してアンスは言ってやった。

 ますますレイダンが渋面を作る。

 第1ファルマー軍団の総指揮官の席が自分の退役で空く。空いた席にアンス自身はシェルダンを推挙するつもりだった。多少のやっかみも周囲からはあるだろう。だが、シェルダンならばたやすくねじ伏せる。

(なんなら既に恐れられている。実務ではわしより遥かに苛烈で残酷だからな)

 アンスは思うのであった。

「おじい様、僕、父上みたいに強くなって、ちゃんとおじい様の言うとおりにするよ」

 楽しげに祖父を見上げてウェイドが言う。まだ父親や祖父のように、ひねたところのない可愛らしい幼児だ。

「あぁ、そうなりなさい。でないと、シェルダンのように忙しくて大変になるから」   

 重々しくレイダンが頷く。

「侯爵様、僕もね、ビーズリーなんだよ」

 3歳の子供が知ってか知らずか実におもしろいことを言うのであった。



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― 新着の感想 ―
シェルダンあってのこのビーズリー家のレイダン。 そして孫のウェイドビーズリー。 アンス公爵がレイダンと話すもやはり、シェルダン以上の男ですねえ。 そしてまた息子ウェイドも中々の人物になりそうですがアン…
昇進しないことが家の方針なんて、面白い家系ですね。確かに責任と共にリスクは高くなるかもしれませんが(日本のような平和な国でもトップまで行くと暗殺リスクがありますし)、一方、子供は夢を持ちにくそうですね…
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