27 打診
シェルダンはうんざりしながら馬車に揺られていた。
北の国境に展開していた陣営から皇都へ移動する羽目になったのである。部隊についてはデレクとラッドに任せるしかなかった。
うんざりしているのは戦線を放棄する羽目に陥ったことだけではない。
「なぜ、閣下まで一緒なのですか?」
正面に座る青い髪の貴公子リオル・トラッドに尋ねる。第4ギブラス軍団の総指揮官だ。
「対処の確立された魔物の相手ぐらい、部下たちだけで十分さ。君もデレクやらラッドやらという副官格に指揮を任せてきたじゃないか」
爽やかな笑顔でリオルが答える。
皇都にいる皇帝シオンから直々の呼び出しだった。拒めるわけもない。ただし呼び出されたのはシェルダンだけだ。断じてリオルも含めて、ではない。全くの無関係である。
(そもそも俺が不在になるというのだから、少しは肩代わりしてくれないと困る)
かといってシェルダンは、直接依頼できる立場でもなく、苛立ちを抑えるしかなかった。おそらくは美貌の聖女クラリス目当てだろう。
腕組みしてシェルダンは目を瞑る。もう話そうという気も起きなかった。
(時期としては聖女クラリスの関係か。或いはアンス侯爵の無茶振りか)
シェルダンは頭の中では目まぐるしく思考を巡らせ始めていた。無防備に面会しようという気にはなれない。
大神官レンフィルには聖騎士セニアへの口添えを拒まれたのだという。護衛についていたバーンズからの報告だ。
時折、国境を越えようとする動きがフェルテア大公国側に見られた。魔塔を武力で攻略しようとしつつ、失敗したので聖女クラリスも取り戻そう、という意図があるようだ。
(ただし、見せしめ、処刑のためだ)
聖山ランゲルへの道中で襲われる危惧はあったので、腕利きをつけたのである。だが、杞憂に終わったようだ。そして、フェルテア大公国の魔塔を巡る情勢は悪くなる一方である。
(とかくミュデスとかいう男の頭が悪すぎる)
目の前にいる色ボケ辺境伯よりもよっぽどだ。
2000で駄目なら3000で、と無策に数だけを放り込んで大失敗をしている。
民の失望もかなりのものなのだろう。国境周辺にまでフェルテア大公国側の兵士に代わって、魔塔の魔物があらわれるようになった。
「どうかな?」
リオルが何事かを話していた。聞いていたのは最後の『どうかな?』だけである。
シェルダンは目を開けた。
「何がですか?」
あまり話をしたい気分でもない。無理やりついてきた同い年の貴公子にシェルダンはそっけなく聴き返した。
「いっそ、フェルテアを制圧してはどうかな?アスロックのときはそうしたじゃないか」
リオルが笑って言い直した。気を悪くする様子もない。
だが、その経緯で祖国を失うこととなったシェルダンに、よくもいけしゃあしゃあと言えたものである。
軽く睨みつけてやった。
「フェルテアの場合、それをすると魔塔の瘴気がどれほど増すこととなるかわかりませんな」
シェルダンは返答はしてやった。
生きているのに聖女が永久追放とやらをされただけで、国民が絶望して魔塔を生むような国なのだ。3本も4本も魔塔があってなお、生き抜いていた旧アスロック王国のときとは国情がずいぶんと違う。
(まったく軟弱過ぎる)
シェルダンはうんざりしていた。悪政も魔塔を生むが、国民性もまた重要な要素だと知ったのである。
「たとえ仮にフェルテアの軍を殲滅したとして、魔塔が極めて強力になるのでは、それはそれで厄介でしょうと」
腑に落ちない顔をしているリオルのため、さらに噛み砕いてシェルダンは説明してやった。
「それもそうか」
ようやく理解して悪びれずにリオルが頷く。理解するよりも亡国の自分への、軽率な物言いを反省して欲しい。
(まぁ、この人にはそれも無理な注文か)
気にするでもなく窓の外を眺めるリオルを見て、シェルダンは諦めるのだった。
シェルダンは本当のところ、独りでの移動であれば、領地へこっそり寄ろうと思っていたのだ。かなり西へ外れてしまうのだが。
(何よりカティアと我が子に会いたいからな)
実家の両親とも話をしておかなくてはならない。皇帝シオンなど待たせてしまえばいいのだ。
