156 戦後処理
勝っても負けても戦のあとは忙しい。
シャットンがボヤいていたことだ。クラリスは各地への慰問と祈祷とを終えて、公都フェリスへと戻ってきたところだった。
「さて、どうしますか。各地への慰問はおおむね好評でしたね」
馬車を降り、淡々とシャットンが告げる。
魔塔攻略に失敗したことを、人々からどう言われるのか。不安に思っていたのだが。自分の姿を見ると、笑顔を取り戻してくれる人も多かった。
「その報告に、メラン次期大公のところへ行きましょう」
静かにクラリスは告げる。
黙って、シャットンが頷いた。
魔塔攻略後、関係は微妙なものとなっている。仲間ではあるが二人きりで逃げ回っていたときとは違う。
(本当は、ラミア様と)
ちらりとシャットンを見てクラリスは思う。
魔塔ではラミアとシャットン、馬が合うように見えた。
(私も、ずっとガズス将軍について、看病とかお見舞いとかしたかったけど)
聖女という立場上、そんな我儘は許されない。
自分の姿を見せるだけでも違う、とラミアからもメランからも言われていた。
クラリスは歩きながらほうっとため息をつく。
メランへの報告に行ってから、ガズスのところへ向かうこととなるだろう。
「とにかく軍費が捻出できない。ガズス将軍もまだ療養が必要だ。時間をかけざるを得ない」
大公邸に着いて中に通される。さらに木製の扉前に立つとメランの声が中から聞こえてきた。
「失礼します、クラリスです」
ノックして、クラリスは声をあげる。木が硬いので叩くと痛い。
「おお、入ってくれ」
メランが了解してくれた。
シャットンが扉を開けてくれて、クラリスも中へと入る。
メランの執務室。中央にメランの事務机、両脇には政治の本や資料が納められた本棚が並ぶ。扉に向かって座るメランの背後には大きな腰高窓があった。
執務室にいるのはメランだけではない。左側の本棚前にはラミアの姿があった。いつもどおりの青いローブ姿だ。
腕組みして考え込んでいる。
「ラミア殿、聞いておられるのか?」
丁重にメランが尋ねる。
魔塔最上階の魔物を倒せなかったラミアだが、悪びれることなく矢面に立って説明していた姿に、支持がさらに増していた。
むしろ、堂々としていたぐらいであり、民衆の期待は増す一方だ。
「え、うん、まぁ、ね」
心ここにあらず、という顔でラミアが答えた。
「空返事じゃないですか」
苦笑いでシャットンが言い、ラミアの横に立つ。
自分には見せたことのない、シャットンの表情だった。
「あら、シャットンじゃないの、久し振り」
腕組みしたまま、軽く右手を挙げて、ラミアが応じる。いかにも気さくな態度であり、ラミアもまたシャットンには気を許していることが覗えた。
「考え事ですか?」
同じく気さくに告げて、シャットンが本棚に寄りかかった。
「まったく、いかにも似合いの2人だな」
メランが自分を一瞥し、肩をすくめて見せた。
「あまりのラミア嬢人気に、次期大公の私の妻にどうか、という話もあったのですよ」
小声でメランが言う。
「あんたのことは、こっぴどく振ってやったでしょ!聖女に変なことを吹き込まない!」
ラミアがしっかり聞き咎めてメランを叱る。
「私もそんなつもりはなかったと言ったではないですか!」
同じくメランも声を張り上げた。
「シャットン殿かいながら、私が言い寄るわけないでしょう!」
まるで遠くの人とやり取りするかのようにわざわざ大声で話しているのだった。
急遽、始まった口論にクラリスはあわあわしてしまう。
「シャットンは関係ないでしょっ!」
珍しく慌てた様子でラミアが赤面する。
さすがに、クラリスでも何事かを察してしまう態度であった。
「そりゃそうだ。なぜ、俺が出てくるのです?」
なんとも鈍くて罪深い男なのであった。
「うっさい!」
ラミアがその背中をバチンッと叩く。シャットンがさすがに痛そうだが、、クラリスですら納得の、当然の罰なのであった。
「いいっ?金のことはメランがやるからね。あたしがしなくちゃならないのは、どうやってあの化け物を倒すのか。その算段をつけることよ」
無理矢理にラミアが話を戻すのだった。
(ラミア様は、可愛いし、格好いい。敵わないなぁ)
負けた後でも自分のやるべきことを見失わない。クラリスとしては、頭の下がる思いだった。
(それに比べて私は)
ガズスが心配でならない。エレインのおかげで一命を取り留めた。五体満足でもある。ただ体力が戻らないだけだ。体力など時間がかかっても、いつかは回復する。
自分が心配すべきことではないのだった。
(本当は、もっとしなくちゃならないことも、気にしなくちゃいけないことも。聖女の私には、たくさんあるはずなのに)
クラリスは聖女でありながらガズスばかりを気にかける自分を、心底嫌悪するのであった。




