150 敗報を受けて1
ドレシア帝国皇都グルーン。
ラルランドル地方の自領にて、1か月の休暇を消化したシェルダンは、皇帝シオンから直々に呼び出しを受けていた。
かつてはルベントの離宮に呼び出されるだけでも驚かれていたものだが、自分も出世している。当然のように待合室に通されて、当然のように執務室へと案内された。
「フェルテアの魔塔攻略は、失敗に終わったらしい」
自分を見るなり、渋い顔でシオンが告げる。
傍らには神妙な顔で従者のペイドランが立っていた。澄ましているが興味は無さそうだ。どうやら他国の魔塔など自分には無関係だと思っているらしい。
「でしょうね」
端的にシェルダンは答えた。
「驚かないのだね、君は」
シオンが苦笑いだ。細い、鋭い、怖いなどと言われることの多い現皇帝である。
仕事には厳しい。だが、シェルダンはあまり仕事で失敗をしてはこなかった。
(よしんば失敗しても、俺の場合、降格されたほうがいいのかもしれないが)
一方でシェルダン自身も仕事となると手を抜けないという泣き所があるのだった。困るのは自分ではなく一般の人々なのだ。
「聖女があのザマでは。あれは、セニア様より酷い」
シェルダンはさらりと告げる。
「ええっ、セニア様よりですか」
同じく聖騎士セニアを知るペイドランが驚く。二人して失礼だが、二人ともにお互い聖騎士セニアには苦労させられたのだった。
「セニア様より、酷い」
シェルダンはペイドランを見据えて、ハッキリと言い放った。
「セニア様より酷いなんてこと、本当にあるんですか?」
どこか純朴で、21歳になってなお、愛嬌の残るペイドランが失礼なことを言う。
「あの人はまだ、戦えたが。前衛としては優秀だった。だが、あの聖女は違う。神頼みしかしたことのない人間で、言葉どおり、ついていっただけ。オーラをかけるぐらいしかしてないだろう。あぁ、あとは核も砕いているかもしれんが」
シェルダンはセニアの働きぶりを思い返し、想定されるクラリスの働きと比べて告げる。
まるで頼りなくて戦力になれそうにない。人を引っ張るような力もなければ、気の利くようにも見えなかった。
「じゃぁ、バーンズさんも大変だったでしょうね」
無邪気にペイドランが頷いて同情を見せるのだった。
自分自身はまず行くことがないだろうから呑気に他人事なのだ。
(なんなら、無理にでも巻き込んでやろうか)
シェルダンは思うのだった。
今も眺めるにつけ、いかにも作りました、という神妙な顔が、かえってバーンズらに失礼だった。ペイドランらしいといえばペイドランらしいのだが。
「聖騎士と聖女、どちらがマシだったか、という経験者話はもういい。そんなことより、問題はこの後だ」
うんざりとした顔でシオンが断ずる。話しながらも手は書類を次から次へと捌いていく。
「シェルダン、君としては今回の魔塔攻略失敗は聖女クラリスにあったと?そう言いたいのかな?」
はっきりと『失敗』と断ずるあたりがいかにもシオンらしかった。
魔塔を攻略出来なかった以上、今回の攻撃は、失敗ということになるらしい。
「世間向けには、失敗ということにはなっていないのではありませんか?」
笑ってシェルダンは指摘してやった。自分とて情報の伝手ぐらいは持っている。攻略の経緯は頭に入れてあった。
「たしかにラミア嬢や次期大公のメランなどは、そう主張しているが」
苦虫を噛み潰したような顔でシオンが言う。
「ラミア嬢も聖女様もガズス将軍も生還出来ました。それでも失敗ですか?」
シェルダンは訊き返すのだった。
(やる以上、失敗は許されない。それが魔塔攻略というものではあるが。それは失意でさらなる魔塔を生むからだ)
かつてのアスロック王国のときとは違う。まして他国のことなのだ。ドレシア帝国から、やいのやいの言うものでもない。
「犠牲を最小限にとどめたと?君らしくない物言いだとも思うが」
シオンとしては、フェルテア大公国に対して、この魔塔攻略という材料をどう活かすのか考えているのだろう。
(この人は政治家だからな。また、我々とは考え方が違うのか)
時折、シオンと話をしていると感じるところではあった。
魔塔の2本目が立たないならいい、というものでもないのだろう。
「アスロックのときとは違います。最上階まで敵をしっかり見てきて、しかもこちらの戦力はほとんど落としていない。ラミア嬢も聖女クラリスも無事ならば、あの国は踏ん張れるでしょう」
シェルダンの中でも、フェルテア大公国という国の評価は決して高くはない。せっかくわざわざ聖女を保護してやったというのに、自分の尽力を無視して魔塔を産むような国だ。
(だが、さすがにラミア嬢は良い拾い物だったとそう考えざるを得ない)
大人しい国の中にあって、気が強すぎるとも言えるぐらい、気骨のある人物だ。報告書に目を通す限りでも、セニアのような愚直さとはまた違った形で、人々を引っ張っていく力を持っている。
(魔塔が立ったとき、彼女は表舞台に立っていなかったからな)
シェルダンは思い返すにつけ、諸悪の根源だったミュデスへの忌々しさを増すのであった。




