15 聖女の決意
聖騎士セニアへの口添えを拒まれてしまった、フェルテア大公国の元聖女クラリスをバーンズらは再び皇都グルーンへと送ることとなった。
(確かに聖騎士とはいえ、妊娠している人に戦えっていうの、感じ悪いよな)
バーンズも同道しつつ思っていたことではあった。
藁にも縋るような思いなのだろう、という気持ちも理解出来るので、直接、諫言しづらかったのである。
今は、大神官レンフィルの本殿を出て、一般参拝客の待機場所へ降りているところだ。
(正直、気持ちはすっきりした)
大神官レンフィルに言いたいことを代弁してもらったような格好であった。
「私に、戦う力が?」
思わぬことを言われたらしく、聖女クラリスが自身の両手を見て呟く。
「しかし、クラリス様には実戦の経験も何も無い。魔力や法力があると言っても、訓練も何もしないで使えるものではない。それにお人柄も戦闘に向いているとは思えない」
渋い顔でシャットンが正論を並べ立てる。なんとなく戦わせたくないのではないか、とバーンズは邪推してしまうのだった。
話している間に、分隊の皆を待機させていた場所に至る。
「隊長、大神官様は、聖女殿にあまり色良い返事をくれなかったようですね」
副官のマイルズが真っ先に駆け寄ってきて尋ねてくる。クラリスとシャットンの顔色を見れば自明のことだろう。
「まぁ、そういうことだ」
自分たちには直接、関係のないことである。バーンズは淡々と答えた。
他の隊員たちも聞いていて、『そりゃそうだ』という顔を一様に浮かべている。聖騎士セニアはドレシア帝国の英雄なのだ。妊娠中であることは誰しもが知っている。
内心では隊員たちも快くは思っていなかったから、往路では分隊の雰囲気も硬かった。
「シャットン殿、聖女様にはとりあえず、皇都へ戻って頂こうと思うのだが?」
バーンズは聖女クラリスとシャットンの方へ向き直って告げる。
「あぁ、だが」
シャットンがクラリスの方を一瞥する。あくまで護衛ということで、決断はクラリス自身に下させたいらしい。
だが、クラリス本人は未だ前触れなく告げられた、法力と魔力保持について考え込んでしまっているようだ。
「この後の処遇は私にも分かりかねるが、この国の客人という立場は変わりません」
バーンズはあくまでシャットンに向けて言うのだった。
自分たちとしては任務は聖女クラリスの護送である。皇都と聖山ランゲルの往復なのだ。
(とりあえず、シェルダン隊長に報告しないと)
バーンズも自身の上司へ報告しなくてはならない。あくまで仕事なのだ。
「分かった。クラリス様もよろしいですね?」
仕方なくシャットンが結論付けて頷き、聖女クラリスにも確認する。
「あっ、はい、大丈夫です」
うつむいていたクラリスが我に返って答える。
もう少しシャキッとしてほしいのだった。
(魔力も法力もあるなら、恵まれてて、いいじゃないか)
バーンズは大神官レンフィルにすげなく追い返されたばかりの聖女クラリスを見て思う。
片方のどっちかすら持っていない人間が、自分のようにほとんどなのだ。
(確かに魔塔を倒したいって言うなら、自分でやれって思うよな)
バーンズとしては大神官レンフィルの態度には、十分頷けるのだった。
一行は聖山ランゲルから下山し、街道を皇都グルーンに向けて歩く。
「他人の力をアテにしすぎてて、俺はあまり好きになれないな。見た目はすげぇ美人だけど」
隣を歩くヘイウッドが小声でこぼす。
バーンズも頷きそうになってしまう。
「そういうことは胸にしまっておけ」
年嵩のビルモラクがたしなめる。いつものような厳しさがないのは、少なからずビルモラク自身も同じ気持ちなのだろう。
「へい」
そういうものは伝わるのか、素直にヘイウッドも口をつぐんだ。
所詮は他国の魔塔、他国の聖女なのである。接し方一つ取っても難しいところがあった。
途方に暮れた様子の聖女クラリスを引き連れて、バーンズたちはミルロ地方を進み、ラルランドル地方を目指す。
半日以上も歩いたところで、つと聖女クラリスが足を止める。
「どうしました?」
心配したシャットンが尋ねる。
若干、世話を焼きすぎる傾向がシャットンにもあった。
「決めました」
シャットンに向けてクラリスが切り出す。ここまで力のなかった紫の瞳に闘気が漲っていた。
「私、魔塔を倒します」
そして、聖女クラリスが高らかに宣言した。
また他人頼みのことでも言いだすかと思っていたバーンズたち第6分隊の面々は顔を見合わせる。
「それは」
シャットンが何か言いかけて言葉に詰まる。
バーンズは何を言いたいのか分かる気がした。
「あまり現実的ではないと思います」
代わりにバーンズは口を挟んだ。
(魔塔を知らないから、そんなことを軽々しく口にできる)
若干、腹立たしくすら思う。バーンズ自身もミルロ地方の魔塔や最古の魔塔では第1階層で戦ってきた。どこから魔物が現れるかもわからない、恐ろしい環境だったのである。
「なんでですか?私にも法力や魔力があるのなら、お役に立てると思います。それに、大神官様だって、私にやれ、と。そうおっしゃいました」
クラリスが自分の方を向いて告げる。
(シャットン殿、あなたもはっきり言わないとだめでしょう?)
多少は話をしやすくなった剣士シャットンに対してもバーンズは思う。魔塔の恐ろしさを元アスロック王国国民だったシャットンに分からないわけがない。
「魔塔はそう、甘いものではありません。祖国を滅ぼされたシャットン殿も、当時から軍人だった我々も分かっていることです。ただ何かを使えれば事足りる、そんな場所ではありませんよ」
バーンズはハッキリと言い切ってやった。
隊員たちも驚いた顔をしているが気にしない。
「付け焼き刃の何かで乗り越えられるとは、私には思えませんね」
ダメ押しのつもりでバーンズは告げるのだった。
「なら、私、誰かから戦い方を学んで、きちんと準備します」
めげずに言い返せるだけ、聖女クラリスも腑抜けた人物ではないのかしれない。
だが、この一言で、バーンズの頭は冷えた。クラリスの言う『誰か』というのは確実に自分ではない。この一言で所詮、自分には他人事なのだ、と思い出すことが出来た。
「それはご自由になさってください」
結局、他国人の言うことだ。
(好きにすればいい。こちらを振り回さない程度には)
心の内で密かに言い足すのであった。




