19 治癒術士とのデート2
「どこか行きたいところはありますか?」
公園を出るやすぐにバーンズは尋ねる。頭の中に計画は立てておいてあるが、まずは相手の希望も聞くべきだ。
ただ、バーンズとしては、なんとなく並んで歩いているというだけでも、気持ちが弾んでしまう。
「うーんと。お買い物もしたいし、お喋りもしたいし、なかなかお散歩出来ないから、街の中を見て回ってもみたいし、です」
エレインが思いの外、いろいろと並べ始めた。末尾の『です』でニッコリと笑うのは反則だろう、とバーンズは魅了されてしまう。
どうやら治癒術士としてかなり忙しいらしい。
(この間も聖女様の診察に駆り出されるぐらいだものな)
なんとなくバーンズは思うのだった。
「入りますか?」
バーンズは笑って目についた公園近くの喫茶店を指し示す。淡い水色の屋根をした小さな店だ。どことなく外装が可愛らしい。
お茶をしてお喋りをする、というのはエレインの希望に沿うのではないかと思えた。
「はいっ!」
笑顔でエレインが頷く。素直に元気で可愛らしい。
(こんな娘がなんだって俺なんかを指名したんだ?)
バーンズは店内に案内されつつ、つくづく思う。
まだ怖くて聞けない。ただ楽しめばいい、とも思うのだが。シェルダンに引っ張られて、自分もあぁだ、こうだ、とややこしい人間になったようだ。
「私、バーンズさんとお話もしたかったから」
にこにことご機嫌なエレインを見ると、一旦、諸々のことを置いておこうという気にもなるのだった。
「この時期だと親水公園に渡り鳥が来ているので、散歩をするにはちょうどいいかもしれません」
一応、親水公園近くには昼飯を食べるのに丁度いい料理屋もある。実は予約も昨日のうちに入れておいたのだった。
「西の市場にも近いので買い物も出来ます」
加えてバーンズは頼んでおいたコーヒーを飲みつつ告げる。よく皇都を歩き回っているので、こういう時には不便しない。
「行ってみたいし、バーンズさんはゴドヴァン様とは大違い」
とんでもない名前がエレインの口からさらりと飛び出してきた。この国の騎士団長、軍の最高位だ。
「ゴドヴァン様って、いつもルフィナ様に怒られてばかりなんですよ。配慮が足りないから」
そこからしばらくはエレインが上司ルフィナ夫妻の話を聞かせてくれた。
バーンズもまたシェルダン夫妻について話せるところは話してしまう。本人にとって恥ずかしい部分もあったかもしれない。いつも惚気話を聞かせてくる罰である。
「困ったものですね、お互い、仲良し夫婦を上司に持って」
ころころとエレインが無邪気に笑って言う。
まだ始まったばかりのデートだが、ずっと裏表のない笑顔を見せてくれる。少なくとも自分は惹かれ始めていた。
裏しかなさそうなシェルダンとは大違いである。
「そうですね。そろそろ出ましょうか」
店が混み始めている。ほかも回りたいのでバーンズは促して告げる。既にエレインのカップも空なのであった。
歩いて公園へと向かう間、今度は共通の話題ともなるマキニス本人について話をしていた。
部隊での働きについて、バーンズはエレインに話して告げる。
「あの兄も、お仕事では真面目なんですね」
エレインがこくこくと頷いて言う。
部隊の中では医術や薬学に詳しいので重宝している。応急処置などが的確だから、部隊の継戦能力を高く保ってくれているのであった。
バーンズは心の底からエレインの兄について仕事ぶりを褒める。
「うちは代々、医師とか薬師とか衛生兵の家系なんです。もう100年以上も、ですって」
エレインが歩きながら言う。
「由緒のある家柄なんですね」
バーンズは歩きながら相槌を打つ。100年というのはいかにも長い。だが、自分の上司などは代々1000年も軽装歩兵をしているのだ。なんとなくバーンズは思う。
自分の家系に由緒などない。父が商人で、祖父が農業を。自分に至っては軍人となり、祖父より昔は知らないのだった。
「兄も多分、衛生兵って形で経験を積んで、家業を継ぐつもりなのかなぁ」
エレインが首を傾げて言う。
ずっと軍人でいるつもりなのかと訝しむ気持ちが声にありありと現れていた。
「なんとなく、分かる気がしますよ。お兄さんは軍人としては比較的、穏やかな方だから」
バーンズはマキニスについて思っていることを話した。頼りにはなるし、同年だから何かと相談もしやすい。体力も十分にある。
(それでいて、軍人には不向きだ)
何を思ってマキニスが軍人となったのか。本当のところをバーンズは知らない。エレインも知らないとなると、本人にしか分からないのだろう。
「ええ、私にも優しかったから、軍人になるだなんて意外で。父母もびっくりしていたんですよ」
かなりの距離を歩かせている気がした。エレインの頬が上気しているのだ。
機嫌が悪いようにも見えない。
バーンズとしては楽しい時間ではある。いつもは一人で黙々と歩き回っているだけの道だ。皇都は建物が多く、道を1本変えるだけでも気分が変わって良い、などといつもは思っていたのだが。
(相手がいるとこうも違うのか)
やがて、建物の間に木々がこんもりと見えてきた。親水公園に着いたのである。
皇都グルーンを流れる水路、その貯水池の1つだ。いつしか渡り鳥が休憩地とするようになったらしい。
貯水池の周りにはきれいに塗られた木柵が張り巡らされている。ちょっとした遊歩道となっていた。
「わっ、すごい」
水面を泳ぎ回る色とりどりの鳥たちを見て、エレインが声を上げた。両手を胸の前で合わせている。
喜んでくれたのなら嬉しい。
バーンズはエレインの反応に安心し、ほっと胸を撫で下ろすのであった。




