41 パキケンガン討伐
バーンズは目当ての場所に至るや素早く手甲鈎を利用して木に登り、息を潜める。
分隊員たちも配置についたため、自分は独り、樹上で待ち伏せすることとなった。自分抜きで地上に部下を置き去りにしてきた形だが不安はない。何度も特命を熟してきた部下たちだ。
(大丈夫)
バーンズはそろそろと息を吐く。そして止めた。
音が近づいてくる。ドタドタというここ2日間、何度も聞かされた足音だ。
なかなか近づいてこない。
(道の選択を誤ったか?)
たらりとバーンズの額を嫌な汗が流れる。
唯一、賭けに近い部分があるとするなら、パキケンガンが隊員の誰かを自分の奇襲より前に発見し、襲いかかってしまうことも起こり得るということだ。
杞憂だった。
足音がまた近づいてくる。バーンズのいる樹も、パキケンガンの走行による振動で揺れた。
(ここだ)
頃合いを測っていたバーンズ。姿が見えてからでは駆け抜けられる。躊躇せず、バーンズは木の枝から身を投げだした。
「グエエエッ」
パキケンガンが苦悶の鳴き声をあげる。
手甲鈎でバーンズは首に刃を突き立てた。
(やはり浅いか)
バーンズは飛び散る羽毛に纏わりつかれながら思う。手甲鈎の鋼鉄の鉤爪部分からパキケンガンの血が滲み出す。
「うおおおっ」
バーンズは振り回される首に思わず悲鳴を上げた。必死で組み付き続けるも、視界が振り回されている。気を抜くと振り落とされてしまうだろう。
「クベエエエ」
押しつぶされたような耳障りな悲鳴をパキケンガンがあげる。
落ちてしまえば、向き直られて、頭をぶつけられて吹っ飛ぶこととなりかねない。自分よりも遥かに大きな魔物なのだ。
「今だっ、やれっ!」
バーンズは取り付いたまま叫ぶ。パキケンガンもさるものであり、木に叩きつけられた。
「ぐあっ」
思わず悲鳴をあげていた。流石に無傷では勝たせてくれない。
「でいっ!」
先陣を切って突っ込んできたのはジェニングスだった。
暴れ狂う巨体に斬撃を放つ。だが、暴れまわる巨体を前に致命傷は与えられない。
「ちぃっ」
パキケンガンが体に比して細長い首を振り回して、バーンズを落とそうとする。痛む背中ではバーンズも苦しい。
「隊長っ!」
マキニスも抜き身の剣でパキケンガンに斬りつける。ジェニングスよりもさらに浅かった。ほぼ羽毛しか斬れていない。
「皆で斬りつけて失血させろっ!弱らせろっ!」
バーンズは痛みを堪えて指示を飛ばす。
ピーターの姿が目に入る。片刃剣を振り回して、近くに現れた魔物を片端から両断していく。小柄な身体の割に、力が強いのである。いざ戦闘になると、本人も落ち着くのだった。
ビルモラクがありったけの魔力を注ぎ込んで魔術を放とうとしている。いつでも放てるように見えていた。
(あの、地面の☓印)
バーンズも気付いていた。あの、指定した地点からでないとアースグレイグを発動できないようだ。
「全員でかかれ!ビルモラクの決めた地点にまで押し込めっ!」
バーンズはさらに叫ぶ。
自分の号令とともに、マイルズとジェニングス、それにヘイウッドにピーターが入れ違いで斬りつけていく。その度に赤く滲んだ羽毛が飛び散る。
バーンズはひときわ、手甲鈎を装着した両手に力を篭める。大量に吸い込んで苦しくなって落ちる、というのも御免だ。
「マキニスッ!お前も戦えっ!」
単純に手が足りないのである。今後のこともあって、マキニスが自ら戦わなくてはならないこともあるだろう。
マキニスがへっぴり腰ながら剣を突き出す。
浅く、羽毛を散らせただけだった。
「いいぞっ、続けろ」
バーンズもここまでで、マキニスを気に掛ける余裕を失った。
