184 第6分隊〜ジェニングス3
「まぁ、隊長も隊長で、今は難しい時期でしょうから」
マイルズが力無く笑って言う。家の中では相応に苦労していそうなことが、覗える表情だった。
(エレイン殿のことを言われているんだろうな)
たしかに目下、私的なところでは最大の懸念事項ではあった。可愛らしい恋人だが、不満も含めて言いたいことをはっきりと言う。今回の件も文句を言われないわけがない。
(このまま普通に皇都にいられれば、少しは関係を進めようと思っていたのに)
魔塔での経験を経て、一層、親しんで心の距離が縮まったと思うのだが、忙しくてなかなかうまくいかない。
たしかに難しい時期なのだった。
「また、あの魔塔か。今回は上に行けるんですかね?第1とは比べものにならんとか?」
ジェニングスが楽しげに、同じく特命好きのビルモラクに尋ねている。
「本来、我々、単独で第1階層に挑むというだけでも狂気の沙汰だ。聖女の神聖魔術がどれだけの戦力となるかにもよる」
滔々とビルモラクが答える。同じくやはりどこか嬉しそうなのだった。
「第2階層よりも上はオーラという瘴気を遮断する術が必須だ。それをわれわれ全員にかけた上で、更に神聖魔術とやらの修練もする。目的を考えると現実的ではないな。オーラのことを考えずに神聖魔術とやらの修練に集中させるなら、第1階層のほうがいい。さすがに上はないだろう」
ビルモラクは自らの分析を告げていた。特命のことを考えるのか楽しくてしょうがないのだろう。
明るくなった面々と暗くなった面々の間にあって、無言で佇んでいるのがピーターだ。もともと使っていた支給品の両刃剣に加えて、短めのグラディウスという同じく両刃の剣を吊っている。マッシュバーン商会で、訪れて数日後に自分で買いに行ったらしい。
(シェルダン隊長と違って、まともな武器の購入を喜んだとかなんとか)
バーンズとしては面白いことでもあり、自分で自身のお金を使って部下が仕事について何かをした、ということが嬉しくもあった。
(今も自分なりに考えてはいるみたいだな)
会話にも加わらず、一心に考え込んでいる様子だ。素直過ぎるくらいに素直なのだった。
「隊長、妹のやつには会ってから任務に行くんでしょう?」
横から唐突にマキニスが尋ねてくる。
すべてがうまくいけば、未来の義兄となる男だ。
「あぁ、それは、当然、会いたいが」
バーンズは素直に頷く。ヘイウッドがヒューッと冷やかすように口笛を吹いたので、脛を蹴り飛ばしてやった。
「恋人に会いたいと言って、何かいけないか?」
じろりと床にうずくまるヘイウッドを睨みつけてバーンズは告げた。
好きだから会いたいと言うのはもちろん、このまま会わずに遠征となれば後が怖いという情けない理由もあるのだが。
(なにせ、シェルダン隊長、いつまでか、というのは明示してくれなかったからな。これは、長くなるやつだ)
どれだけの期間、会えなくなるのかも分からないのである。会わずに行こうものなら、帰ってきた時にはどうなるのかも分からない。
(エレイン殿は情に厚いから、振られるということはないと思うが)
だが、別の男とくっついていようものなら、どうなるか分からない程度の独占欲は、バーンズも人並みには持ち合わせているのだった。
「俺から、話をつけておきますよ。いつがいいですか?」
淡々とマキニスが尋ねてくる。どこまでも事務的な口調だが、どれだけ有り難いことを言っているのか分からないのだろうか。
ドレシア帝国では軍の通信は発達しているが、魔術に由来する通信は充実していない。いずれも高価なのだ。
(だから、苦労するのは男が女性にデートの約束を取り付けたい時だ)
首尾良くどこかで話し合いのためにわざわざ会うか、次にいつ会うのかを細かく詰めておかないと交際自体が流れかねない。
「それはもう、今晩にでも」
勢い込んでバーンズは答えた。渡りに船、というやつである。
「隊長、がっつきすぎでしょう」
復活したヘイウッドが指摘していたので反射的にバーンズは脛を蹴り飛ばす。もう一度、蹲らせてやった。
「いや、さすがに理不尽でしょう」
ヘイウッドが恨めしげに言うのを、バーンズは無視した。
他の隊員たちは苦笑いだ。
「まぁ、妹は果報者だ、と思うことにします」
同じく苦笑いで未来の義兄が告げる。
「だが、今晩だと仕事終わりになりますかね。俺がすぐ行って、どこにいけばいいか伝えて、妹は、身支度してから向かう。そんな流れですかね」
少し聞くだけでもエレインの負担が尋常ではない計画だった。
「さすがにそれは、申し訳ないかな」
バーンズは止むを得ず断念した。エレインならそれでも来てくれるだろう。
だが、一昨日にも同様に仕事終わりにデートをしたのだが。疲れ切っていたらしく、とても辛そうで眠そうだったのだ。
(それでいて、一生懸命に会話をしようとしてくれるからな)
寝落ちしそうなところをなんとか起きようと立て直しては話そうとする姿が可愛らしくはあったのだが。
極力、避けようとバーンズは決めていたのであった。




