23 誤解
「隊長、『バストル』で1杯、やりませんか?」
バーンズはその日の訓練終了後、マキニスに声をかけられた。やけに硬い声で、腹を決めたような顔をしている。
北への出征が近い。本隊は既に国境付近に展開していて、特殊任務続きだった第6分隊は遅れての参戦となる。感覚を取り戻すため、訓練を続けていたのだった。
だが、マキニスの表情が硬いのは、別件だろう。
(これは、いよいよだな)
バーンズは観念して腹を決める。
正直なところ、エレインとのデート以降、その兄であるマキニスをバーンズは上司でありながら避けていた。
(情けないが気まずかったからな)
『バストル』というのは肉も魚も扱っている、軍営近くの居酒屋だ。遠く東にある酒の名所を店名の由来としている。
「隊長、話は分かりますよね」
軍関係者でごった返している店内につくなり、マキニスが肉料理を注文し、切り出してきた。
「あぁ」
バーンズは自らも魚料理を注文し頷く。
「せっかく、場をあつらえてもらったのに、すまない」
卓に両手をついて、素直に頭を下げた。
どう考えても自分が悪い。言い訳のしようもなかった。まして、本来なら即日謝罪すべき案件でもある。後回しにしたのだから、どう責められても文句は言えない。
「謝ってもらっても困りますよ」
マキニスがきまり悪げに言う。相当な苦情をエレインから受けたのだろう、と分かった。更にバーンズは申し訳なくなる。
「俺の無粋のせいで、エレイン殿には大変、不快な思いをさせてしまった」
一度上げた頭を、また即座に下げることとなった。本当に申し訳ないのである。
「え?あぁ、やっぱりな。妙な勘違いをしてやがる」
マキニスがひっそりと毒づくように言う。
誰の何について言っているのかわからず、バーンズは反応に困ってしまった。
「隊長、実際のところ、うちの妹をどう思ったんです?正直、兄の俺が言うのもなんですけど、どこに出しても恥ずかしくない、我が家自慢の妹なんですけど」
更に追い討ちをかけるようにマキニスが言う。
大袈裟ではないことぐらい、バーンズにもよく分かった。
「あぁ、本当に素敵な女性で、話していて、あんなに楽しい人は初めてだった」
バーンズは楽しかったデート当日を思い出して頷く。
「そんなら、何が不満なんですか?」
苛立った口調でマキニスが問う。不思議な質問だった。不満を抱かれているのは自分の方なのだ。
「いや、なんの不満もない。あるわけがない」
バーンズは素直に首を横に振った。
「だったら、なんでうちの妹を袖にしようとするんですか?」
思わぬ言葉をマキニスから叩きつけられてしまった。
「いや、振られているのは俺の方だ。聞いてないか?俺はいつもの手甲鈎を袖に仕込んでいて、それがあまりに無粋だから、嫌われたんだ」
何かあった時に備えて、シェルダンの鎖鎌に倣い、袖の内側に隠していったのだ。なお、あれは正規の軍装ではなく、試作品の小型版であった。
(シェルダン隊長もそれで、初デートでカティア様を助けて、更に仲を深めたって話だったけど)
何度も惚気話を聞かされてきた。その一番最初、馴れ初めの話だ。
バーンズも長すぎる話には辟易としつつも、その部分についてはいいな、と思っていたのだが。
今、思えば、当然カティアとエレインは同じではない。刺客を捕えた直後、咎める眼差しのエレインを目の当たりとして悟ったのである。
(今にして思えば当たり前だ。あれで親しくなった、あの2人がおかしいんだ)
自分の愚かしさが嫌になる。
エレインの不興を買って、ものすごい目で睨まれてしまった。
「おまけに勇んで刺客を追ってみたものの、5名中4名には逃げられ、シオン陛下の護衛に倒してもらった。俺は残った一人を捕まえただけなんだ。せっかくのデートを台無しにしてまで、さ」
自嘲気味にバーンズはボヤく。
「なんだよ、隊長も隊長で振られた気でいるのかよ。本当に世話が焼ける」
マキニスが謎めいたことを言う。さっきから何だと言うのだろうか。本件についての苦情を兄として、妹のため代弁するつもりだ、とバーンズは待ち構えているのだ。
「よし」
マキニスが何やら気合を入れた。更に供された麦酒をあおるように呑んだ。
「隊長、あなた、振られてませんよ。むしろ、振りかけています。ええ、妹に嫌われてません、まったく、嫌われてません」
思わぬことをはっきりと告げられた。『振りかける』という言葉の意味が咄嗟には分からなかったほどだ。
「ええ」
バーンズは絶句する。
「ものすごく、睨まれたんだが」
素直で可愛らしかったのが嘘みたいに怖い顔となった。治療院の女子寮まで送る道中も、じとっとあの可愛い顔が睨みつけてくるのだ。
「まぁ、そこを誤解させたのは、あいつも悪いんですが。目つき、きつくなりますからね。でも、あいつ、楽しかったってずっと喜んでたのに、隊長の方から連絡無いって、何も言ってくれねぇからって落ち込んでましたよ」
よりによって自分のせいで落ち込んでいるのだという。
悄気げた姿を想像してしまい、バーンズは胸が詰まる思いをした。どうしてしまったというのか。一度会っただけの、最後には睨みつけてきた女性なのだ。
「それは、申し訳ない。そんなつもりはなくて、出来れば、エレイン殿さえ良ければ、また出征前に会いたい」
自分の言葉にバーンズは驚いてしまう。図々しさもさることながら。
(悄気げているなら、エレイン殿を会うことで喜ばせたい、と。それじゃぁ俺は)
バーンズはここ数日の自身の落ち込みとも重ねて、エレインへの気持ちを自覚してしまう。
「分かりました。まったく、あの妹は世話が焼ける。それに隊長も頼みますよ。あいつだって、もう19だ。2人とも子供じゃないんだから」
この一言にマキニスの気持ちと考え方が全てこめられている気がした。自分とは同年だというのに、マキニスの方は実にしっかりしている。
しっかりしてほしいという言葉どおりの気持ちもあれば、2歳下の妹が可愛くてしょうがないのだろう。
バーンズは恥の思いを抱いた。嫌われたかもしれないとうじうじしていた姿は、はたから見ればみっともないこと、この上ない。
自分もエレインも自分たちのことなのにあまりに他人任せではなかったか。
「すまん」
バーンズは素直に頭を下げる。
「エレイン殿には自分からきちんとした筋から話をするようにする。まだ許してもらえるなら」
ここ数日は、エレインとのことを振り切ろうとしていたのだ。裏を返せば振り切らなくてはならないぐらい、気に病んでいたのだ。
(きちんとした筋っていうのも、心当たりはちゃんとあるしな)
自分の上司はシェルダン・ビーズリーであり、エレインの上司は治療院院長のルフィナである。ともに知り合い同士なのだった。
「そこは大丈夫ですよ、あいつは」
笑ってマキニスが言うのだった。