ただでさえ振り落とされそうなところ、味方の斬撃も飛んでくる。手甲鈎による痛みでパキケンガンがまともに攻撃できていない。
(この状態を続けるのが俺の役目だ)
バーンズは決め込んで、片手だけ手甲鈎を外し、再度、突き刺し直す。
「でやぁっ!」
ピーターの力強い斬撃がパキケンガンの足を打つ。
見かけによらず力が強い。速い上に狙いも正確だ。
(足を今のうちに削っておこうっていうのも賢い)
新人ゆえの緊張が取れれば、かなりの戦力となってくれるかもしれない。
よってたかって、パキケンガンを弱らせ続けた。
「クエエエエッ」
多少、振り回す首の力も弱まってきたように思えたところ。
「隊長っ、放ちますぞっ!」
待ちかねていた、ビルモラクの声が響く。どうやら魔力も漲り、所定の位置についたようだ。
(巻き添えは御免だ)
ビルモラクのアースグレイグ、土の槍をバーンズは思い浮かべる。このままでは自分も串刺しなのだ。
バーンズは振り落とされるようにして、パキケンガンの首から離れた。さらには地面を衝撃で、ころころと転がる羽目となる。
「貫けぃっ、アースグレイグだ」
手を地面についていたビルモラクが告げる。
その直後、地面が隆起して尖り、パキケンガンの腹部を貫いた。
「グエエエ」
更にしばし暴れるも、致命傷であった。パキケンガンがしばし暴れ、そして土の槍からは逃れられぬまま絶命する。
「さすがビルさんだ」
ジェニングスが白い歯を見せて笑う。
多少、汗をかいているが体力には余裕があるようだ。
「本職の人間なら、もっと手際がいいものだ」
謙遜してビルモラクが告げる。
本当にそうなのか。ちらりとバーンズは思う。
「いや、十分だ。最高のトドメの一撃だった。ビルモラクがうちの分隊にいてくれて良かったよ」
バーンズも手放しで称賛する。
シェルダンが魔術師部隊から引き抜いてきたのがビルモラクだった。本人は『穴掘り要員だった』などと卑下するのだが。
(穴掘りにうんざりしてて、戦いたくてうちに来たような印象もあるんだよな)
バーンズはマイルズと健闘を称え合うビルモラクをちらりと一瞥するのだった。
「はぁ、はぁ、これが、魔塔の魔物ですか」
肩で息をしつつ、ピーターも告げる。日頃の訓練よりも思い切りがよく、また良い腕だった。
「こんなに大きいのがうようよしてるんですか?」
誰にともなく、ピーターが尋ねる。
「魔塔によりけりだぜ。俺達が戦うのなんて第1階層だけどよ。ドレシアの魔塔はウルフばっかりだった」
ヘイウッドが思いもよらず答えるのだった。
「俺は新兵のときから魔塔の第1階層だったから」
更に肩をすくめてヘイウッドが言う。もう25歳だ。軍歴自体はマイルズたちにも劣らず、長いのである。
「逆にもっとでかくて強いのがいる魔塔もあった」
バーンズもヘイウッドの説明を補足してやった。
キラーマンティスにサーペント、青竜なども見たことがある。
改めてパキケンガンをバーンズは眺めた。
1ケルド(約4メートル)は体長のある魔物だ。シェルダンの資料があったから倒そうと思えて、また実際に倒すことが出来た。
(隊長の資料がなかったら、俺、どうしていたかな?)
単純に弱点や倒し方と言った情報が倒すときに有り難い、というだけではない。
自分がどれほどの自信と確信をもって行動を選ぶ事ができるのかも変わってくる。
「隊長、大丈夫ですか?かなり強く、木に叩きつけられてましたけど」
マキニスが自分を気遣ってくれる。
結果として、一番無茶をしたのは自分だった。
「打ち身になってると思うんで、これを貼っといてください」
差し出されたのは湿布である。
「助かる」
痛みに煩わされるのも極力は避けたいに決まっている。
バーンズは感謝するのであった。




