29 聖騎士の困惑
今日も元フェルテア公国の聖女クラリスが訪ねてきていた。護衛のシャットンも一緒だ。
聖騎士セニアは屋敷の応接室で自ら応対している。自身もかつてアスロック王国を追われたこともあり、他人事とも思えず、追い返すことが出来なかった。夫のクリフォードからは常々、話をする義理も何もない、と言われているのだが。
(それにしても、あの、シャットンさんがね)
エヴァンズの従者だった少年が生き延びて、立派な青年となっている。剣の腕前はかなりのもので、剣のみでの勝負なら自分も負けてしまうかもしれない。
かつてアスロック王国時代にも、何度か会ったことはあるが、当時は面識のある、という程度の相手だった。
(私は恨まれてるって思ってた。でもそれは、とんだ誤解で)
開口一番に複雑な表情で、しかし、当時の非礼を謝罪されたのだった。シャットンからは直接、何もされていないにも関わらず、だ。
(多分、私の知らない、エヴァンズ殿下の長所や功績をたくさん見てきたんだろうけど)
自分はエヴァンズの死に直接の責任は無いながらも、あまりに関係性が深いように思えてならない。だからシャットンからも恨まれてもおかしくないかもしれない、とチラリと思っていたところ、逆にすまなそうな顔で謝罪されてしまった。
(クリフォードは、そんなの当たり前だって言ってくれてたけど)
出会った当初から絶対に味方をしてくれる夫を思い出すにつけ、そちらにはつい笑みをこぼしたくなってしまう。
少なからずセニアは夫クリフォードについてもシャットンについても、救われたような気持ちになっていた。
「どうしたらいいんでしょう」
目下、困ってしまうのは聖女クラリスの方なのだった。そのクラリスが弱りきった顔で尋ねてくる。
どうしたらいいか、など今の自分には分かるわけもない。もともと考えるのは苦手なのだ。
「セニア様からご指導を賜ることは、やはり駄目なのでしょうか?シオン皇帝陛下にあぁは言われましたが、やはり我々としては頼れるならセニア様のほうが」
シャットンも丁寧に口添えしてくる。どういう反動なのか。シャットンの中ではセニアへの敬意が強いのであった。
(エヴァンズ殿下が存命の時は一緒になって睨んでたのに)
セニアとしてはかえって当時を思い出してしまう。
アイシラという幻術士にエヴァンズもシャットンも翻弄されていたのだ、と聞かされた。
(そのアイシラさんもヒュドラドレイクの分体に殺されたって話だけど)
恨もうにも恨む相手すらいない、というのがシャットンの置かれた状態だったらしい。
「ごめんなさい。私ではダメなんです」
セニアはうつむいて答えざるを得なかった。
皇帝シオンの方からも指導者探しをしているとのことで、2人にきちんと言ってくれたのだが、それでもやってくるのである。
「してあげようにも、私には出来ないんです」
セニアはあまり説明を得意としていない。分かりやすい言い回しというのもスラスラと出てこないのだった。
(こんなことで私、自分の子供に指導出来るのかしら)
大きくなったお腹に触れて、セニアは生まれてくる我が子のことすら心配になってしまう。神聖術の指導は自分も行わなくてはならないのだ。聖騎士の家系と技術が途絶えてしまう。
「でも、何か戦い方の、ほんの初歩だけでも」
クラリスが縋るように言う。最早、懇願だ。
頼み込まれると自分は弱い。
「でも、神聖術と神聖魔術は違うらしいから。その、最初こそ大切だし」
セニアとしては、むしろ相手にとって良くないというところが、懇願を拒む最後の砦なのであった。
どう考えても自分が正しくないかもしれないことを吹き込んでしまう方がよろしくないと、セニアですら分かる。
「セニア様、しかし、魔塔の魔物が現にフェルテア公国を荒らしているのですよ?」
シャットンが生真面目な顔で口添えしてくる。
それを言われると自分も心苦しい。
「やめないかっ!」
部屋の扉が怒声とともに開け放たれる。赤いローブを着た、夫のクリフォードだ。背後には侍女のシエラも見えた。どうやら研究に没頭していた夫を呼びに行ってくれたらしい。そういえばクラリスの来訪とともに姿を消していた。
「いい加減にしてくれっ!妻は妊娠しているんだぞ?妙な負担をかけないでくれ」
クリフォードがクラリスとシャットンを交互ににらみつける。今にも『獄炎の剣』を発射しそうな剣幕だ。
クラリスもシャットンもソファの上で縮こまっていた。
