18 治癒術士とのデート1
皇都グルーン中央にある建国記念公園にて、バーンズはマキニスの妹と待ち合わせをすることとなった。
(声をかけてもらって、おまけにこちらに合わせてもらってしまった)
マキニスからの打診があって、3日目の急展開である。とんとんと話をマキニス自らが進めたのであった。バーンズが休暇中のうちに、と急いでくれたのである。
粗相は出来なくて服装から気を使ってしまった。私服であるシャツとズボンを棚から引っ張り出して、洗濯して着ている。数少ない自分の一張羅だ。『一着ぐらいはそういう服を持っておけ』とシェルダンに言われて購入したものだった。
公園の真ん中には噴水がある。噴水をぼんやり眺めて相手を待つ。
「あ、こんにちは」
後ろから声をかけられた。
振り向いてみると、白いブラウスに紺色のカーディガンを身に着けた女性が立っている。少し、距離があった。クリーム色の膝丈スカートをはためかせて駆けてくる。
全体に大人しめの格好だが、表情や仕草からは活発な印象を抱く。
聖女クラリスが気絶した時に来てくれた治癒術士だと気付いた。
「お久しぶりです」
バーンズは丁重に頭を下げた。奇遇なこともあるものだ。
「私のこと、覚えてないんですか?」
少し驚くほど距離を詰めて、上目遣いに見上げてくる。自分より頭一つは背が低いだろうか。
琥珀色の瞳が邪気なく自分を見上げている。
「覚えてますよ。ルフィナ様についていらした、エレイン殿でしょう」
何度か名前を呼ばれていた。自分でもよく覚えていたものだと思う。
「ええ!良かった!覚えててもらえた!」
とても嬉しそうにエレインが頷く。
バーンズは人目が気になり始めた。
これからマキニスの妹とデートをする立場なので、目立つ反応は困る。それなのに無邪気な反応にバーンズは微笑んでしまう。
事実、可愛らしく元気の良いエレインが人目を引いてしまい、すれ違う人からチラチラと見られるのであった。
「今日は宜しくお願いします」
思わぬことを言い、エレインがペコリと頭を下げる。
「えっ?」
間の抜けた声を上げることしかバーンズには出来なかった。
「えっ?」
エレインもびっくりしている。
2人で向き合ってびっくりし合う格好となってしまった。
「兄から私の名前、聞いてないんですか?マキニスの妹でエレインです。いつも兄がお世話になってます」
もう一度、エレインが頭を下げて自己紹介する。
驚いてバーンズはまじまじと栗色の髪を見下ろす。
(あのマキニスの妹が、こんな可憐な人なのか)
酒を飲みゲラゲラ笑い合っている兄のマキニスの姿からは、こんな妹がいるとは思えないのであった。
相手が頭を上げたのと入れ違いに、自らも頭を下げる。
「いや、こちらこそ、お兄さんにはお世話になってます」
慌ててマキニス兄のために告げてから頭を上げると、エレインのふくれっ面が目の前にあった。
「あまり気が進まなかったんでしょう?兄さんも私のこと、ちゃんと説明してくれなかったのね」
ものの見事にここまでの経緯を言い当てられてしまう。
確かに自分は、気が進まなかったし、マキニスからは何の説明もない。
(いや、マキニスのせいじゃない。俺の方から聞くべきだった)
思わぬ話の展開に戸惑って、自分は、自身の準備で余裕がなかったのである。
バーンズ自身が猛省すべきことであって、部下のせいには出来ない。
「いえ、そういうことではなく、私などにこんな素敵な妹御を紹介しようなどと、お兄さんの正気を疑ってしまって。あなただと分かっていれば、当然、断るわけもなく」
しどろもどろになりながらも、バーンズは我ながら気障っぽいことを言ってしまったことに気付く。
「でも、一回、お断りになりましたもんね」
さらにじとりとした視線を向けられる。エレインがムスッとした顔のままであった。
「まさか、こんなに可愛らしい人とは思わなくて」
焦りに焦ってバーンズは言い訳を重ねる。実際、治癒術士のローブ姿とはまた印象が変わり、清楚な可愛らしさをエレインにバーンズは見いだしてしまう。
「もうっ、冗談です」
プッと可愛らしく吹き出してエレインが笑った。
「私の方から兄に無理を言って、聞いてもらったところもあるから、バーンズさんにも」
照れくさそうにエレインが言う。
「むしろ、無理を聞いてもらってすいません。どうしても気になっちゃって、バーンズさんのこと」
肩をすくめて言われると、バーンズは不覚にも救われたような気分になってしまう。いたずらっぽい笑顔に惹きつけられてしまう。
結局のところ、エレインが可愛らしいということに尽きるのであった。自分もあの程度のやり取りで記憶していたのだから、気には止めていたのだろう。
「いや、こちらこそ、なんというか、光栄です」
適切な言葉が出て来なくて、バーンズは頭を下げた。
しかし、エレインの方からは自分の何を気に入って、話を取りつけようとしてくれたのかがわからない。
「うふふ、私、楽しみにしていたんですよ」
ニコニコ笑ってエレインが言う。19歳ということだが、邪気のない素直な話し方をしてくるのだった。
「いえ、こちらこそ」
周囲も若い恋人たちばかりだ。なんとなく気恥ずかしくなって、バーンズは頭を掻いた。
「じゃ、行きましょ」
にっこりと笑ってエレインが手を取って歩き出す。
バーンズはエレインの勢いに圧倒されつつも並んで歩き始めるのであった。




