21 ビルモラク
魔術師なのか、軽装歩兵なのか。
ビルモラクは練兵場を駆けつつ思う。元魔術師であり、30を超えた年齢でもありながら、若い隊員の駆け足にもついていける自分に満足した。
休暇が明けて、通常の訓練に戻ったので、分隊としての訓練業務に従事している。なお、第1ファルマー軍団の軽装歩兵部隊の本隊は既に北の国境に張り付いているのだった。
「まったく、大したもんだ」
駆け足を終えて、分隊では同じく年嵩の副官マイルズが言う。自分の走力への褒め言葉ではない。マイルズの視線が向かっているのはバーンズ分隊長の方だ。
「時折、若さも出るがな」
ビルモラクは笑って応じた。
休みの日にまで手柄を挙げたのだという。皇城への侵入者を捕らえた、とのこと。
皇帝の従者ペイドランの活躍が公表されるに伴い、バーンズの功績も明るみに出たのであった。
「あの、マキニスの妹とデートをしているところだったらしい」
そこは笑ってマイルズが言う。
バーンズ本人は今、ヘイウッドや若手のピーターに何やら手振りも交えて説明をしているところだった。
聖女クラリスの救出やら護衛やら護送やらを経て、ようやく第6分隊も通常の業務に戻りつつある。だが、ビルモラクとしては特殊な任務のほうが楽しくていい。魔術を活かせる機会でもある。
(聖女の護送は外れだったがな)
もっとフェルテアの刺客やらが襲ってくるかもしれないと思っていた。ドレシア帝国国内では難しいかと肩透かしにも思っていたが、よりにもよって、皇城を襲ったというのだから、単に運の問題だったのだろう。
「退屈だ。何か厄介事でも起きんかな」
ビルモラクは思うままに呟く。
「やめろ、ビル。平穏が一番だ。平穏が」
妻子持ちのマイルズがたしなめてくる。ビルモラクより若いものの、年齢も近く、軽装歩兵としては同期なのであった。
口に出すと本当に厄介事が起こることが多い。軍の仕事などはそういうものだ。
だから、ビルモラクはよく不謹慎なことをマイルズの前で呟くようにしていた。特に嫌がる相手の前のほうが効果的なのだ。
「仕方ないだろう、副長。うちの分隊長は、あの総隊長の子飼いなんだから」
笑ってビルモラクは告げる。
第1ファルマー軍団軽装歩兵連隊総隊長シェルダン・ビーズリー。あまり知られていない英傑だった。アンス侯爵に手柄を見つかっては、特例の昇進を重ねている。アンス侯爵でなければ見過ごしてしまい、取り立てることも出来ないだろうという話だ。厄介事を見つけてくる才覚にも優れていた。
「手当が多い。それには感謝も満足もしている」
子育てに出費の多いマイルズが重々しく頷くのだった。
(次は北かな)
なんとなくビルモラクは思う。
「しかし、マキニスには先を越された。俺も親戚の娘を紹介するつもりだったんだ」
口惜しげにマイルズが言う。時折、本当に真面目くさった顔で面白いことを言う男だった。
バーンズ本人の前では頼られたいのか何なのか、しっかりもののフリをしている。本当は聖女クラリス救出の折も、後でシャットン剣士が怖かったと散々ボヤいていたものだ。
「そしたら、隊長が親戚となって飛ばされてしまうぞ」
笑ってビルモラクは告げる。
「ビル、確かにそれは困る」
重々しく頷いてマイルズが言い、そして、また失言したらしいヘイウッドの説教へと加わりに行った。
ビルモラクは笑って眺めることとする。忙しいが隊の雰囲気は悪くない。
気づくと自分はしゃがんで土に触っていた。
土を触ることの多い人生だ。生家はドレシア帝国東部の豪農であり、自分は次男だった。家を継ぐことは叶わず、また魔力持ちということで軍に入れられたのである。土を触るのはずっと人生を通じて好きだった。今も変わらない。
「ビルさん、何か強い土人形とか出せませんか?」
髪を逆立てた若い隊員のジェニングスが近寄ってきた。単純な剣の腕前だけなら分隊では一番強い。体力もある。人柄も好戦的だが、ヘイウッドのような問題児というのでもない。
「出来ん」
ビルモラクは土に目を向けたまま即答した。
自分に出来るのは石を打ち出すストーンブラストや土のトゲを作るアーススパイクぐらいが関の山だ。ともに自分では詠唱に時間がかかる上、威力もさほどではない。
(英雄のクリフォード殿下やガードナー・ブロング殿とは違う)
ビルモラクは内心では苦笑いを浮かべていた。ともに比べることすら馬鹿らしくなる存在たちだ。
まずともに魔力が溢れて、空中に魔法陣が生じてしまう。そんな人間、大国でも一人いるかどうかなのだ。
(そういえば、ガードナー・ブロング殿も、シェルダン総隊長の部下だったそうな)
もともとは没落した魔道の名家ブロング家の私生児だったという。
今ではアスロック王国の王太子エヴァンズを討ち取った功績により、実家よりも立場が上となっているらしい。
「ヘイウッドのやつはあんな感じだし、ピーターのやつは弱気。マキニスは戦には向かない。俺等が主力でしょう」
ジェニングスが真面目な顔で言う。
間違ってはいない。無茶振りをされることの多いバーンズを支えているのは自分たちだ。同じ自負は自分も持っている。
「何かこう、副長や隊長以外の手練れとも手合わせをしたくてね」
ジェニングスの場合、好戦的なのは責任感の裏返しでもあるのだった。
剣の腕をあげることには余念がない。
「だったらお前は、ヘイウッドの性根を叩き直して、ピーターを鍛えて、マキニスを助ける方に気を配れ」
副官としては優秀なマイルズが戻ってきて、正論を叩きつける。
それぞれに見どころもあれば長所もあるのだ。
「へーい」
つまらなさそうにジェニングスが告げて、バーンズらの方へと去っていく。
木剣を執って、ピーターと剣の修練を開始した。きちんとマイルズの指示通りにするのがジェニングスの真面目さだ。
「まったく、迷惑な国だ」
一段落したと思い、ビルモラクは呟く。
「そうだな」
マイルズも頷く。
「だが、お前はその方がいいんだろう?」
苦笑いしてマイルズが告げる。
「ジェニングスの言うことではないが、私の腕の見せ所だからな」
肩をすくめてビルモラクは告げる。
(あのまま魔術師部隊にいてもな)
ついていけなくなってしまった。
息を合わせて土壁を作り、穴を掘る生活ならばまだ続けていたかもしれない。様々な属性の連結式魔術に対応出来ずに退役を促されていたのだ。
そこへ将来有望な若手がいるのでついてほしい、と初対面のシェルダン・ビーズリー自ら打診があったのである。
渡りに船、と自分は応じた。
(確かに悪くなかった)
今は今で、都度、何をすべきか分からない、先の見えない楽しみがあった。
「ビル、今日も飲んで行くか」
既婚者のマイルズが言う。
「そうだな」
ビルモラクは頷くのであった。




