147 敗走2
バーンズとしては、もうこれ以上、5つ首の鷺と交戦することは危険かつ無駄なことと分かりきっているのだが。
「十分なわけないでしょっ!みんな、私たちを信じて上に送り込んでるのよ?魔塔を今回で攻略して、それでおしまいって」
ラミアがいきり立って怒鳴りつけてくる。
バーンズにも言いたいことは分からないでもないのだが。
「そう、魔塔攻略というのは、甘いものではなかったのでしょう」
自分も激高してはまとまる話もまとまらない。バーンズは冷静に告げる。
「アスロックの、最古の魔塔をご存知ありませんか?かつて、アスロックが攻略しようとして失敗し、聖騎士レナート様を失い、衰退しました」
バーンズは淡々と告げる。自分も実体験したわけではない。
だが、当時からアスロック王国国民だったシャットンの顔色が変わった。
「だが、もし、失敗した後に、レナート様がご存命だったら?だいぶ状況は違ったのではないかと」
バーンズは主にシャットンに向けて告げた。
自身も幾度となく酒の入ったシェルダンからとつとつと聞かされてきたことだ。シェルダンにとっては、魔塔攻略失敗よりもレナートを死なせたことのほうが痛恨だったらしい。
「今なら、我々は聖女であるクラリス様も、ここまで卓越した魔術と気迫で皆を引っ張ってきたラミア様も。軍の筆頭ガズス将軍も助かるかもしれません」
バーンズはさらに続ける。
「それがなんだって言うの?おめおめと逃げ帰ることの何を正当化出来るのよ」
ラミアが吐き捨てるように告げた。
「あなたやクラリス様、ガズス将軍はフェルテアの人々の希望だ。たとえ失敗しても希望は残ると、そうバーンズ殿は言っている」
シャットンには伝わったらしい。掠れた声で口を挟んできた。
「今なら、傷は浅く、戦略的撤退だったと。そう言い張る事も出来る」
自分の言いたいことを理解してもらえたなら、あとはシャットンからラミアに伝えてもらったほうがいい。
ラミアに対してはそんな気がバーンズもしていた。
「それでも、この遠征は失敗だった。私ら、あいつに。この魔塔の主に勝てなかったのよ」
今度は挑発的にラミアが言う。やはり割り切れないのだ。
「少なくとも、我々の中では負けではなかった。そう言い切って、人々の失意を軽減する。でなくては、魔塔がもう1本、増えることになりかねない。バーンズ殿はそう言っているのでしょう」
暗い声でシャットンが言う。
もう1本の魔塔追加、という考えはラミアの思考の外だったようだ。顔色が変わる。
「かつての、俺の祖国アスロックでは、現にそうなった」
シャットンが加えた。当事者だっただけに、他にはない重みが出る。
「我々は、大戦力を失い、かえって敵の戦力を増した。アスロックはそこから滅亡しましたが、フェルテアの戦力はまだ、もしかしたら、誰も失ってはいないのかもしれない」
ちらりとガズスの方を見やって、シャットンが告げる。
「私が、誰も死なせません!私の目が黒いうちは!」
琥珀色の目をしたエレインが言う。
クラリスが隣でガズスの手を握って、何事かを祈っている。オーラの光が増している気がして、バーンズは瞬きをした。
時折、何か妙な力をクラリスから感じる。そういうときは、オーラの光が増すのであった。
「クラリス様っ!そんなとこで手を握ってても邪魔なだけです。役に立ちたいならせめて、血を拭き取るとかしてください」
本当はエレインのことだから、クラリスを叩きたくて仕方がないのだろう。
それすらも治療のために抑えているのだった。
「はいっ!」
しかし、ようやくやるべきことが出来て、クラリスが元気を取り戻す。弾かれたように動くと、諸々の荷物を入れていた鞄から布巾を取り出してガズスの治癒した部位を拭き始めた。
「私に、自分を騙せっていうの?」
ポツリとラミアが呟く。
背景では『そこは触っちゃだめです!』とエレインの警句が響いていた。
「正直、どうしようもない、敗北感があるの。このまま退くなら、あたしは、それを拭えない」
更にラミアが言葉を加える。珍しく打ちひしがれて下を向いていた。
実際のところ、バーンズ自身もここ2戦ほどは何も役に立てていない。
(まさに、化け物だったからな)
バーンズは思い返していた。キツツキナイトにせよ、5つ首の鷺にせよ、正対すれば死ぬ。分かりきっていたので近づけなかった。
(ガズス将軍も、シャットン殿も。よくぞ生き延びたものだ)
2人をちらりと見て、バーンズは思う。
自分は一介の兵士にすぎない。それでいて、難しい役割を危険な環境下でこなす羽目になったのだった。
「あれは、『波断の大鎌』は苦労して覚えた。あたしの、最強魔術だった。それがあっさり、再生されたのよ?あれ以上、どうしろって言うのよ?あれ以上は、あたしにはないの。動きも封じた。必殺の一撃だった。それなのに」
ラミアが俯いて語る。本人にしか分からない、無力感なのだった。
「あれがなければ、逃げることすら出来なかった」
シャットンがラミアの背中を優しく撫でる。
「ラミア様がいらっしゃらなかったら、これほどに強くなければ、死んでいました。それだけの実力はあったのです。そう、思いましょう」
シャットンが露骨に慰めている。
物は言いようなのであった。
「でも」
珍しくラミアが弱っている。敗北というものの重みを今、自分は目の当たりにしているのだ。
バーンズはそう思っていた。
「らしくないですよ」
シャットンが微笑む。
「足りなかったなら、もっと強く。魔術と魔力を磨く。まして、こんなところで落ち込んで、その分の瘴気を敵に、魔塔にくれてやるのですか?」
焚きつけるようなこともシャットンが言い始めた。
いろいろな角度から話してラミアを元気づけたいらしい。
「それは、絶対にイヤ」
ラミアが唇を引き結んで告げた。
「なら、胸を張って帰りましょう。さっきのような弱音をいうのは、俺の前だけにしてください」
意識してかしないでか、なかなか、気障なことをシャットンも言う。
「あんたが、一番、馬鹿にしてるじゃない。もう、絶対に言わない」
ようやくラミアも受け入れた。
苦笑いを浮かべている。
「ゴハッ」
ガズスが派手に血を吐いた。
「将軍っ!そんなっ」
クラリスが悲痛な声をあげる。
「今のは悪い血を最後、吐き出しただけです。いちいち騒がないでください。むしろ、もう大丈夫なんです」
真顔でエレインが言う。
ガズスも無事、助かったようだ。
「でも、疲れました。シャットンさんの怪我はすいません。少し、待ってください」
エレインが言い捨てて、バーンズの隣の地面に布団を敷いて横になるのであった。




