177 第6分隊〜ピーター7
強くなるということについて、ピーターを見ているとバーンズは考えさせられてしまう。ピーター自身が考えるべきことでもあった。
(だが、自分が強くなるというのには、絶対に限界があって。そういう時にどうするのか。どうあるべきか。こいつが次に考えるべきなのは、それだ)
バーンズは自分の中で結論づける。
所在なさげに立っている姿は頼りないピーターだが、既に並の人間よりは明らかに強いのだ。その力を振るう判断力まで頼りないのでは、あまりに危なっかしい。
ピーターがじっと自分を観ていた。
「どうした?」
バーンズは視線に気づいて尋ねる。
「いえ、俺のせいで、総隊長から叱責を受けてきた、そんな話だったので」
もともとの気質がこういう言動に出るのだった。
「そうだな、まぁ、そういう話ではあったか」
苦笑いでバーンズは頷く。あくまで、話の入口がそうだったというだけなのだが。
「すいません」
ますます、ピーターの顔が暗くなる。
「だが、結局、あの人は、足りないって、そう言っていたよ。暴れた酔っぱらいなど、骨を砕いて埋めるべきだったそうだ」
バーンズはシェルダンの言動を思い出して告げる。
自分たちの総隊長は苛烈な人間なのだった。
「ええ」
ピーターが絶句する。そっち方向に怒られるとは思ってもみなかったようだ。
「お前もそう思うか?」
あえてバーンズは質問してみる。
「いや、俺は。そんな、昔のアスロックじゃあるまいし」
ピーターにすら言われてしまうほど、旧アスロック王国の苛烈さは広く知られているのだった。
「ははは、そうだ。誰の言うことでも鵜呑みにするものでもないって、よく分かるだろ」
声を上げてバーンズは笑う。あのシェルダンがピーターに呆れられているというのが、どうしようもなく面白い。
「そ、そうですね」
ピーターが困惑している。
「おい、ピーター、お前の得物はどうだ?今は支給品の余りを使ってるんだろう?」
バーンズはふと気になって尋ねた。
北の戦線で武器庫に余っていた両手剣を今も使っている。
「そう、ですね。もう少し、短くても良いかなって思うんですけど」
ピーターが腰の剣に手を当てて答える。
「俺も武器屋に用件がある。だったら、お前も付き合え」
バーンズは告げる。シェルダンに紹介された武器屋に連れて行こうと思った。得物を選ぶというのは、兵士として生き残る最初の工夫だろう。
「はい、仕事の後ですか?」
素直に応じるのはピーターらしさだった。ジェニングスや自分のようにまだ擦れていない。
「あぁ。終わって着替えたら、正門前に来い」
バーンズは頷く。
一通り、定時までヘイウッドに仕切られながら書類作成に1日を当てる。
ピーターと約束したとおり、バーンズは紺色の長袖シャツに着替えて正門へと向かう。少し待つとピーターがやってくる。こちらは青い長袖シャツだ。
「すいません」
ピーターが待たせたことについて頭を下げる。
隊長の自分のほうが後片付けも何もなく、あがりが早かっただけだ。
「いい、行くぞ」
シェルダンからの紹介状と地図を手に、バーンズは先導を始めた。
「武器屋に自分で行くのは初めてです」
ピーターが緊張した顔で言う。
軍人であれば最低限の武器は支給される。確かに自分で買いに行くという発想はなかなかないだろう。収入に対して、武器というのが大きな出費だという事情もある。
「俺もあまり、そうそう行くものでもないが」
バーンズは苦笑いだ。散策はよくするので、これから向かう『マッシュバーン商会』の場所は知っているのだが。
自分も入るのは初めてだ。
「例の、ヘイウッドさんの言っていた弩弓ですか?」
ピーターが歩きながら尋ねてくる。
商店街を軍人と丸わかりの格好で歩いていた。夕飯準備の買い物で人がごった返す時間帯だ。いちいち視線を向けられることも多い。
「俺はそうだ。そういう武器屋をシェルダン隊長に薦めてもらったよ。あの人は詳しいからな」
少し商店街を離れた一角に一軒家の店舗がある。
看板には『マッシュバーン商会』とあった。西部の大都市ルベントから移転してきた店舗なのだという。
「いらっしゃい」
店舗の扉を開けるなり、声をかけられた。
いかつい初老の男が奥でカウンター越しに座っている。
「マッシュバーンさんですね、俺はバーンズと申します。シェルダン・ビーズリーの部下で」
紹介状を懐から取り出してバーンズは店主に渡す。
「あぁ、あの人か」
マッシュバーンが嫌な顔をする。
「何か?」
バーンズは気になって尋ねる。
「妙な武器やら何やらばかり作らされたもんさ。挙げ句、皇都にまで出店させてはもらえたが、相変わらず、妙なものばかり」
マッシュバーンとは知らなかったが、バーンズもシェルダンの犠牲者的な武器職人について噂を聞いたことがあった。
(シェルダン隊長に鉄球ばかりつくらされて、鉄球ばかり作ってる武器屋がいるって。それがこの人か)
バーンズは気の毒に思うのだった。
店舗内にはこれでもかとばかりに、立派な剣や槍が並べられているのだが。カウンター奥の壁には鎌やら鍋やら仕込み杖など、取り留めもない物品のメモが所狭しと貼られている。
見事な不一致だった。
「ご希望に沿うかは分かりませんけど、俺は弩弓が欲しくて」
バーンズは話を切り出した。
「弩弓?あぁ、どうせあの人のことだ。やたら巨大なのが欲しいんだろう?」
じとりとした視線をマッシュバーンが向けてくる。
確かに無駄に大きなものを好むところがシェルダンにはあった。それに散々、付き合わされてきたのだろう。
「いや、隠し武器みたいに使いたいんで、むしろ小型化したいんですが」
バーンズは卓の上に身を乗り出して説明する。
その場で組み立てる手間も考えなくてはならない。他の武器や道具も持たねばならないので、邪魔になるのでも困る。
「ほぅ、それはどういうことだ?」
マッシュバーンが興味を示した。
それからバーンズはマッシュバーンとともに弩弓の設計について議論を交わすこととなる。
隣では付添のピーターが固まって耳を傾けていた。
(武器をこうやって工夫することの手間を隣で見て、少しでも自分で考えるってことを、肌で感じてほしいな)
バーンズは思い、次第にマッシュバーンとの話し合いにのめり込んでいくのであった。




