162 第6分隊〜副官マイルズ2
(ラミア様らしいといえば、ラミア様らしいが)
ぎりぎり問題にならない内容だ。
だが、シェルダンの神経には障っただろう。
魔塔での戦いや働きへの謝辞が中心であり、いかに助かったかが列挙されていた。だが一言、『次もよろしく』などと軽く書かれている。
(やっぱり問題になるかも)
次があるのは魔塔を倒せなかった以上、間違いはないのだろう。だが、バーンズを再度、派遣するかはドレシア帝国次第。さらには上官のシェルダン次第なのだ。
それをラミアが勝手に決めつけている格好だ。
(これは、問題がないんじゃなくて。隊長、俺の出方も見てるんだな)
そう考え至ると、バーンズとしても安易な反応は出来ないのだった。
(くそ、フェルテアでのやり取りがなければ、本当にただの社交辞令だったのに)
バーンズはため息をつく。手紙ではさすがにそこまでは書いていない。
ラミアが自分を私兵隊長にし、エレインをお抱えの主治医にするとまで言っていたのだった。2人とも扱いが実力に見合ってない、ぐらいのことも言われている。
かなり露骨な勧誘をされたのだった。
(困ったことに、ラミア様は本気だ)
そもそもお互いの立場を考えると、勧誘自体が問題だらけなのだが。本気なので、いずれラミア本人が姿を見せるかもしれない。
シェルダンとラミアの対話など自分は立ち会いたくもなかった。
「やはり、何か厄介事でしたか?」
慎重にマイルズが尋ねる。心配そうだ。忠実ではあり、バーンズ自身も人柄は信用している。
もっとのっぴきならなくなったら相談しよう、とバーンズは思った。
「ただの謝辞だったよ。さんざん、危険な中で働いてきたんだから、謝辞よりも謝礼金のほうが欲しいぐらいなんだけどな」
冗談めかしてバーンズは告げる。
ぎこちなく、マイルズも笑みを返した。本当はまだ疑っているのが、丸わかりだ。
(ラミア様は本当に、そのあたりは遠慮がないと言うか、分かってらっしゃらないというか)
バーンズとしては、困ったことである。
自分への勧誘など軽々しく、フェルテア大公国側の人間が行えるものではない。
自分はドレシア帝国の軍人なのだ。上にはシェルダンがいて、果ては皇帝シオンがいる。その2人の頭越しに勧誘などしては、国際問題になりかねない。
だから、勧誘などあり得ないし、バーンズがなびくわけがないのも分かりきってはいるのだが。
(それでも、そうかも知れない、と疑われるだけでも俺からすれば面倒なんだっていうのに)
ちらりと未だに疑わしげなマイルズを見て、バーンズは思う。自分に忠実な、この副官ですらこの有り様なのだ。
フェルテア大公国の有力な貴族とやり取りがある、というだけでも、バーンズの周囲はいろいろと勘ぐってしまう。
「結婚は、金がかかりますからな」
ポツリとマイルズが思わぬことをこぼす。
一体、何がどうなって結婚と金の話にマイルズがたどり着いたのか。バーンズには、さっぱりわからない。
「うん?なんで、そうなる」
バーンズは驚いて尋ねる。
なお、結婚と聞くとどうしてもエレインを思い浮かべてしまう。ついでに花嫁姿も夢想して、自身に呆れてしまった。
自分は何を浮ついているのだろうか。
「マキニスの妹と交際されているでしょう?あの治癒術士のエレイン嬢です。最早、隠してもいないようでしたが」
マイルズがとうとうと説明する。
エレインのほうが露骨な上、周りにも既成事実づくりなのか、見せつけようとしているだけだ。隠しようもない、というのがバーンズの感覚である。
(断じて、俺のせいじゃない)
バーンズはマイルズにも、言ってやりたいぐらいだった。
例えば隊員たちの前でもいちゃつくような雰囲気となり、それが迷惑だというのであっても、バーンズとしては心外なのであった。
「交際はしてるが、この間の任務で一緒だったのは、俺の方はシェルダン隊長、エレイン殿は治療院院長ルフィナ様のご意向があってのことだ。別に付き合ってるから一緒に上がってきたわけじゃない」
憮然とした表情を自分は浮かべていることだろう。
公私混同したなど、言われたくもないのだった。完全な誤解だ。
「いえいえ、そういうことではないです」
マイルズが苦笑いを浮かべて言う。
自己弁護するのに自然、顔と口調とが険しくなってしまったらしい。
「聞こえていましたから、ラミア様のお声は。謝礼金どころか、収入の話にもなっていましたから。今の隊長の立場では実力に見合った収入ではない、だから、私が出してやる、でしたか?」
マイルズにもばっちりと、ラミアの勧誘する文句は聞こえていたのだった。他の隊員たちにも聞こえていたはずだ。
だが、さすがにことがことなので、他の隊員たちも口外していないのだろう。
「隊長は実力の割に不遇だ。シェルダン総隊長にも便利に使われている。俺らの目にもそんな風に見えていて。まして、金のかかる人生の時期に差し掛かったから、いろいろ考えてしまうのですよ」
マイルズもまた思わぬことを告げてくるのであった。




