173 第6分隊〜ピーター4
「いいんだ。私が何をしたでもないし。君たちが先陣切って突っ込んでくれたから、私のところの隊員も助かった、というところもあるから」
笑ってカディスが去っていく。
バーンズは分隊員たちのいる執務室にまで見送りに出た。
他の隊員たちも直立して見送る。
「すげぇですよね、なんか、あの人。俺なんかと同い年なんですがねぇ」
ヘイウッドがこぼす。
そう考えるとヘイウッドなどは、良いところも多いものの、もっとしっかりしてほしいのだった。
「あれで、すごい年下の恋人がいるらしいですよ」
座りながら、やはり口数は多くおしゃべりなヘイウッドが加える。ここにきて、なぜカディスの恋人の話をしようと思えるのか。
バーンズは呆れてしまう。
「その噂好きはなんとかならないのか?」
自分のこともどこでどう言われているのか、知れたものではない。
「仕方ねぇでしょう、つい、頭に浮かんじゃうんだから、訊いた話が」
ヘイウッドが言い訳するのだった。
「同期の人の妹さんらしいです。9歳も年下らしいけど。なんだか特別な、関係なんだそうです」
小声でピーターがこぼす。
こちらは遠慮があるらしいものの、どうやら知っていたからか言わずにいられなかったらしい。
同罪である。
「全く、お前もそういうのは口外せずにおけ」
ペチっと頭を叩いてバーンズはたしなめるのだった。
実のところはバーンズも知っている。同期だったというのは、自分も世話になったロウエンのことだ。今は重装歩兵をしているらしい。その妹の、確かロッカという娘だ。
「すいません」
素直に謝罪するピーターだが。
今度はヘイウッドにつられて、また粗相をしたのである。
「お前もその、他人につられて何かを仕出かすのをやめろ。よく注意するように」
バーンズは指摘するのだった。
その後、午後になってから、シェルダンの下へと向かう。一応、予定連絡は入れておいた。何かと外に出て悪巧みをしているのがシェルダンという男だ。気付くといないのである。
確実に会いたいなら予約をいれなくてはならない。
第1ファルマー軍団軽装歩兵連隊の本営、シェルダンの執務室へと至る。
「失礼します」
ノックをしてバーンズは告げる。
「入ってくれ」
机の傍らに立って、シェルダンが出迎えてくれた。
「大変だったな」
開口一番にシェルダンが言う。どの件を指しているのか。
「いえ」
心当たりが多過ぎてバーンズは返答に困る。古くは魔塔攻略の特命あたりから大変だったのであった。
「酔って暴れただけではなくて、軍人にも突っかかり、挙げ句の果てに苦情だと?図々し過ぎて気に入らんな。いっそ、その場で骨ぐらいはやってしまえば良かったんだ。無傷のまま取り押さえてやるなんて、優しいような、生ぬるいような」
先日の乱闘騒ぎのことであった。心底、忌々しげにシェルダンが言う。
世間と少しズレているのだった。あるいは苛烈でなくてはいけなかった、アスロック王国時代の感覚が未だ抜けないのか。
シェルダンにとっては、ジェニングスのやり過ぎですら、生ぬるいと感じられるらしい。他の人々で同じことを言うものはいなかった。
「何人か、骨ぐらいは折れていたようです」
診断書を思い出してバーンズは報告する。
無傷で済ませてやったわけではないのだった。
「苦情を言ってくる元気が残っているだけ、優しいな。まぁ、骨折ぐらいは良い薬だろうよ。悪いのはあちらだ。文句を言ってくるようなら、徹底的にやってやるさ」
シェルダンの『徹底的にやってやる』というのは本当に怖い。苦情を言えないよう、闇討ちで黙らせるぐらいのことまで含まれている。
(下手すりゃ自分で鎖鎌使ってやりかねないもんな)
どこかの壁上から分銅を放ってくるのだ。並の腕前では躱すこともできないだろう。まして、一般人の酔漢などひとたまりもない。
(今のところは、皇帝陛下に話をして、正規におさめるつもりみたいだけど)
部下を守ろうという意思がとにかく有り難い。シェルダンの良いところでもあった。
「で、今日はどうした?お前のことだ。来た用件はまた別だろう?」
笑ってシェルダンが話の水を向けてくれる。
話が早い。バーンズは頷いた。
「先日の魔塔での戦い。俺の貢献度とかは、また別で。ちょっと考えさせられることがあって」
バーンズは切り出した。役には立てたはずだ。
だが、何度か危ない目に遭って、負傷もしている。あれは本当に、他のやりようはなかったのだろうか。
「俺の得物は、今のところ手甲鈎とか片刃剣ですけど、どっちも魔物に近付きすぎる、と、思って。よほどの達人でないと上位の魔物との近接戦闘は無理です。だから、距離を置きたい。隊長の鎖鎌とかみたいに。あの武器を愛用されてたのには、然るべき理由がちゃんとあるんだなって」
バーンズはシェルダンの先祖にも敬意を抱きつつ、本題へと入るのであった。




