153 第6分隊〜マキニス1
バーンズはシェルダンへの報告と面談を終えて寮へと戻る。
「あぁ、疲れた」
シェルダンとの会話はいつだって神経をすり減らす。何をどう判断されるのか、自分の考えのさらに先でなされるから緊張するのだ。
頭の中でバーンズも何度もやり取りを想定してから臨むこととなり、いつも予想の範疇を越えられる。
「分かってはいたけど、良かった。失敗を咎められなくて」
やり過ぎたかもしれないし、消極的過ぎたかもしれない。魔塔上層での自分の立ち回りを思うにつけ、答えのでない悩みだった。
だが、報告は終わったのだ。
仕事が終わった、ということでもある。
寮の自室に戻るや、気分を変えるため、窓を開けて換気をして、窓枠などに溜まった埃を取る。長期の任務で部屋を空けていても誰も掃除などしてくれない。自分のことは自分でするしかないのだった。
「うん、まぁ、こんなものか」
バーンズは呟く。まだ終わりではない。
出たゴミを共用のゴミ捨て場へ運んでいると、部下のマキニスとばったり出くわした。
「総隊長のところでしたか?お疲れ様です」
さらにマキニスが珍しく挨拶をしてくる。挨拶抜きで雑談に入ることのほうが多い。
バーンズはなんとなく身構えてしまった。
なお、マキニスと顔を合わす事自体は多い。
3階建て、各階6部屋の建物である。マキニスの部屋も同じ2階なのだった。親しくなった、一因でもある。
「機嫌は悪くなかった。それでも緊張したけど、なんとか報告出来たよ」
バーンズは笑って応じる。
シェルダンの機嫌が悪くなかった理由は分かっていた。
魔塔攻略に着手したことで、周辺の危険が目に見えて減じたらしい。ドレシア帝国側にもほとんど魔物が流れてこなくなったのだという。
今回の魔塔攻略が、社会的にも失敗とあまり言われていない、最大の理由でもある。仕事に成果があった、ということで、シェルダンは上機嫌なのであった。
昔から、そこはあまり変わらない。
「それは良かった」
マキニスが何事か言いたげに相槌を打つ。他に何かあるのが見え見えだ。
だが、自分からはあまり言おうとしないのもマキニスの常だった。やかましい妹のエレインとはだいぶ違う。
(まぁ、その、エレイン殿のことだろうな)
バーンズとしては他に思い当たるところもない。
もしかすると高い確率で義理の兄となる相手なのだ。
(だが、なんだ?エレイン殿には負傷1つさせなかったのだが)
大事な人だと言うのは、口先だけのことではない。
真っ先に逃がしたぐらいなのである。
(当然、この休暇中にも会いに行く)
他国への応援という、またも緊張感まみれの任務についていた第6分隊である。シェルダンから直々に7日間の特別休暇を与えられていた。
(正直、7日間じゃ足りなかったんだが)
バーンズは憮然としてしまう。
いくらでも、したいことはあったのだ。療養中のガズスの見舞いにも行きたかったし、シャットンとは酒を飲みたい。
(あらかたは、フェルテアでしたいことばかりだな)
苦笑いしたくなるほどだった。
今回の魔塔攻略で、ともに上がった人達とは相応の繋がりが出来たように思う。
未だに、シェルダンやゴドヴァン騎士団長、ルフィナらが親しいように。
(命を預けあった、仲だからな)
あまり助けにならなかった聖女クラリスにすら、親しみを覚えるほどだった。
もともと愛しかったエレインについては、なおのこと、愛おしい。あの下からかしましく話しかけてくる姿が恋しいのである。
「で、何か話があるのか?」
バーンズはその兄マキニスに尋ねるのだった。
「いや、まぁ」
やはりマキニスの歯切れが悪い。
「隊長、せっかく休みなので、酒でも呑みませんか?それとも、うちの妹と先約でも入ってます?」
だが、何か迷いを振り切るように誘ってきた。ここでは話しづらくて、酒席でなら話せるということなのだろう。
バーンズはマキニスの意図を正確に理解した。
なお、エレインと会うのは明日の予定である。シェルダンやルフィナへの報告のため、一旦、離れる前に約束しておいたのだった。
「いや、今日は空いている。エレイン殿も治療院のことで忙しいらしいから。聞いてないのか?」
バーンズは快諾した上で尋ねた。
「あいつが俺にそんなまめに報告するわけがないでしょう」
苦笑いしてマキニスが応じる。
確かにバーンズにも、丁寧な報告をまめに入れているエレインなど想像も出来なかった。
「俺は俺で、やりたいことがあるんでね、その相談ですよ」
笑ってマキニスが重ねて告げる。
どうやら、話をしたいのもエレイン絡まりのことではないらしい。
つい、エレインの実兄だということもあって、バーンズとしては頭がそちらへ向かってしまうのだった。
おそらくは軍とは関係のない話をしたいのだろう。当たり前の事だが、わざわざ口に出すものではない。ましていかに上司とはいえ、個人の希望への相談など滅多に受けるものでもなかった。
「では、じゃぁ、夕方にバストルで」
マキニスが告げて、別れるのであった。




