20 治癒術士とのデート3
エレインと2人、バーンズは貯水池周りの遊歩道を歩く。
「なかなか治療院を出て、気軽にお散歩も出来ないんです」
なぜだかエレインが言い訳をする。
さすかに疲れさせてしまったのだ。
(俺、エレイン殿を歩かせてばかりじゃないか)
バーンズは申し訳なくなってしまう。
「すいません。少し休憩しましょう。気が付かなくてすいません」
謝罪しつつバーンズはエレインを気遣う。歩調としては速くないつもりだったが、軍人の自分に対し、相手は治癒術士なのだ。
「大丈夫なんですけど」
エレインが深刻な顔をする。
「私、運動不足なんです」
思わぬ単語にバーンズはぶっと吹き出してしまう。
「ひどい、バーンズさん、私には大事なことなんです」
ぷりぷりと腹を立ててしまったエレインがふくれっ面をする。
「いつも動いている人には分かんないと思うけど。お腹とか腕とか」
自身の体つきを気にしている様子のエレインである。
十分にほっそりとしていて、華奢だとバーンズは思うのだが。
「大丈夫ですよ、エレイン殿は。聖女様を叩く元気があるんだから」
照れくさくなって代わりにバーンズは、出会いのときのことを持ち出す。
あれにはシェルダンすら驚き呆れていた。
「だって、意気地がないから。いけないって思ったんです、私」
確かに一国を守るべき人物が意気地なしでは困るかもしれない。バーンズもそこには頷いた。
遅い昼飯を親水公園近くの料理屋で取る。貯水池で取れる貝を蒸した料理が美味い。
「美味しい、美味しい」
エレインが大喜びで楽しんでくれたことも嬉しい。
驚かされることもあったが、バーンズとしては穏やかで楽しい時を過ごすことが出来た。
そのまま皇都近くの市場でエレインの買い物に付き合うこととなる。
市場では買い物客が同じ方向へ流れていく。混雑回避のため、いつしかそうなっていたらしい。
(うん?)
バーンズは異変に気付く。
人の流れに逆らって、がっしりとした体格の男たちが5人、皇城の方へと向かっていく。
「どうかしたんですか?」
楽しげに商店の陳列棚を眺めていたエレインが訝しげな顔をする。
「いや、ちょっと」
どうにも気になって、バーンズも皇城の方へと足を向けていた。
男達の影が裏路地の方へと入っていく。そして見失った。
(薄い金髪に、色白の肌、フェルテアの人間じゃないか?)
遠目でもバーンズの目にはよく見えたのであった。
「何か大変なこと?私も」
エレインがついてこようとしてしまう。
見過ごすべきなのかもしれない。皇城には皇帝の護衛も防備も適切に施されているはずなのだから。
(だが不審者を見つけて、何もしないというのも。それに今、皇城には聖女がいる)
今、物騒なものが立っている国の渦中に立たされている人物だ。
潜入しての誘拐か暗殺か。頭の中で浮かぶのもやはり、物騒な単語である。
「エレイン殿、申し訳ありませんが」
バーンズは皇城の方へ目を向けたまま、エレインに切り出す。
「私もついていけるだけ、ついていきます。誰か追うつもりなら、デートに見えたほうがいいでしょ?実際、デートだし」
額の汗を袖で拭いつつエレインが言う。お淑やかにするのも止めるということらしい。
人混みを縫って、2人で皇城近くに至る。
皇城南側の壁近くに先の男たちがいた。
(やはり)
バーンズは歩を早めた。
「おいっ」
バーンズは大声をあげる。さりげなくエレインを人混みに押しやって隠す。
既に4人が壁の取っ掛かりを利用して、壁の上にいた。道具も何も無しだ。山がちのフェルテア公国出身者だけに岩壁を越えるのと変わらないのだろう。
「なんだ、お前は」
振り向いた残り一人の男。帯剣していて、すらりと剣を抜く。
一見、武装していない自分に容赦なく斬り掛かってくる。
「バーンズさんっ!」
背後、人混みの中からエレインの声が響く。まるで悲鳴のようだ。
バーンズは袖の内側で隠していた手甲鈎で初撃を防ぐ。
「なにっ!」
動揺した隙を見逃さない。
すかさず組み付いて、剣を持つ手の関節を決める。バーンズは体術も修得していた。未だに時折、稽古場に行くこともある。
「ぐぁぁ」
体術に持ち込むというのは、相手の意表をつけたらしい。難なく制圧することが出来た。
(だが、中の4人は)
思い、バーンズは壁を見上げる。今からでも追いつけるのか。そもそも中にバーンズ自身も侵入しても良いものか。
(非常時だ)
既に1人捕えてもいる。不当な侵入で打ち首にされるということも無いだろう。
腹を決めると同時に、壁の上に黒髪の頭が現れ、青みがかった瞳で自分を見下ろしていた。
「中に入ってきた人たちは皆、やっつけました」
壁の上に、ヒョイッと同世代の若者が上がって告げる。青を基調とした制服の上から、短剣が満載された革帯をたすき掛けにしていた。
確かペイドランという皇帝シオンの従者だ。シェルダンの元部下だという。
「なんか変な殺気を感じて、来てみて良かった」
のんびりとした口調でさらりととんでもないことを言う。なんとなく、で刺客の襲撃を察して防いだということだ。
(しかも1人で4人をあっさり倒したってことか?)
襲撃者を押さえ込んだまま、バーンズは思うのだった。
「あとはこっちでやっておくので、その人の身柄はこっちにください。こっちはみんな、仕留めちゃったんですよ。他に話を聴ける人、いないので助かりました」
ペイドランが真面目くさった顔で告げる。情け容赦もないのだった。
さらに壁の此方側を駆けて、数人の集団が向かってくる。
「くそっ、おのれっ、おのれぇっ!」
自分の下で相手が何やらもがく。逃げられるわけもない。制圧されているのだから。負けるというのはこういうことなのだ。
「良かったですね。捕まったのがシェルダン隊長じゃなくて。あの人、骨を平気な顔で1本1本、砕いて聞き取りするから」
真面目くさった顔で言うペイドランに対し、バーンズも頷き返す。魔塔が無くなった後の任務でも、盗賊相手に何度か目にしたことがあるのであった。
共通の知り合いなのである。
バーンズは駆けつけた数人に捕えた男を引き渡す。
「女性と会ってたんですね、時間を割いて下さって、ありがとうございます」
どこかぎこちない物言いでペイドランが謝辞を述べる。壁の上からなので接近するエレインが見えるようだ。
自分はもういいらしい。確かにデート中なのだ。言葉に甘えることとする。
「すいませんでした」
バーンズは近づいてきたエレインに頭を下げる。
せっかくのデートを台無しにしてしまった。
「バーンズさん、デートなのに、武器持ってきてたんですか?」
そして、エレインからじとりとした、咎める眼差しを向けられつつ、治療院の女子寮にまで送り届けるのであった。




