189 ラミアの展望2
現在、フェルテア大公国の雰囲気は悪くない。魔塔周辺ですら、ほとんど魔物と遭遇しないほど、状況は落ち着いている。
(これも、バーンズの警笛のおかげ、か)
かつてアスロック王国では失敗しただけではなく、聖騎士を死なせたことで魔塔を増やしてしまった。結果、雪崩のように滅んだのである。
メランが政治の面で抑えていることもあったが、クラリスも自分もガズスも、誰一人として失わなかったことが大きいのだった。
(だからこそ、次こそは、ってことなんだけどね)
ラミアはため息をつく。
「ガズスは復調して、シャットンも残ってくれている。心変わりもしないでね。聖女ものびてくれれば。次こそは、あの魔塔を消せるのよ?」
戦いは自分たちが行う。
戦いに至るまでの準備はメランの役割だとラミアは考えていた。
(それが政治家の役割でしょ、自分の仕事をしろってのよ)
ラミアは他人事のようなメランの表情を見るにつけ、物申したくなるのであった。
「満を持して、ドレシア帝国には協力を依頼することとします。そして、名指しでその2名の派遣を要請すればいいのでしょう」
笑ってメランが告げるのだった。
物足りない。言われてみれば、それだけのことなのだが。
(そうすると、あの2人、魔塔攻略着手の時しか来てくれないとなる。で、終われば帰る。それが物足りないってことね)
自分で自分の心の内側をラミアは読み取っていた。
「別にあいつの上司やエレインとこの院長をよこせって言ってるんじゃないんだから。頼むわよ」
ラミアは手をヒラヒラと振って告げる。
「上司というと?」
メランが顔を上げて尋ねてくる。
あまり他国の軍人には詳しくないのだろうか。
「シェルダンとかいう、歩兵の化け物みたいな男よ」
ラミアは半ば呆れながら返す。
少し調べただけでもかなり怖い相手だ。魔塔についても、ちょっとした戦についても手際がよくて容赦がない。
(ミュデスの時も来てたけど、ミュデスを嵌めたの、そいつでしょ。いわゆる英雄とか魔塔の勇者とか、そういうのとは違うけど、舐めてると痛い目に遭わされる相手)
あんな人材が隠れているのなら、ドレシア帝国を敵に回さない方がいい。ラミアも無条件で思うほどだった。
「あぁ、彼ですか。恐ろしく有能だと聞いています。なんでも次の近衛軍団の総隊長候補だとか?」
メランもすんなりと頷く。知らないわけでは無かったらしい。『歩兵の化け物』という言い回しが分かりづらかっただけなのだった。
「クラリス殿が生きているのも、彼の差し金でしょう。でなければ、ミュデスに聖女様をどうされていたのやら」
フェルテア大公国にとっても借りのある相手、ということだ。
(なんか、恩って感じがしないのよねぇ)
なぜかは分からない。ミュデス糾弾の時の愛想のない仏頂面がそう思わせるのだろう。
かなり早い段階で、フェルテア大公国の魔塔対策に動き出していた節がある。どこまででも知り尽くして動いているような、そんな印象を受けるのだった。
(バーンズぐらいでいいのよね、正直)
どこまでも生真面目で誠実、というのがバーンズの心象だった。エレインに向けている、底無しに優しげな眼差しを見ているだけでも、信用に足るのだと分かる。
「ドレシアに行ったついでに、聖女が連れ帰ってきてくれれば早いのよ、話が。ミュデスから逃げた時には知り合ってたんだから、さ」
心底、期待してラミアは告げる。
シャットンもシャットンで、バーンズと馬が合うようだったから、上手く説得してきて欲しい。
「あたしはあの2人が欲しいのよ。気に入ったのよね」
ラミアはさらに加える。
「永住してくれればさ、この国の役に立つわよ、あの2人」
治癒術士のエレインもさることながら、軍人のバーンズもガズスと組ませれば有力な人材となるだろう。
「そうですね。聞く限り、自ら来てくれるなら、国を支える人材となって、私にも楽をさせてくれることでしょうね」
メランが次期大公候補と当初なれなかった理由を垣間見た。統治への熱意に欠けるのである。
(さて、どうしてやろうかしら?)
ラミアは思考に埋没していく。
どうすれば、2人をフェルテア大公国の人間にして、共に戦えるのだろうか。
「魔塔攻略した後はどうするのですか?」
メランの問のせいで、思考が中断させられた。
「はぁ?」
ラミアは間抜けな声で訊き返す。多少、喧嘩腰になるのは御愛嬌だ。
「いえ、魔塔がなくなったら、ラミア殿は、どうするおつもりなのかなと。その強力な魔術を、どうなさるおつもりで?」
メランが書類にペンを走らせながら尋ねてくる。
まだ、そんな段階ではない。ラミアは反駁しかける。
(まぁ、でも、そうねぇ)
思わず考え出してしまう。ミュデスが自分に一方的に懸想したせいで立った魔塔だ。
当然に倒す。
だが、倒してからも自分の人生は続くのだ。
「そうねぇ。何にも決めていないけど。でも、あちこち回ってみようかしら?私たちなら、どこででもやっていけそうな気がするのよねぇ」
口から出た言葉に若干の違和感を覚える。
(私たち、ねぇ。シャットンも誘ってやろうかしらねぇ。そう言えば)
誘えばついてきてくれる。ラミアはそんな気がしていた。
「私たち、ですか。誰だか丸わかりですが」
メランも察して苦笑いだ。
「気にはならないのですか?そのシャットンは今も護衛として、聖女クラリスについていきましたが」
嫌なことを言ったつもりなのだろうか。
「別に。あいつが聖女にくっついてるのは、まだ契約が残ってるから、なんですって」
元アスロック王国出身のシャットンだ。フェルテア大公国への愛着はほとんどない。
契約して雇われているのに過ぎないのだ。
「契約が切れたら?」
メランが尋ねてくる。
「別に。私と一緒に旅でもしてくれればいいわよ」
こともなげにラミアは言い放つのであった。




