158 戦後処理3
「本気ですか?バーンズ殿をドレシアから引き抜くと?」
呆れた様子でシャットンが言う。
クラリスはシャットンとはまた考えが違った。
(ラミア様の言う通りかもしれないわ。バーンズさん、あれだけの人なのに、分隊長って多分、あまり高くない階級の人なの、おかしいわ)
魔塔での有能さを思い出して、クラリスは思う。
(でも、恋人のエレインさんだって、ドレシアの人だし、国を変えるって、そう簡単には)
あの、いかにも生真面目そうなバーンズが亡命などするだろうか。クラリスは聞いていて首をかしげるのだった。
「バーンズがフェルテアに来れば、エレインもついてくるわよ。あんだけ好き合ってるんだから」
勝手にラミアが決めつけている。強引なようで気遣いの出来る人、というのがラミアに対するクラリスの印象だった。
(言いたいことは分かるけど)
一方で、クラリスにもラミアの気持ちは分かるのだった。
階層主や魔塔の主との戦闘ではともかく、そこに至るまでのバーンズの偵察、エレインの治療の能力は卓越していて、必須だ。
(いろいろ考える立場の人は、ちゃんとそういう人を、近くに抱え込んでおきたいんだわ)
シャットンやメラン相手に既に通知を出しただのと、言っているラミアの横顔を見てクラリスは考えていた。
(また、魔塔攻略に着手するとして、あの2人の力は必要。次こそ5つ首の鷺を倒す。その戦闘に集中するために)
バーンズとエレインがいれば、ほぼ確実にまた最上階までは辿り着けるのだ。それだけの力量を、あの二人は見せつけてしまった。
「そう、上手くはいかないでしょう。あの2人にもドレシアでの生活があるんですから」
シャットンがたしなめている。
「こちらの都合で将来設計まで曲げさせられないでしょう」
もっともな言い分ではあった。国を変えるというのは、簡単にはいかないだろうと、引っ越しすらしたことのないクラリスにすら分かる。
「なに、悠長なこと言ってんのよ。相手は魔塔よ、魔塔」
ラミアがとうとう噛みつき出した。
「もういい、ただでさえ今は忙しい。ドレシアとの摩擦になりそうなことは勘弁してくれ。私の胃に穴が空いてしまう。また、魔塔攻略に着手出来る状態が整ったら、その2人を名指しで助力をドレシアに要請する。いったんはこれでいくしかない」
メランが悲鳴を上げつつも、話を無理矢理にまとめた。
ラミアが渋々と頷く。
とりあえずは自分の帰還の報告は終わったのだ。
そっとクラリスはメランの執務室を後にする。シャットンもまだ何か話し合っていた。
魔塔攻略を経て、少しシャットンとは距離が出来たように感じる。本来なら、シャットンにもついてきて貰うべきだ。護衛なのだから。
だが、次の目的地はすぐ隣である。
クラリスはフェルテアの中央治療院の門をくぐった。きちんとお見舞いの手続きをして、目当ての病室を目指す。
「ガズス将軍っ」
大きな寝台の上に大きな身体を乗せている偉丈夫。少し加減が良くなったのか、上体を起こして窓の外を眺めていた。
嬉しくなって、クラリスは声を掛ける。本当は静かにしなくてはならないのに、つい、声を弾ませてしまう。
「聖女様」
禿頭のガズスが自分の方を向く。
無事な姿を目の当たりとするたび、クラリスは胸がいっぱいになるのだった。
「また、各地を慰問に回っていたのですな。民は安心しますが、あまり無理はなさらぬよう」
心配してくれるのだった。
クラリスは寝台横に置かれた丸椅子にちょこんと腰掛ける。
「大丈夫です。これはずっと、私のしてきたことですから」
強がりではないほほ笑みを浮かべて、クラリスは告げる。各地を回るのは魔塔が立つ前からずっと続けてきたことだ。
「そういえば、そうでしたな」
ガズスが笑って言う。
屈託のない笑顔に、クラリスはホッとする。
「ガズス将軍がご無事で、本当に良かったです。私、もうだめだって」
クラリスは5つ首の鷺との戦いを思い出す。
自然、膝上に乗せた手に力が入る。あの時、ガズスは巨大な鋭い嘴で滅多打ちにされたのだ。
「なんの、あの程度。と、言いたいところですが。さすがにちと、あれは苦しかったですな」
声を上げてガズスは笑う。『ちと』どころではなかったはずなのに、笑うのだ。
「私のほうが、ガズス将軍に無理しないでくださいって、言いたいです」
クラリスは口を尖らせる。
「本当に、怖かったんです。将軍がこのままじゃ死んじゃうって。でも、何も出来なくって。私はただ祈っているばかりで」
クラリスは自身の膝を見つめる。
なんとか助かってほしい。なんでもいいからガズスを守ってほしい、とあのときはただ祈っていた。
「案外、本当にそのおかげかもしれませんぞ」
真顔でガズスが思わぬことを言う。
「え」
クラリスは顔を上げた。
「キツツキナイトとの戦いで、既に鎧はボロボロでしたからな。あんな状態の鎧で助かるわけもない。何かあなたの加護のようなものが、守ってくれたのかもしれませんな」
ガズスの口調は真剣だ。
「そんなわけ、ないです」
だが、本当に祈っていただけのクラリスは返した。
役立たずで力不足だったのだ。これから、教練書の先を学んでいかなくてはならない。
(それだって、大事なのに、私は後回しにするしかなくて)
2本目の魔塔を立てないためとはいえ、後ろめたいのだった。
「私、足を引っ張ってばかりでした。本当に役立たずで」
埒もあかないことを、クラリスは繰り返すしかなかった。バーンズやシャットンからの視線の冷たさを思い出す。
「そんなことはない。オーラをかけて、核を砕いた。そして、そもそもそれだけのために、勇気を出して、あのような恐ろしい場所についてきた。あなたは聖女としての役割を十分に果たしておりますよ」
何処までも優しく、ガズスは告げてくれる。
この人のためにも自分はもっと精進しよう。クラリスは心のなかで、そっと決意するのであった。




