163 第6分隊〜副官マイルズ3
自分が未だに分隊長でいるのには、総隊長であるシェルダンの意向が大きい。バーンズは自身としてはそのように捉えていた。
「別に不遇ってことはないと思っているが。収入は悪くないし、エレイン殿に不便をかけるつもりもない」
バーンズは自身の給与明細を思い浮かべつつ告げる。フェルテア大公国での任務もあり、相応の手当はつくはずだ。
(俺自身も分隊長くらいのが気楽でいいということはあるが)
シェルダンから特命を仰せつかるにあたって、少人数のほうが動きやすい。そのうえ、ビルモラクを筆頭に特殊な人材も集められていた。第6分隊という少数精鋭の精強な部隊を率いることにはやり甲斐がある。
(だが、そんなことに慣れすぎたせいか、50人の指揮だって、ちょっと想像もできない)
小隊長ともなれば50人もの部下を持つ。中隊長ともなれば数百人だ。
到底、自分では面倒を見切れない。そんな気がしてしまう。
「気を揉ませたくないなら、相手を惨めな気持ちにさせてはだめですよ。と、なると先立つものが必要だと言う話に結局、なるのです」
至って真面目な顔でマイルズが言う。
ふざけて言っているのでないと分かるから、バーンズも返答に困るのだった。
「そもそも隊長はいつも軍営におりますが、お相手とはちゃんと会っているんですか?こういう時は自分から会いに行かないと」
さらにマイルズがたしなめてくる。
確かにここ数日、会ってはいなかった。エレインのほうが忙しかったらしい。マキニスのほうからそれとなく聞いていた。
「そうだな」
相手の迷惑になると、自分に言い訳をしてはいなかったか。
未だにエレインから向けられる好意には、こそばゆさや照れ臭さを覚えてしまう。気持ちを自覚してなお、無防備には会いに行きづらいのだった。
(だが、今日だって、今からでも。押しかけてでも時間を工面してもらえば夕飯ぐらいは)
至って生真面目なマイルズに背中を押されるとバーンズもそんな気になるのだった。
(エレイン殿も真面目な人だから、大概、職場か寮にはいるらしいし)
自分にその気さえあれば、もっと早く会えたのだ。
治療院でジリジリしているであろうエレインを想像すると申し訳なくなった。
「ちょっと会ってくるかな」
気軽に行ってみて、駄目ならそれまでで良いではないか。
「あ、だが、マイルズ、そういえばお前の用事は?」
なんの意味もなくここに来る男ではない。
フェルテア大公国からの手紙ですっかり気がそれてしまった。
「なに、明日からの訓練について一応、詰めておこうかと。俺の判断でもどうとでもなることですから」
肩をすくめてマイルズが言う。
確かに副官のマイルズが若い面々の訓練を一手に引き受けているのが現状だ。
「すぐに終えて、うちも今日ぐらいはどこか、美味いものでも食わせてやろうかと、そう思っていましたよ」
さらに笑ってマイルズが加えた。美味いものでも食おう、というのが、傷跡のあるいかつい風貌に、なんとなく似つかわしい。
年齢としては数年しか違わないのだが、家族持ちとしては大先輩なのであった。
「分かった。明日からまた頼む。今日は、甘えさせてもらおうかな」
バーンズは告げて立ち上がる。
「むしろ、お相手に甘えてみてはどうです?」
冗談を珍しくマイルズが言い放つ。
なんとなくエレインに膝枕される自分と、ひどくご満悦のエレインを想像して、バーンズは気恥ずかしくなった。
「それは、もう少し、段階を重ねてからにする」
バーンズは大笑いのマイルズと別れると、身繕いを整えて治療院へと向かう。
ちょうど昼と夜の中間ぐらいの時間帯だ。
(だが、どうしたものか)
つと、煉瓦でできた建物の前に至って、バーンズは立ち止まる。
何も約束などしていない。用向きを告げれば、取り次いでもらえるだろう。だが、肝心の用向きが極めて恥ずかしいものなのだった。
(待つか?いや、どこで?)
バーンズは治療院前の通りをウロウロする。
「あら?不審者かと思ったらバーンズ君じゃないの」
ふと、鈴の鳴るような声が告げる。エレインの雇用主ルフィナだ。
皇都グルーンの中央治療院の院長であり、当代きっての治癒術士でもある。さらには夫がドレシア帝国軍の最高峰ゴドヴァン騎士団長なのだった。
「ルフィナ様」
とっさにバーンズは跪きそうになる。
「やめてちょうだい。シェルダンの懐刀にそんなことされたら、私も後が怖いんだから」
笑ってルフィナに制止された。
「エレインに会いに来たんでしょう?ゴドヴァンさんにも見習ってほしいぐらい。マメなのねぇ。エレインが羨ましいわ」
ルフィナが嘆息して告げる。
「それに免じて、私が呼んでくるわ。そうね、あの子も大変だったのに文句言わず頑張ってたから、早上がりしてあげちゃいましょう」
むしろ、あれだけの大仕事の後にも、普通に業務に勤しんでいたらしい。
勤勉なエレインについて、バーンズは舌を巻く。
「バーンズさんっ!やった!来てくれたんですね!聞いてくださいっ!ルフィナ様ったらひどいんです。魔塔で怖い思いしたのに、戻るなりすぐ仕事で。バーンズさんにも会いにも行けなくて」
怒涛のようにまくしたてるエレインを、バーンズはそっと愛しさをこめて抱き締めるのであった。




