181 思惑2
「シェルダン様とはしっかり、話をしておきたくて」
クラリスがまた発言した。
シェルダンは我に返る。どうやら教練書のことについて、自分の手によるものとほぼ決め込んでいる様子だ。
(だが、なぜ俺だと?)
シャットンという従者が口外したという感じでもない。決まり悪げではあるが、後ろめたそうでもなかった。
クラリスのここまでの行動にしても、教練書を渡したと断定したにしては対応があまりに中途半端だ。
(俺ならどうするかな?この聖女の立場なら?フェルテア大公国そのものを通じて、逃げられないよう、国としてドレシア帝国に協力を依頼するか?)
それで自分が協力するとも限らないから、難しいところだろう。
(そもそもあの教練書はウェイドのためのものだ。聖女相手に渡しただけでも、かなりの譲歩だと思うが)
何やら事足りず、ドレシア帝国皇都グルーンにまで姿を見せたのであった。
「シャットンさんが持ってきてくれた教練書を、私、勉強して、何度も読み返しました」
クラリスが切り出す。
なんとなく嘘ではないのだろう、とシェルダンは見ていた。かつての聖騎士セニアと比べ、書物に目を通すということについては、クラリスの方が真摯に見える。
(何度も、ってあたりがそんな感じだ)
聖騎士セニアの場合、ちょっと目を通すなり闇雲に使おうとしたものだ。クリフォードから聞く限り、そんな感じだった。
「文章の感じから、シェルダン様かなって思ったんです。でも違ったとしても別に構いません」
薄く微笑んでクラリスが告げる。『どうせ認めてはくださらないのてしょう?』と言われているような表情だ。
「私ではありませんよ」
当然、シェルダンは断言する。まさか文体から自分と思われるとは思っていなかった。本当によく読み込んだのだろう。
「何のことだかすら、さっぱり分かりませんな」
ついでにシェルダンは横も向く。
ここでフェルテアの聖女に指導をした、という前例を作りたくなかった。
いつか自分が退役した後、ビーズリー家に代替わりのたび、フェルテアの聖女が教えを請いに来る。
これが最悪の想定だった。
(まして、次代のウェイドが法力に長けてると来てる)
聖騎士や聖女ほどとは思わないが、少なくとも自分よりは強い。メイスンぐらい使いこなせてしまえばもう駄目だ。有事の際には便利に使われかねない。
(当家はウェイドの代でまた、小隊長か、いや分隊長か、いや普通の兵士にまで戻すんだからな)
そして極めて有力な分家として、貴族のルンカーク家を残してやればいい。
シェルダンとしてはそう考えていた。だから、ウェイド個人に貴人たちの注目が集まるのは避けたいのだ。
「そういうことにしておきます」
クラリスがすんなりと退いた。
(いや、退いていない。この娘、俺に会うまでが計画だったな)
リオルを利用して、無理矢理に話す場面を作った。
教えを強要することは目的ではない。或いは教えを受けられるとまでは思っていない様子だ。
(なんなら、俺は教えることまでは難しいかもしれん)
自分も資料をまとめたぐらいだから、当然、頭に入っているし理解もしている。だが、クラリスに指導出来るかは本当にするとしても微妙だ。
(なら、何が飛び出すのか。いや、悪い癖だな)
少々、楽しみに思っている自分にシェルダンは驚く。
「私、神聖魔術の使い方や力は頭に入りました。多分、感覚も掴みかけてはいるんです」
さらりとクラリスがまた告げる。
隣に立つシャットンがやはり驚いている様子だ。
シェルダンは答えない。ただ次の言葉を待つ。
「私は全ての階層でガズス将軍の無事を祈っていました。そうしたら、ガズス将軍は本当に無事でした。時には不自然なぐらいに、動きが強く、速く、変わっていて。あれが神聖魔術だったんでしょう?」
クラリスが自分の思っていたのと同じことを告げた。
やはり本当によく読んだのだ。
(そう、つまりはそういうことだ)
シェルダンも同感だ。
魔塔内では知らずに使っていた。素質は十分なのだろう。
真摯にこれまでの人生でも祈りを捧げてきた賜物だとシェルダンは見ていた。
たった3人の実働戦力で挑み、そのうちの1人が何度か限界を超えた力を発揮したのである。だが、なんのことはない。クラリスの無意識の助力があっただけなのだ。
「撤退して、その時から教練書を読み進めて驚きました。フェルテアの聖女はオーラを通じて、かけた人間に自らの魔力を付与することで強化する、と。そう書いてありました」
書いたのは自分である。
シェルダンは薄く笑みを浮かべた。
リオルが嫌な顔をする。自分の笑顔は縁起が悪いと、未だに思っている者が多いのだった。
(ただの平和ボケした小娘だと思っていたが、どうしてなかなか)
目を覚ましたとでも言うべきなのか。生来の生真面目さと律義さをシェルダンは感じた。
「おっしゃっているのが正しいのなら、私に用向きなどないでしょう。その力を磨いて、次こそ魔塔を攻略なさればよろしい」
それでもシェルダンは険しい声で告げる。自分も間違いではない。分かったのなら、あとは実践すれば良いだけなのだから。
「頭には、知識を入れました。まぐれで、何回か使えてもいます。でも、それだけです。一般論として、そういった場合にはどうするべきなのですか?それをシェルダン様に伺いたかったんです。シェルダン様が一番、まともな常識人に思えたので」
こんな言い回しを用意してきたのなら、悪くない。
シェルダンは思い、バーンズにまたしても特命を押し付けることを決めたのであった。