「本当に素晴らしい妻だからな。皇都グルーンという大都会を出て、領地の経営に専従してくれている。しかも順調なんだから」
実務上、領土をつつがなく回すことが貴族の務めだという確固たる信念のもと行動してくれている姿に、シェルダンはもはや敬意すら覚えるのだ。
「子供たち2人の養育も自ら携わり、本当に最高の妻だ」
目の前にいるリオルにも丸聞こえなのだが、気にするようもない。そもそもいるのがおかしい相手なのだから。
シェルダンは手放しでカティアを褒め称える。
妻のカティアと話が合わないのはただ1点、子爵家のほうを長女に継がせるか長男に継がせるかということだけだ。継承ということについては、シェルダン自身もどちらかというと父のレイダン寄りである。
せっかく男児を授かったのだから、従来の伝統的ビーズリー家の系譜を長男ウェイドに引き継いでもらいたい。
既にレイダンもそのつもりで、自分の留守中、ウェイドに軽装歩兵としての教育を施してくれているようだ。休みに帰るとウェイドも得意げに縄や石を振り回すのを披露する。だが、カティアにはひどく荒っぽいものに映るらしい。
(カティア本人が、優雅でおしとやかで美しいからな)
優雅な物腰の妻を思い出すにつけて、シェルダンは惚気けるのだった。そしてその血を引いたからかウェイド自身も自分やレイダンよりも幾分おとなしい。父も妻も心配はしている。
シェルダン自身はウェイドの問題について、レイダンやカティアほど深刻には捉えていない。
「最後は本人が選ぶさ」
それもおそらくはビーズリー家の方を、だ。自分の息子なのである。そしていざ継ぐとなれば、ルンカーク家よりもビーズリー家の方が大変だろう。早い内から備えておいたほうがいい、とシェルダンは考えていた。
(そう、悪いものでもないさ)
1000年続いた家系の一環、その最新を自分が担うのである。生きている意味を見いだせて充実感も得られる人生だ。
(多少、道を外れたが、俺は現に幸せだ)
シェルダン自身、常々、思っていることではあった。
またウェイドについて父からは面白い話もある。かなり強めの法力を持っているらしい。どう素質を伸ばしていくのか。今からシェルダンは、父親として楽しみなのだった。
多少、厄介事に煩わされるのも程よい刺激だ。そう思うことにしている。
結局、2日間リオルとともに馬車に揺られ、皇都グルーンに到着した。
すぐに軍営から皇城へと向かう。皇帝シオンのもとへはシェルダン1人だけだ。リオルがどこへ姿を消したのかは考えないようにした。
「すまんな。軍事行動中に」
皇帝シオンが執務机に向かったまま告げる。傍らにはいつもどおり、ペイドランの姿もあった。
「いえ、滅相もありません」
シェルダンは恭しく拝礼をして告げる。
いつもどおり、書類仕事に追われているようだ。
「どうしても聞きたいことがあったのだ」
皇帝シオンが切り出す。黙ってシェルダンは続く言葉を待つ。
「つかぬことを聞くが、君、フェルテア大公国の聖女に、神聖魔術の指導など出来はしないだろうか?」
単刀直入にシオンが尋ねてくる。
聖女クラリスの指導役を探しているようだ。
(つまり、俺に聖女クラリスの指導をしろ、とそうなるわけだ)
なぜ自分なのか。シェルダンは思い当たることが1つだけあった。
かつて聖騎士セニアの神聖術について、短期間だけ指導をしたことがある。
(その時のことをクリフォード殿下かセニア様御本人から聞いたのだな)
シェルダンは目まぐるしく思考を巡らせる。
(フェルテアの魔塔討伐をフェルテアの聖女にやらせるという意図がある。これは自然だが、本人に戦う力と技術がない。どうやら法力と魔力だけは持っているようだが)
聖騎士セニアにできたのだから似たことを聖女クラリスに対しても出来るだろうと見做された。
だが、ことはそう単純ではない。
「申し訳ありませんが、なぜ私にお声掛けをなさろうとなったのかも分かりません。セニア様に対し、教練書の内容について伝達をのみ行ったことはありますが。神聖術と神聖魔術は全くの別物、私には無理です」
きっぱりとシェルダンは断言し、シオンの元を辞すのであった。