「セニア、君もこの2人を家にあげることはない。以後は兄上が対応すると、そう決めていたじゃないか」
自分までクリフォードに叱られてしまった。平時はただ優しい一方であるので、とても立腹しているのだ。
「でも、2人とも必死だし。門前払いなんて申し訳なくて」
セニア自身も縮こまって言う。
「そういう中途半端な優しさが相手をつけあがらせるんだ。君も君で良くないよ」
容赦なくクリフォードが言い放つ。なかなか一方的な物言いである。
「2人とも悪い人じゃないのに、そんな言い方はないわ」
ムッとしてセニアは言い返す。
「良い悪いじゃなく、迷惑だ。2人とも帰ってくれ。そして以後、この件は兄上を、皇帝陛下を窓口とするように」
ピシャリと告げて、クリフォードがクラリスとシャットンを追い返しにかかる。
兄のシオンは皇帝だというのに勝手に窓口と言い切ってしまって不敬ではないのだろうか。
「申し訳ありませんでした」
クラリスが悄気返って告げる。
魔塔をどうにかしたい。何も間違っていないのだ。そして自分の手でなんとかしようと、努力をしたいというのは、むしろ健全なことではないのか。
(私は私で、迷惑だなんてとんでもなくて、助けてあげたいのよ)
セニアは心無い発言をした夫を睨みつける。そもそも自分が妊娠さえしていなければ、自分で倒してしまえば良いだけのことなのだ。
「クラリスさん、こちらも本当に手配はしていて、シェルダン殿という、物知りでとても頼れる方に今、シオン陛下が当たりをつけてくれてるんです」
セニアはふと思い出して告げる。そういえば自分は朗報を持っていたのであった。
「あ、セニア、それはまだ」
クリフォードが慌てた顔をする。何かまずいのだろうか。
「シェルダンさん、ですか?」
クラリスが首を傾げてから、シャットンの顔を見合わせる。
「あのときの、旧アスロック王国出身の軍人では?軽装歩兵の総隊長ですね」
同じく旧アスロック王国出身のシャットンが言う。既に面識もあるらしい。
「彼なら、神聖魔術の指導が出来るというのですか?失礼ながら、有能ではありそうでしたが、ただの軍人かと思っておりました」
訝しげにシャットンが指摘する。シェルダンの怖さを知らないから呑気なことが言えるのだ。セニアはむしろおかしくなってしまう。
何やら勝手に焦っているクリフォードなど無視である。
「ええ、1000年も続く家系なんですよ。だから、色んなことに詳しいんです。おまけに指導者としても怖くて容赦ないから、言う事を素直に聞いていれば間違いなく強くなれます」
確信をもってセニアは頷く。
とうとうクリフォードが頭を抱え始めてしまっていた。セニアはシエラと視線を合わせて首を傾げる。シェルダンの功績や実力を称えるのに言葉が足りなかっただろうか。クリフォードにとっても世話になった恩人なのだ。
「怖いけど、私をここまで強くしてくれた人ですよ」
セニアは重ねて告げる。
「シェルダン殿ですね、分かりました!セニア様、ありがとうございます」
ようやく方針が決まり、どこかすっきりした顔でクラリスが言う。シャットンも得心がいったように頷いていた。
「では、シェルダン殿を探して直接お願いしてみます」
ようやくクラリスがシャットンを連れて帰っていった。
(良かった。私も力になれて)
満足してセニアは頷く。
「セニア」
夫のクリフォードがそんな自分の隣に腰掛ける。
心配してくれた夫だ。多少、ムッとしてしまったが、示してくれる情愛はいつも間違いなくて愛おしい。セニアはそっとクリフォードに寄りかかる。
「そういえば、思いついたのはペイドラン君だったわ。依頼してくれるのも、シオン陛下やあなただもの。私ったら自分の手柄みたいにお話しちゃったわ」
ようやくセニアはクリフォードの戸惑いに気づいて告げる。自分ばかりがクラリスに良い顔をしてしまった格好だ。
「いや、セニア、そういうことじゃなくて。すっかり記憶から抜けてしまったのかい?」
どこか悲しげにクリフォードが切り出した。
「まだ、シェルダンから直接了解を貰うまで、あの2人に言うのは止めようって話だったじゃないか。シェルダンの曲者ぶりを忘れたのかい?死んだふりまでされたじゃないか」
確かにそんな話だった気がする。セニアもようやく、今度こそ理解した。
「あの2人が無策にお願いなんて直接してごらん?シェルダンがどう逃げるか知れたものじゃないよ」
クリフォードに優しく諭されて、セニアはしまった、と後悔するのであった。




