16 皇都帰還
肩透かしに思うぐらいに、聖山ランゲルから皇都までの帰路では何も問題が起きなかった。
皇都につくや皇城の憲兵に聖女クラリスの身柄を引き継ぎ護送勤務はつつがなく終了する。
(保護してからずっとかかりきりだったもんな)
バーンズはシェルダンへの報告を終え、ようやく気持ちを緩めることが出来た。
何やらシェルダンも北へ出撃するとのことだったが、第6分隊だけは独自で働き通しだったため、7日間もの休暇を貰えたのだ。バーンズとしては普通に嬉しい。
何をして7日間を楽しみ尽くそうかな、などと寮の自室でバーンズはその翌日、独りでウキウキしていたのだが。
「隊長、俺の妹に会ってやってくれませんか?」
自室を尋ねてきた部下のマキニスが言う。
同い年ということもあって、休日には酒を部屋で酌み交わすこともある間柄ではあるのだが。
「何?」
たっぷり一呼吸を置いてからバーンズは尋ねた。一瞬、何を言われているのかわからなかったのだ。
「俺の妹が隊長に会いたいって言うんですよ」
マキニスがうんざりした顔で言い直す。かなり風変わりなことをしている自覚はあるようだ。
時折、雑談をしていて、妹の存在が登場することはあった。仲の良い兄妹ではあるらしい。ただ、バーンズとしても気が引けてあまり立ち入った話をマキニスの妹についてしたことはなかった。
「妹さんが?なんだって、俺なんかと?」
バーンズは理由がわからぬまま尋ねる。21歳であるマキニスの、その妹であり、極端に年齢が離れているのでもなければ、年頃の女性ということだろう。
(何が悲しくて、俺みたいなむさっ苦しくてうだつの上がらない軽装歩兵なんかに会いたいって言うんだ?)
紺色のシャツに同色の長ズボンという自身の出で立ちを省みるにつけ、バーンズは思うのだった。
「俺だって知りたいぐらいですよ。まったく、兄貴の上司に絡もう、だなんて、あいつは一体何を考えているんだか」
マキニスもため息をついて言う。
「マキニス、お前の妹さんは確か医師の卵だろう?たしか」
バーンズは記憶をたどる。何か医学的な学問の話が前に妹について出たような気がした。
「治癒術士ですよ。何でかあいつだけは、うちの家系じゃ珍しく、魔力を持ってるんで」
マキニスが肩をすくめて告げる。
(じゃぁ、もっとすごいじゃないか)
尚の事、バーンズとしては身を引きたくなってしまう。
歴史のある家系だったとも聞くし、ご両親もマキニス妹には破格の期待を寄せているのではないか。
「それは、ちょっと、マキニス、妹さんは何か気の迷いだろう?お前の方から角が立たないように断ってくれないか?頼む」
バーンズは部下に素直に頭を下げた。
「ええっ、隊長、困りますよ。俺だって可愛い妹に頼まれて、言いづらいところを腹を決めて言ってんのに」
本当に困り顔でマキニスが言う。
「可愛いからこそ大事にしろ。俺なんか駄目だ。妹さんの幸せを兄として、もっと真面目に考えろ」
バーンズは自分で言っていて虚しくなってしまう。何が悲しくて自分自身をこんなに全否定しなくてはいけないのだろうか。
自分も人の子だ。素敵な女性と巡り会って、死ぬまで仲良く添い遂げたい、そんな人並みの願望くらいは持っている。
(だけど、いくらなんでも、部下の妹で治癒術士、だなんて)
限られた人材しか就くことの出来ない職種だ。収入もさぞや自分とは段違いであることだろう。
「隊長、自覚ねぇからな。アンス侯爵のお気に入り、シェルダン総隊長の子飼いって段階で絶対に出世するってんで、裏じゃ人気があるのに」
ブツブツとマキニスが言っている。
「とにかく、兄なら妹のためにしっかりしろっ!」
バーンズは背中を叩き、マキニスを部屋の中から追い出した。
まだ何やら外でゴネているが、顔も知らぬマキニス妹のため、バーンズは心を鬼にする。ドアを閉め切って布団を頭から被った。
とにかく休みは寝るのである。間もなく眠りに落ちた。
(んで、休んだら動くっ)
布団を跳ね飛ばしてバーンズは起きる。
既に翌朝となっていた。
仕事の疲れが睡眠で取れたなら、食事を摂って体力を回復し、忙しなく皇都グルーン中を散策して回るのがバーンズの楽しみだった。
観劇をしてもいいし、本屋も嫌いではない。公園で運動することも酒を飲むことも好きだ。
(シェルダン隊長みたいに、あそこまで自分を厳しく追い込めないし)
尊敬する上司と比べるにつけ、自分は人生を楽しめている方だと想う。
日中、思い通りに皇都グルーン中をうろちょろして、夕飯とする予定の弁当を購入した上で耳疾に帰ってきた。夕飯を摂って新聞に目を通していたところ。
「隊長ー」
ドンドンと扉を叩いて、マキニスがのんびりした声を上げる。
「うちの妹、隊長のせいで泣いちまったんで、責任を取ってくださーい」
嫌味ったらしく間延びした口調で、マキニスがとんでもない誤解を招きそうなことを言う。
さすがにバーンズも勢いよくドアを開ける。静かな休日の夜が台無しだ。
知らず怒りをこめて、同年の部下を睨みつけていた。
「どういうつもりだ?」
低い声でバーンズは尋ねる。
当然、この第1ファルマー軍団軽装歩兵寮に住んでいるのは自分たちだけではない。ラッド・スタックハウス率いる大隊の隊員がかなりの数、住んでいるのだった。
マキニスの妹を泣かせた男として、大隊中に知られることとなる。特にラッドからは散々にからかわれることとなるだろう。
「ですから、俺の可愛い妹が、会いもしない内から振られて落ち込んでるんで、男として何とかしてくださーい」
とんでもない無茶を顔色一つ変えずにマキニスが言う。
「お前な」
バーンズはたしなめようとする。いくらなんでも理不尽だ。会いもしない内から振るも振られるもあったものではない。
「せめて会ってくださいよ。それか断るにしても忙しい、日程が取れねえとかなら、まだしかたないでしょうよ」
遂に本気で怒った顔のマキニスに言葉を遮られてしまった。
「妹だって、兄貴に取り次ぎを頼んでるんですよ?かなりの勇気が要ることをして、それで会ってもらえませんってのじゃ泣きますよ。うちの妹じゃなくても。会った上で、それか会おうとはした上で振ってやってくださいよ」
破茶滅茶なことを、言われている気もする反面、圧力に押されて、言う通りのような気もしてしまう。
「俺だって、隊長ならっていうんでお願いしてるのに」
これは無理強いではなくてお願いだってらしい。
マキニスが口を尖らせる。
「だが、治癒術士のご令嬢と俺とでは釣り合いが取れないだろう」
バーンズは最後の抵抗を試みる。
「そんなのは、うちの妹と隊長とが会った上で、決めることでしょう。ま、せめて会ってからですけどね」
じろりと睨みつけながら、マキニスが釘を刺す。断れないというのである。
こうして、バーンズはマキニス妹とのデートをすることとなったのであった。
 




